どうしよう……
いったい、どうすればいい……?
男女交際の経験ゼロ。知識は漫画とアニメのみ。
そんな私が、ずっと好きだった相手から部屋に泊まると告げられたのだ。その状況で、もし頭がテンパってしまったとても誰が責められよう。
ババシャツの上から上下不揃いの下着を着けてるという痛恨のミスを誤魔化す為、部屋に入ると同時にシャワーと浴びてくるとバスルームへ逃げ込んだ私。
混乱する気持ちを少しでも落ち着けるようにシャワーを浴び、右手を濡らさない様に気を付けながら身体を隅々まで丹念に洗った。
そして意を決し、脱衣場に出たところで私は凍り付く。
か、替えの下着を用意してねぇ……
脱衣場にある洗面台の鏡に映る、一糸纏わぬ自分自身を見つめながら立ち竦む私……
どうしよう……
いったい、どうすればいい……?
私は今まで読んだ漫画という膨大な知識の中から、この状況を打開する策を懸命に探った。
しかし、少女漫画において彼氏と初めて結ばれるシーンでいきなり全裸からスタートする漫画は、私の脳内検索でヒットする作品など存在しなかった。
仕方ない。ならば、対象年齢を上げよう。事実、私は少女ではない訳だし。
では、レディコミなんかはどうだ……?
……
…………
………………検索終了。
ふむ……ここまで来ると、全裸でなくともバスタオル一枚からスタートする作品が、結構ヒットするなぁ。
しかし問題が一つ……
ヒットした作品に登場する女性のほとんど――というか全てが、すでに経験者である事。しかも、だいたいが上級者だ。
どうだろう? バスタオル一枚なんかで出て行ったりしたら、遊んでいる女みたいに思われないだろうか?
いや、でも……
そもそも、この歳で経験がないというのも、どうなんだ? 引かれたりしないかなぁ……?
てゆうか、トモくんはどうなのだろう? 経験はあるのだろうか――
子供の頃から男子のみならず女子にも人気者。高校時代はチームの頭を張っていて、学校は偏差値低めで貞操観念の低そうな女子が大勢いいそうな共学高(偏見)。
更に、長身のそこそこイケメンで、国公立の四大卒。仕事は同期の中でも出世頭で、編集長も目をかけるエリート候補か……
………………
…………
……
べ、別に、私は過去なんて気にしないしぃ~。
だ、だだ、だいたい、過去の女性関係を気にするほど、私は心の狭い女じゃないしぃ…………ちくしょーっ!
こうなりゃ、もうヤケだっ!
実際、手元にあるのは、すまむらのセールで買った上下不揃いの下着で、これで出て行く訳には行かない訳だし。この日の為、高一の時に買ってから一度も出番の無かった勝負下着は、遥か遠い寝室にあるクローゼットの中なのだ。
そう、ここでないものねだりをしていても仕方ないし、高一からブラのサイズが変わってないこと嘆いていてもしょうがないっ!!
女は度胸っ! ここはバスタオル一枚で出て行って、後は出たトコ勝負だっ!!
私は洗いたての白いバスタオルを自分の身体に巻きつける。そして大きく息を吸い込んでから、再び意を決してバスルームの扉を開いた。
薄暗い廊下の先。リビングから光が漏れ、微かな物音か聞こえて来る。
どうやらトモくんは、寝室ではなくリビングにいるようだ。
今にも口か飛び出しそうなほど、大きく脈打つ心臓……
緊張のあまり前を正視する事も出来ず、私は目を閉じて下を向いたままリビングへと足を踏み入れた。
「シャワー……あがったよ……」
「ああ……」
そっけない返事……
もしかして、私の身体にガッカリしているのだろうか……?
確かに胸は平均をやや(?)下回っている。しかし、それでも腰のくびれと脚線美にはそこそこの自信があるんだけれど……
「ね、ねぇ……電気……消していい?」
「はあぁ? ダメに決まってんだろ」
ええぇっ!? ダメなの?
こういう場合、電気って消すものじゃないの? てゆうか、漫画だとみんな、こう言えば消してくれていたよ!
でもでも、それって明るいところで見たいって事?
それはめちゃくちゃ恥ずかしいけど、ちょっと嬉しいような気も……
いや、とゆうよりも、もう限界……
バスタオル一枚なんていう、あられもない姿をトモくんに見られていると思うだけで心臓が破裂しそうだ。それにこのままでは、いつまで経っても先に進まない。
私は、なけなしの勇気を奮い立たせて、閉じていた目を見開き顔を上げた。
トモくんがどんな顔で私を見ていたとしても、私はそれを受け入れ――
「ってえーっ!? 見てねぇーしっ!!」
そう、一世一代の覚悟を決めて顔を上げた私の目に飛び込んで来たのは、私の仕事用デスクに座って何やらカリカリと作業しているトモくんの後ろ姿。
「うっせーな……もうすぐ終わるから、少し待ってろ」
な、何なのよ、もおぉ……
何が終わるのよ……? てゆうか、アンタの人生を終わらせてあげましょうか? このバカ智紀……
その、世界の終わりにも似たあまりの虚脱感に、その場にヘタリ込みそうになる私。
が、しかし……
「おしっ、こんなもんか――おい、千歳。コレどう思う? って、お、お前っ!?」
「!?」
全身の力が抜け、フローリングの床へ膝を着きそうになる直前だった。
トモくんが椅子ごと振り返って突き出したB4サイズのケント紙に、私は目を見開いて、身体を硬直させた。
「なんて格好してんだよ。裸族かお前は?」
トモくんの発した言葉すら耳を素通りして、私はまるで夢遊病者の様にゆらゆらと歩いて行く。
そして、椅子に座るトモくんの前に立つと、そのケント紙を奪い取った。
なにこれ……
なんで……? なんでこんな物が……
私は、呆然とそのケント紙に書かれていた――いや、描かれていた内容に目を落とし、身を震わせた……
こんな物が、存在するはずないのだ。
いや、近い将来には存在するであろうとは思う。しかし、現段階では、まだ存在するはずがない物。
なぜなら、これを生み出せるのは――
「ちょ……ちょっと智紀……これはどうゆう事よ……?」
「い、いや……なんと言うかだな……」
椅子に座るトモくんを見下ろしながら問う私。しかし、バツの悪そうに横を向いて、視線を逸しながら答えを濁すトモくん……
「ちょっとっ! なんとか言いなさいよっ!!」
煮え切らない態度のトモくんに声を荒らげる私。
そんな、余裕のない私にトモくんはひとつため息をつくと、横を向いたままでゆっくりと口を開いた。
「じゃあ、言わせてもらうけど………………色々と丸見えだぞ、お前」
「えっ?」
横目で視線を送りながら口にした、トモくんのセリフ。
一瞬、その言葉の意味が分からずに、私はその視線を追った。
「――――――――――!?」
そこにあったのは、肌色全開の世界。
その惨劇の原因が理解出来ない私は、まるで錆付き壊れた機械人形の様に、ギギギィィ……っと、後ろへ顔を向けた。
私の2メートル後方。フローリングの床に落ちる、白いバスタオル……
再び私は、ギギギィィ……っと、顔を戻して、もう一度トモくんの視線の先へ目を向けた。
「あ……あああ……ああ……あ、あああああ…………」
上手く言葉を発する事も出来ず、口をパクパクさせながら、立ち竦む私……
そんな私に、トモくんはもう一度ため息をつくと――
「てか、オマエ……どんだけ底上げしてん、だぐあっ!?」
「ふんっ!!」
トモくんのセリフを遮る様に、横向きの頬へ正拳突きを叩き込むと、私はバスタオルを拾い寝室へと駆け込んだ。
胸なんて飾りですっ! エロい人には、それが分からんのですよぉぉぉーーっ!!
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