剣持side
「痛っ…」
一瞬右足に鋭い痛みが走り顔をしかめる
僕、剣持刀也は昨日の部活で軽く足を捻ってしまい今日の朝にも違和感を感じたまま、現在ろふまおの収録に来ていた
「はぁ」
機材のトラブルで一旦休憩になり、これ幸いにと廊下のベンチで足を休める
『大丈夫、我慢出来ない程じゃない』
自分に言い聞かせ収録が終わったら病院に行くか…くらいの気持ちで考えていた
なのに徐々に酷くなる痛みが束の間でも忘れさせてくれない
「皆に迷惑は、かけられないし…もうちょっとの辛抱」
「あ、もちさんおった!収録再開するってよ」
気さくな声に振り返ると不破くんがヒラヒラ手を振りながら近付いてきた
「そうですか、わかりました」
僕は、なるべく顔や声に不調さが出ないように気をつけ毅然と背筋を伸ばして歩きだす
「……」
「どうかしました?」
「いや…」
横に並んだ僕の顔を、じっと見つめて何か言いたげな不破くん
撮影部屋に入るまで隣からひしひしと視線を感じていたが痛みを悟られないよう、こっちも必死だった
ドサッ
「なんとか終わった…」
スタッフの「カット!お疲れ様でした〜」の言葉と同時に、すぐ一人で控え室に戻りソファに倒れるように横になる
正直、危なかったぁ
終盤になると取り繕えない程の痛みに変わり何度も、へたり込みそうになっていた
「はぁ…病院行かなくちゃ」
そう思うのに
また立ち上がるのは、ひどく億劫で
さらに疲労も相まって睡魔が襲う
「ん〜、寝ちゃ…だめ…なのに」
なんとなく
遠くで不破くんが僕を呼んでいるような気がした
ほのかに香る甘いムスク
誰かにギュっと抱きしめられているような心地良さがあり、思わず頬を寄せた
「ん…」
ゆっくりと意識が浮上して、頭の片隅で自分の部屋の天井じゃないなと理解しながらも暫くボーッと見つめる
ふと、自身の体から先程の甘い香りがする事に気づいた
「これって…」
見覚えのある黒いジャケット
大人の男性でないと着こなせないそれに何時も羨望の眼差しを向けていた
「不破くんの…?」
ジャケットは、僕の肩まで綺麗に覆われていて抱きしめられているような感覚だった理由は、これかと納得した
「なんか…落ち着かないなぁ」
男子高校生には、あまり縁のない大人な香りにどぎまぎして自然と顔に熱が集まるのを感じる
いや、何ドキドキしてんだ僕
認めたくない熱を打ち消す為、手でパタパタと顔面を扇いでいるとガチャリと部屋のドアが開けられた
「あ!もちさん、大丈夫?体調悪かったんやろ?」
「不破くん…」
僕と目が合った途端、慌ててソファに駆け寄ってくる彼
片膝ついて目線を低くする姿に『さすがホスト』と場違いながら感心した
「すみません、ご迷惑かけました大丈夫ですよ」
「迷惑なんて言わんで?ずっと足痛かったんでしょ?」
どうしてそれを、と言いかけて不破くんが何度も何かを言いかけていたのを思い出す
「バレてましたか」
「本当もちさんは、頑張り屋さんやなぁ…俺も途中で声かければ良かった、ごめんな」
「そんな…僕の気持ちを優先してくれたんでしょう?」
真っ直ぐ彼の真意を探るように見つめれば今度は、不破くんが『バレたか』と微笑んで頭を優しく撫でてくれる
「社長と甲斐田くんは?」
「心配してたけど俺にまかして?ってお願いしたから帰ったよ。二人とも『大人数で心配されたら、剣持さん気にしちゃうでしょうから』って」
「…敵わないなぁ」
何もかも大人達に見透かされ恥ずかしいような嬉しいような
こういう時自分は、まだまだ子供だなと思う
「右足腫れてたから一応テーピングして冷やしときましたよ?あとは、スタッフさんに痛み止め貰ったから、これ飲んでね」
甲斐甲斐しく世話を焼く不破くんに本人か?と失礼な疑いを持ちつつ渡された薬と水を素直に受け取る
気付かぬうちに喉が、からからに乾いていて冷たい水がとても美味しかった
「もう時間的に病院閉まってるけど、どうする?夜間やってる救急病院とか」
「いえ大丈夫です。明日朝早くに行きますよ!不破くん、本当にありがとうございます」
「いいえ〜じゃあ、そろそろ帰りましょうか!送りますよ」
ひょいと音がしそうな程、軽々僕を持ち上げた不破くんは有ろうことか、お姫様抱っこで部屋から出ようとする
「ちょ、ちょっと!不破くん!?」
「なんすか?もちさん」
「なんすかじゃない!他にも態勢あるでしょ」
痛い上にこんな羞恥プレイまで強いるのか、このホストは!
「この方が、もちさんの顔色わかるし体の負担も少ないからさ」
心の負担が限界突破なんだけど
「我慢やで〜もちさん、恥ずかしかったら俺の胸に頭預けて顔隠していいっすよ」
「それ、余計恥ずかしい事にならない?」
ん〜?と聞いているのかいないのか曖昧な返事をしながら、すでに廊下を迷いなく進む不破くん
社長はゴリラだけど不破くんも大概だよな
男子高校生をこうもあっさりと
「……。」
不本意だけど言われた通りに頭を預けて優しいぬくもりに目を瞑った
たまに強引な不破くんは、無敵だ。
おわり
不破っちみたいなキャラが
大人の包容力見せたら最強だよねって話。
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