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この物語はキャラクターの死や心の揺れを含む描写があります。読む際はご自身の心の状態にご配慮ください。
終わった。
リアスに見つかった瞬間、全てが終わった、そう考えた。
彼女は俺たちに手を差し伸べて来て、意味深い言葉を並べる。
床には、踏み荒らされたままの、ほこりまみれの本たち。
リアスは俺と、イロハを見ている。
その赤い目は、俺たちを離さない。
俺たちは話さない。
悲鳴も出ない。
全身の毛が逆立つような気色悪さを感じて、咄嗟に一歩下がり、イロハを隠そうとした。
このままじゃ、イロハが本気で死ぬ。
なんで、もっと警戒しないのか。
何度も殺されかけるくせして、同じ間違いを繰り返す?
馬鹿以外の何者でもない。
あの時、「もうそろそろ、やめておこう」って言っておけば、
こんな窮地に陥ることはなかった。
手に持つスマホからは、友達の声が聞こえる。
友達とも言えるのか怪しいけど、多分友達。
「今どこ?」
「返事して」
「助けに行くから」
そんな声が、するりと俺の耳から抜けていく。
食道が、塞がっていく。
息が、しにくくなる。
周りが見えなくなる。
目の前の恐怖しか、見えなくなる。
真っ黒な闇を持った、人外でいかれた少女しか見ることが出来ない。
もう全て諦めかけて、固く目を閉じた。
その時に、後ろから聞きなれた声が聞こえて、
足が浮いた。
無重力で軽い感覚。
短いイロハの悲鳴と、リアスの笑い声。
何かおかしい。
でも目を開けるのが怖い。
寒い感覚。
風で吹き飛ばされる感覚。
髪が乱れて、指先が凍る。
かひゅぅ……という、春嵐のような音。
乾いた音。
途切れる声。
所々、言葉が聞こえる電話。
マーちゃんが、電話越しで何か叫んでいる。
『切……だめ……絶対……!
だから、……助けるから、……逃げーーな!』
その叫び声を聞いて、今俺のいる場所がどう考えても普通じゃないってわかって、目を開ける気になった。
ゆっくり……目を、開けた。
それは、やって良かったのだろうか?
だって目の前には、
無限に広がる、上下も距離も分からない謎の空間が、あったのだから。
流れ星のように、綺麗に輝く何かと、
長い髪をぐっちゃぐちゃにして浮いているイロハと、
遠くで哀れむように見る、リアスがいたのだ。
何を話していたのか、想像もできないけど、
口だけ、動いているのがわかった。
俺は謎に無重力になった自分の身体と、この嵐、
そしてイロハの事でパニックになった。
なんだここは!?
リアスの能力か、なにかか?
そんな混沌の中でも、スマホを落とさないように拳を握りしめていた。
こんなところで落としたら、もう二度と戻ってこないだろうし、何よりマーちゃんとの会話ができなくなる!
視線を泳がせたら、永遠と流れ星の降り注ぐ空間、吹き飛ばされるイロハと自分。
……これ……ダメだ……ダメな方向にしか進んでない!
せめて、イロハと手を繋ごうとして、歯を食いしばって手を伸ばした。
その瞬間、
空間全体に、重力が生まれた。
そして――
景色が、変わった。
遡ること、数十分前。
私は、一人、あの人たちの元へ向かおうとしていた。
既に手筈、戦闘要員も整った。
浮き足立つリズムで、お目当ての場所に向かう。
そう、憎き相手の、イロハに会いにいく。
今日は、終わらせる日だ。
それに加えて、レンも確保してやる。
彼はまだ力に関しては全然だけど、なんとかさせる。
さっき「終わらせる」と言ったけれど、どうせなら、苦しんでもらった方がいい。
わざと生きられるかもしれない、助けられるかもしれないという希望を持たせたところで、
勢いよく地に落とす。
あいつらは、私から逃げることは出来ない。
できるもんならやってみなさいよ。
あなたたちの力が、どれくらい脆いか。
もう、何度も確かめてきた。
厄介な能力も、全部相手にしてやる。
少し予定とは早めだけど、私なら大丈夫。
だってーー
幾つもの道具が、私の手にはあるもの。
組織の長と言うだけの立場だけで、道具が揃う。
なんて便利な立場なのだろう。
迷いのない足先で、目的地に向かう。
足が動く度、心臓が高らかに跳ねる。
この先の、待ち望んだこの日を、早く味わいたい。
気づけば、笑っていた。
それが、ひどく自然なことのように思えた。
「ぬわああああーーッ!」
「きゃああああーー!」
レンとイロハは、同時に悲鳴を上げた。
突然、謎の無重力な異空間に連れ込まれたと思えば、今度は重力が生まれて、謎の場所に連れ込まれ、頭はもう渋滞。
ーーえ?
何も考える余裕なんてなく、勢い任せて
レンは頭を打ち、息を詰まらせたまま床に倒れ込んだ。
レンに続くように、イロハも勢い余って、彼の背中の上に尻もちをつく。
「がっ……!」
「あら……」
「お、重いーー」
「なんですって?」
レンは、つい口を滑らせたと、軽く覚悟をした。
イロハの虫けらを見下ろして踏み潰して来そうな冷徹な瞳に、即座に言葉が先行したのだった。
「……なんでもありません。申し訳ございません。」
「よろしい。」
彼女は 満足気に、にやける。
ーーレディにこういうこと言うのは、やめておこう。
改めて、レンはひとつ賢くなった気分。
「……と、茶番劇を披露している暇もないわね。」
満足したはずなのに、
わざとイロハは、レンの肩甲骨あたりを力強く押しながら、ゆっくり立ち上がる。
間延びしたセリフは、挑発的で、人が違えば怒り始める頃だろう。
だがレンは、怒ることはなく、ただ痛みに耐え切れずに声を漏らし、床を掴むべく拳を握りしめただけだった。
しかし、冷めきって、ツルツルとした床を掴もうとしても、そんなことできるわけがなかった。
そこで、ひとつ見落としていた事があった。
ーー電話、繋がってるよな?
急に変なところに飛ばされてしまったのなら、どこかで間違って切ってしまっている可能性が高い。
もしも、切れていたら、マシロに助けを呼べなくなってしまう。
それを、今思い出した。
口をあんぐりあげて、大きく声を出して、乱暴に腕を使って身体を起こした。
「っ……レン?」
驚いたようで、イロハは状況が飲み込めていない顔で首を傾げ、彼の手に目を移した。
レンはその声に見向きもせずに、スマホの方に意識を移して、画面を見た。
結果。
繋がって、いなかった。
真っ黒な画面が、自分の乱れた髪と顔を写しているだけ、
ーーああ、マジか……!!
ちぇっ、と盛大に舌を鳴らして、ポケットに突っ込んだ。
助けが呼べない?
しかも、ここがどこだか、全く見当もつかない。
何も出来ずに俯くレン。
イロハは、まっすぐ彼を見ると、レンに手を差し伸べて、声をかけた。
「大丈夫よ、わたし、ある程度の検討はついてるの。 」
「え?」
「だから、行きましょう。 」
「なんで断言できるんだ。」
手を取り、焦りを隠すように息を呑むレンは、イロハの顔を見て、回答を待った。
イロハは飴玉を転がすように、数秒言葉を紡ぐのに戸惑いつつ、丁寧に語る。
「リアスが、わたしたちを転移させたんじゃないかと考えたの。なら、行先はどこ?戦いやすく、仲間も沢山いる場所と言うと、街中はダメだし、廃墟にしたって、移動が時間を食う。 」
乱れた前髪を整えながら、続ける。
「……なら、行き先はひとつしかないわ。」
語る顔には、影が宿る。
「組織の建物よ。」
唇に人差し指を当てて、言い切った。
その姿はまるで、探偵のようで、瞳は恐怖と言うよりも、好戦的な印象が刺さる。
トカン……と革のブーツを響かせたら、彼女の口角は上がっていた。
やる気に満ちた、少女の瞳。
「この建物にいるわたしたちは、小鳥。
建物は、籠。
きっと罠も仕掛けられてて、最悪、死が訪れる。 」
レンは、イロハのその妙に楽しそうな様子を、見下ろした。
ーー理解できない、こんな状況下で、こんな冷静でいられるなんて。
そんなレンを無視するごとく、イロハは歩き始めた。
剣の柄を撫で、鍔に付いている、いつかのキーホルダーを小さく握った。
猫のぬいぐるみ。
ふわりとした毛並みを楽しんだ。
そして、ゆっくり、刃を現した。
天井のきらびやかな光に反射して、いつもよりもさらに、桜の彫刻が目立つ。
しっかりと感覚を確かめながら、イロハは
立ち止まったままのレンに向かって振り返る。
「止まったところで、何もできないわ。」
彼はわかっていると言わんばかりに顔をしかめさせて、「……リアスがいないの、変だと思わないか?」と、問いかけた。
自分たちの目の前に現れたリアスは、通り雨のようにすぐ消え去った。
改めて考えてみれば、おかしい。
イロハは前に向き直ると、
「不思議よ。あの人どこに行ったのかしら。
でも、それよりも脱出することが先。」
と、冷たく放った。
レンは、小さく頷き、息を呑んだ。
ーーそうだよな、考えるより先に。
気づけばレンの右腕には、自身の能力で創り出した剣が、颯爽と現れていた。
淡く発光をした熱のある細い剣は、
まるで“逃げ場を断つ決意”そのもののように、その手に握られていた。
「あ……」
ーー俺の能力は、自分の想いに比例する。
それが、今になって一番よくわかった。
イロハは、彼の腕を見て、にまっと笑って見せた。
「そう、こないとね。」
彼女は、嬉しそうにもう一度笑うと、そのまま前進する。
続くように、レンもついていく。
建物内は、真っ白だ。
壁も、床も、全部が雪に包まれたように白く、高い天井についた蛍光灯が、反射して目に映る。
妙に足音は響いて、隠密には向いていない場所。
それでも、ドカドカと突き進むしかないのだ。
二人とも無言で歩き、時に周りを確認しながら、
出口を探す旅に出る。
途中、防犯カメラが、二人の動きを追っているのが見えた。
ジーッと、機械の独特な音がかすかに漏れ出て、まるで瞬きをしない目のように、こちらを離すまいと見ている。
イロハはカメラと睨み合いをしつつ、足を止めることは無い。
レンも同様、止まらない。
ここでは止まったら、いつか出口を失いそうな、そんな考えが頭を過ぎったからだ。
曲がり角を二、三回、曲がったところで、
先頭を歩いていたイロハが、ぴたりと足を止めたのだった。
「……待って」
その声は、さっきまでの軽さを失っていた。
レンは反射的に立ち止まり、 彼女の視線の先を追う。
何もない。
白い床と、白い壁。
さっきまでと、何ひとつ変わらない光景。
でも、その床を見下ろすイロハの目線は、間違いなく危険を目にしている。
胸の奥が、ひやりと冷えた。
何かが、紛れ込んでいる。
「……これ、踏んだらダメ」
イロハは、床の一点を見つめたまま言う。
レンは目を凝らす。
よく見れば、床の白の中に、
わずかに歪んだ線が走っていた。
糸のように細く、
しかし、確実にそこにある違和感。
大体、想像はつく。
「罠……か?」
レンは、眉をしかめながら尋ねた。
「ええ。 」
言葉を切り、
イロハは小さく息を吐いた。
淡々と、こう言葉を紡ぐ。
「……踏んでみましょ。」
ーーえ?
罠なんだよな?何があるのか分からないよな?
それでも踏む気なのか?
……えぇ?
驚きよりも困惑が勝って、震えそうな声をどうにか堪えようと努力する。
「人の心とか、あるよな?」
「わたしを何だと思ってるのよ。」
「阿呆ね」と不貞腐れる彼女は、その後小さく笑った。
向けたのは、レンじゃなく、防犯カメラの向こうの人物。
誰だかは知らない、敵である存在に知らしめてやるように。
「こういう臆病な方法で攻撃を仕掛ける奴らに、まんまと引っかかってあげるわ。」
傲慢な態度で吐き捨てたら、レンの有無関係なしに、異変のある一辺の床に足を踏み入れたのだった。
その、次の瞬間。
下に押しつぶされるような、重力が二人を襲った。
床に足をつけた感覚が抜け落ち、足元が沈んでいく。
光を反射させた床が、紙が破かれるように、底を覗かせた。
裂けた床には、真っ暗な闇が広がっている。
その奥で構えるのは、光を弾く無数の細い影たち。
先端がやけに尖った、刺されば出血間違いなしの山々は、こちらを見据えている。
ーー嘘だろ……!
「ひぃ……っ!」
レンは重力に導かれるがままに、そのブラックホールにへと吸い込まれていく。
だが、彼女は謎に口角を釣り上げたのだった。
後悔だけが、胸に沈んでいく。
もう、抗う余地はない——そう、思った。
その時。
さわ……。
ふと、レンの背中と足に手が伸びて、温かさが包み込んだ。
ギュッと固く、抱き留められて 、一瞬だけ重力に逆らった。
浮いたのではなく、イロハの腕の中で支えられた。
世界が横転した。
ぎゅるんと視界が歪み、頭が振り回される。
ーー針が来ない?
何、何が起きて……!!
レンが首を動かした先に、長いまつ毛と、大きな瞳がそこにはあった。
イロハが、飛んでいた。
彼女がまだ崩れていない地面に、静かにつま先を置き、跳躍をしていた。
混乱する頭。
乱れるレンの体勢。
レンの剣を持っている方の手は、彼女の首の後ろにあり、一歩間違えれば大怪我じゃ済まない。
膝裏はイロハの片腕が添えられて、ぶら下がることもない。
いわゆる、「お姫様抱っこ」とか言うやつだ。
元お姫様である、イロハが抱いている側だけど。
そんな元姫は、手に握っていた剣の柄を、口で加えて、なんともはしたない格好で目をぎらつかせていたのだった。
「しふぁは、みふぁいふぇ!」
もごもご咥えたまま喋るイロハは、何を言っているのか全く伝わらない。
「下を見んなって……!ひぃっ!ああぁ!!」
何故かレンには言葉が通じるこの現象には、なんと名前をつけようか。
ーーこんな状況で、笑う余裕があるなんて。
それが、イロハなんだ。
大きく足を広げ、確かな感触を掴もうとして、ここでは上品さを投げ捨てる。
あと十センチ程度まで足を広げたその時には、
床が、また開いたのだった。
「ふぇ……!」
「なっ……!」
足場が崩れる。
すい……と足が空を踏んで、そのまま落下していく。
——落ちる。
理解するより早く、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
怖い、とか、死ぬ、とか、そんな言葉にすらならない。
ただ一つだけ。
離れたくない。
瞬間、レンの剣が、悲鳴のように震えた。
強く握った柄が熱を帯び、空気が歪む。
目が眩むほどの発光を放って、生ぬるい風が吹き始める。
次の刹那には、 ドンッ、と。
爆ぜるような衝撃が、二人の身体を横殴りに弾き飛ばした。
下ではない。
上でもない。
そこに足場がある方向に向かって、嵐が吹いたのだ。
「ひぁ……!!」
「ふぁっ……!?」
視界が白く流れ、次に感じたのは、硬い地面と、肺に叩き込まれる空気だった。
ごろ、と転がり、止まる。
イロハが加えていた剣は、ぐるりと回って遠方に飛ばされた。
頭に浸透する、冷たい床の感触が、途端に二人を安心させた。
しばらく、何も聞こえない。
「……レン」
名前を呼ばれて、ようやく呼吸を思い出した。
「今の……あなた?」
レンは答えられなかった。
剣を見ても、いつもと変わらない。
でも、先程激しく発光したそれが、意図してここまで運び込んだ気がする。
胸の奥だけが、まだ、熱かった。
むくりと起き上がって、レンは頭をかき、イロハに軽く説教を垂れた。
「ありがとう……助けようとしてくれて。でも、なんでわざわざ罠に掛かるんだ。
死ぬところだった……。」
「いいじゃない。わたし、妖精と人間の混血者よ。羽もないし、見た目ほぼ人だけれど、妖精特有の跳躍力はあるの。初めてあなたを助けた時だって……」
「よかねえよ。」
話の途中を遮った。
「そんなことより、今のあなた?」
即座にイロハとレンは立ち上がり、彼はもう一度自分の手に握られた剣を眺めた。
自分の想いに比例する剣。
つまり、願えばそれほどの強さを発揮する剣。
だから、今願った「離れたくない」を、こんな乱暴な方法で守ってくれたのか。
「多分……な。」
ーーこれ、能力の使い方次第だと、悪い方向にも使えるんじゃないか?
そういうの含め、組織は俺のことを狙っているんだな。
今更ながらに、納得した。
この間出現した、イロハを守る結界だって、想いによるもの。
全部自分の考え。
人を殺す刃になろうとすれば……簡単になれてしまうのだろうか。
なんでも、具現化してしまうのだろうか。
上を見上げれば、また防犯カメラがある。
後ろを振り返れば、穴の空いた床。
そして、小さな彼女。
ーー俺の能力が、機能するようになってきた?
そんな思考を抱いた時だった。
カメラが、二人を捉えて、何も無いところから台詞を放った。
小さな女の子の声が、響く。
リアスだ。
「あらぁ……威勢のいい奴らだと思ったのに、こんなに簡単に焦るとはね?」
二人を見下ろすカメラレンズのその先に、悪意の色が見え見えである。
カメラの先で、リアスはイロハとレンを傍観していた。
手を組んで、反応を楽しむように沈黙をする。
イロハも、レンも、何も言わない。
睨みつけるだけ。
「……あなたこそ、臆病なのね。
こんな方法で殺そうなんて。」
不敵な笑みを浮かべるイロハ。
「いい加減にしろよ……俺らが何したってんだ。」
呆れるレン。
その姿が、リアスの理性をくすぐる。
苦虫を噛み潰したような顔をすると、彼女は声を震わせた。
「いいこと教えたげる。私、仲間がたくさんいるのよ?どうしてだと思う?」
「……?」
首を傾げるイロハと、顔をしかめるレン。
ーー意地悪してやるわ。
煽った罰よ。でもこれは、まだ序章に過ぎない。
リアスは、そこで一度、口を閉ざした。
まるで――考える時間を、与えるように。
そして、歯をぎらつかせて、声を張上げた。
「理性を失った魂は、言うことを聞くもの!!」
カメラ越しにレンとイロハを見下すリアスは、大きく手を広げた。
瞬間、二人の背後に、どろりと気色悪い空気が這いずった。
この場にいる自分と彼の影二つが、いつの間にか幾つか増え始めた。
足元の影が、増えていく。
ゆっくり、判断力を鈍らせるように。
「はっ?」
思わずレンが声を出す。
全身の毛が逆立つみたいに恐怖を感じると、
「へぇ……わかったわ。あなたのそれ。」
嫌な汗が、手と頬を滲んだ。
強気な発言とは裏腹、イロハの剣はただいま、遠くに弾き飛ばされた状況下、戦闘には最悪の場面。
ーーさて、どうやって取りに行こうかしら。
かひゅ……と、か細い息の吸う音が幾度となく重なって聞こえ、耳の内から緊張を呼ぶ。
レンの剣が、恐れるように光を減少させていき、口内が乾き始めた。
影が、だんだんと大きくなり、近づいてくる時。
本当の戦闘は、まだ始まっていない。
第二十五の月夜「地獄の幕開け、焦りの募り」へ続く。