「なら、次はその本を私にくれるかしら?」
彼女へ渡す間もないうちに、選択肢は並べられる。
「両手で渡すの?片手で十分?投げる?蹴るなんてまさかね?正面からくれる?背後に置き渡しする?上から落とすなんてしないわよね?手に当てるだけ?足元に置くのかしら?何かに包むの?胸より高い位置に渡すかしら?」
言葉を聞くうちに、固まっていた僕の答えが溶かされていく。それを堪え、再び自分の選択を握り直す。手の上のままの本を、彼女の後ろにある机に置きに行く。振り返ると、彼女は顔に液体でも飛び散ったように顔をしかめている。
「ちょっと、なんであんなところに置いてきたわけ?あぁ、あそこまで取りに行けって?」
彼女の細腕に目が留まる。それに気付いた彼女は何を勘違いしたのか、腕を隠すように組む。僕は慌てて目を逸らす。
「もしかして選べなかった?」
なぜか嬉しそうな声色。目線の動きが何か勘違いを生んでしまったようだ。僕は重い辞書を彼女のために運んだのだ。けれど、行動の真意を考慮されることなく言葉は続く。
「あら可愛いところがあるのね。理解力がないんじゃなくて、優柔不断なのね」
僕にとって答えは一つ。けれど、彼女はその答えを勝手に枝分かれさせている。それをさも風景のように楽しんでいる彼女は、僕がいる机の側へ本を迎えに来る。