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「緊急事態宣言が発令されました。」
ニュースキャスターの一言で、私たちの青春は終わった。
「ねえ、起きてる?」
スマホ越しに聞こえる、かすれた声。
布団の中で小さく頷いた私は、それだけで涙が出そうになった。
時計は午前3時をまわっていた。
真夜中の電話なんて、本当は親に怒られる時間。でも、今は誰にも止められない。
「聞いた? 修学旅行、中止だって」
「うん、見た。グループLINE、荒れてたね」
淡々と話すその声の向こうに、泣き顔が見える気がした。
画面越しに見ることもできないけど、たぶん同じ顔をしてる。
「部活もさ、あのまま終わりなんだね」
「うん。最後の大会、目指してたのにね」
「顧問の先生さ、泣いてたんだって。男子が言ってた」
「そっか」
私たちの“当たり前”は、コロナによって あまりにも簡単に消えた。
朝の電車、昼休みの屋上、放課後の体育館。
全部、ちょっと前まであったものなのに。
「制服、着てみた」
「……は?」
「なんか、忘れたくなかった。まだ、私たち、高校生だよね?」
電話の向こうがしばらく黙ったあと、ふっと笑った。
「ねえ、行こうよ。学校」
「今から?」
「うん。着替えておいで。4時半、正門前集合」
4時半の学校は、あまりに静かで、まるで世界に取り残されたようだった。
風の音だけが、制服の袖を揺らした。
「去年の夏、ここで肝試ししたの、覚えてる?」
「うん。あんた、マジ泣きしてたじゃん」
「うるさい」
ふたりで、ゆっくりと校舎を歩いた。
誰もいない廊下、光の消えた教室、鍵のかかった音楽室。
すべてが懐かしくて、切なくて、少しだけ苦しかった。
やがて、私たちは体育館に辿り着いた。
かつて、私たちが命を賭けていた場所。
18×9メートルのコートに、私たちのすべてがあった。
「……これ、まだあったんだ」
友達が、どこからかバレーボールを取り出した。
無言でトスを上げる。
私は、反射的に跳んでいた。
ボールの感触。
ジャンプのタイミング。
着地の音。
全部、昨日のことのように戻ってくる。
身体はいつまでも覚えていた。
たぶん、何年経っても忘れない。
「ちょっと体、鈍ってる?」
私が笑うと、友達が目を細めた。
「うるさいな」
笑い合ったその瞬間、世界は少しだけ、元に戻った気がした。
滲んだ視界の向こうで、東の空が明るくなっていく。
見上げた朝焼けは、まるであの頃見た青い春だった。