幸せになることが、
こんなにも難しいなんて。
*
「リリアン公爵家アリシア・エラ・リリアンの公開処刑を始める」
皇帝の声がワンダー皇国の宮殿前の広場に響き渡る。
「罪状はワンダー皇国・第一皇子レイモンド・リデル・ワンダーの婚約者でアリシアの姉君であるロリーア・レラ・リリアン令嬢を毒殺しようとした罪…」
処刑執行官が罪状を説明する中、
最期の観衆への見せしめのように処刑台の台座の上に座らされ、
両手は後ろで厳重な鎖により繋がれている。
なんでこんなことになったの…。
まさかレイモンド殿下をロリーア姉様に寝取られるなんて――――。
紫色の長髪に灰色がかったアメジストの瞳、
黒の地味なドレスを纏ったわたしはアリシア・エラ・リリアン。
わたしは貧しい領地の貧乏貴族の長女として生まれたうえに、
両親を幼い頃に亡くし、
領地を守る為、家畜同然の扱いでリリアン公爵家に引き取られた。
わたしは義理の妹となって礼儀作法やピアノ等の習い事を一から懸命に学んだけれど、
お義母様、ダリア・ミラ・リリアンからもひどい仕打ちを受けていて、
リリアン公爵家には悪役令嬢と呼ばれ恐れられているロリーア・レラ・リリアンがおり、
ロリーア姉様には頬を叩かれたり、使い古しのドレスを着せられたりと、ひどい嫌がらせをされていた。
それでも日々耐え、
18になった時、同い年のワンダー皇国第一皇位継承者、レイモンド・リデル・ワンダー殿下に見初められ、
わたしはレイモンド殿下の婚約者となる事が出来た。
レイモンド殿下は一つ結びの美しい白髪、透き通るようなブルーの瞳、
貴族衣装は白のアスコットタイに紫色をベースとし、ゴールドの刺繍が入った白ラインの長い上着を羽織っている温和な第一皇子様で、
わたしの生まれ育ち等一切気にせず、暖かく包み込んでくれる。
わたしはとても恵まれ幸せで、レイモンド殿下に生涯尽くそうと心に決めていた。
けれど、婚約お披露目の夜会が行われる一週間程前の深夜のこと。
レイモンド殿下に会いに寝室まで行くと何故か少しだけ扉が開いており、
覗いてみるとロリーア姉様がいて、レイモンド殿下を寝取っていた。
わたしが幸せになるのが許せないとロリーア姉様が強行手段に及んだのだ。
余りにショックで夢か何かだと無理矢理思い込むことで自我を保ち、
婚約お披露目の夜会の当日を迎えた。
そして夜会の場で、
『アリシア・エラ・リリアン公爵令嬢』
『君との婚約は破棄させてもらう』
レイモンド殿下にそう婚約破棄をされ、
『わたくしはこれまでずっと悪役令嬢と呼ばれ続け、苦しんでまいりました』
『けれど違うのです』
『わたくしは悪役令嬢等ではありません!』
『アリシアこそが悪役令嬢なのですわ!』
派手やかなドレスを纏い、レイモンド殿下の右腕を掴んだロリーア姉様には、泣きながら汚名を着せられ――――、
現在、レイモンド殿下の婚約者という立場を手に入れたロリーア姉様を毒殺しようとしたという覚えもない罪に問われ、今に至る。
ここでも幸せになれなかったなんて…。
…? ここでも?
ズキンッ!
う、突然、激しい頭痛に襲われ…。
両手を床につきたくても鎖に繋がれてつけず、
ワンダー皇国の観衆、ハルロイド・キャロル・ワンダー皇帝とシュガーナ・ロザリー・ワンダー皇妃、そしてレイモンド殿下とロリーア姉様が玉座で見ている前で倒れる訳にもいかず、必死に痛みに耐えるしかない。
流れ込んでくるこの記憶はなに――――?
*
「地味女が樹(たつき)くんのネクタイ盗んでんじゃねぇよ!」
突然、1年B組の廊下で雪森(ゆきもり)さんに突き飛ばされた。
ドサッ!
床に倒れると、その女子が鞄のポケットを漁る。
盗む?
何を言ってるの?
なんとか起き上がったわたしは、有末結羽(ありすえゆう)。
私立翼ヶ丘(つばさがおか)高校に通う黒髪ロングの地味子。
この高校で青春することを夢見ていたけど現実は甘くなく、
今日もクラスのリーダー格である雪森さんにいじめられている。
樹くんというのは、
わたしと同じく1年B組で髪を銀色に染め、両耳ピアスを付けたやんちゃなモテ男子、白岡樹(しらおかたつき)くんのこと。
無表情であり基本塩対応で、わたしの初恋の人でもある。
白岡くんは女子の情報によると、わたしと同じくマンションで一人暮らしをしているらしく、自活が大変なの分かってるから凄いなって思った。
それに基本塩対応ではあるけど冷たい人ではなくて、
信頼した友達に対しては笑顔を見せるのをわたしは知っている。
この高校はピアスと髪染め禁止で、
白岡くんはけっこう注意されているけど、自分を貫いている。
そこがかっこいいしいいなって、
わたしもそうなりたいって思った。
雪森さんはネクタイを掴んでわたしに見せ付ける。
なんでわたしの鞄に白岡くんのネクタイが…?
疑問に思うと雪森さんは勝ち誇った笑みを浮かべた。
悪事を働いたとすれば、雪森さん。
だけど証拠がない。
「有末、お前がやったのか?」
白岡くんに問われる。
わたしはこの言葉の続きを分かっている。
“やってないなら言えよ”って言ってるんだ。
「はー、とりあえず立てよ」
白岡くんは面倒そうに手を差し出す。
わたし、何もやってない。
だからお願い、信じて!
そう言えたら良かったのに。
わたしは手を取らずに立ち上がると、鞄を右肩にかけ、
今日もこの場から逃げ出した。
そしてマンションの部屋に帰ると、
地味な私服に着替え、テーブルの上にポケットサイズのノートとシャーペンを置いて、
部屋で一人、小説を書く。
いじめられる日々を過ごす中、
白岡くんと高校で会うことと、
小説を書いている時だけが楽しくて幸せだった。
そんな冬のある日の帰り道。わたしは雪が降る中、ポケットサイズのノートに書いた小説を読みながら歩く。
我ながらよく書けてる…。
わたしは横断歩道に飛び出す。
駆けてくる足音。
「有末!」
後ろから叫び声が聞こえた。
白岡くん…?
あ、歩道の信号、いつの間にか赤に変わって…。
白岡くんに抱き締められ、大型トラックが突っ込んでくる。
わたしの顔が泣きそうになる。
なんで?
わたし、白岡くんの言葉も、手も拒んだのに。
大型トラックの眩しい光がわたし達の全身を照らす――――。
キキィー…ドンッ!
これは…夢?
わたしはそのまま一緒に大型トラックに跳ねられ、
白岡くんがどうなったか分からないまま、
16歳で第一の人生の幕が下りた。
*
ワンダー皇国の宮殿前の広場でわたしの意識がはっきりとし、動揺する。
思い出した。
わたし、白岡くんと交通事故に巻き込まれて…。
わたしは隣の建物の大きな窓を見る。
薄っすらと映るわたしの姿。
紫髪ロングに黒アリスっぽい感じ…?
嘘でしょ?
わたし、自分が書いた小説『悪役令嬢の妹に転生したら、冷酷皇太子に溺愛されることになりました。』の
ワンダー皇国・リリアン公爵家の養女で悪役令嬢の妹アリシア・エラ・リリアンに転生してたなんて――――。
小さい頃、お母さんに『妹か弟どっちが欲しい?』って聞かれて、
『お兄ちゃん』と答えたわたし。
それは妹になりたくて言ったのだけど、叶うはずもなく、
長女として生きることを余儀なくされた。
でも今、妹になれた。
嬉しい。
てか、レイモンド殿下かっこよすぎる。
ロリーア姉様も銀髪のふわロングに白アリスっぽくて綺麗で、まさに悪役令嬢って感じで良い味出してる。
まさかこんな形でわたしが生み出したキャラ達に会えるなんて感動!
…って、そんな場合じゃない。
思い出すならもっと早く思い出してよ。
なんでこんな夜会最期の断罪イベントで思い出すのよ。
全力で逃げ出せばまだ間に合うかも。
……だめ、鎖で動けない。
レイモンド殿下の隣に座るロリーア姉様が扇子を広げ、勝ち誇った笑みを浮かべた。
わたしは絶望する。
ここでもわたし、バットエンドなの?
“アリスと幸せを足してアリシア”と名づけたのに。
リンゴン、と銅鑼(どら)の鐘が響き渡る。
処刑執行官が剣を鞘から抜き、わたしは蹲(うずくま)る。
白岡くんはどうなったんだろうか。
処刑執行官の剣が振り上がる。
あぁ、幸せになりたかなったな。
わたしの右目から一筋の涙が零れ落ちた――――。
ボガアアアアン!
突然、宮殿の建物の外壁と窓硝子が飛び散る。
え? 何!?
わたしは顔を上げる。
飛び散った破片がキラキラと輝きながら降り注ぐ。
まるで希望の光のように。
「きゃああっ!」
観衆の悲鳴が上がる中、
闇色のワイバーン(ドラゴン)に乗るイケメンは観衆の上を飛翔し、わたしの前にかっこよく降り立った。
夜空のような綺麗な黒髪に整った無表情の顔、冷酷な紫色の瞳、
白のアスコットタイに貴族衣装は黒色をベースとし、シルバーの刺繍が入った長い上着を羽織っている。
え、嘘でしょ?
ワンダー皇国と敵対するフェザー皇国第一皇位継承者、
Salt(塩)と呼ばれる程冷酷な皇太子シオドール・グレイ・フェザー殿下!?
コメント
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大変分かり易い展開で、良かったです。続きが楽しみです。