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で、ほんとうに呑むんだな……。


耀は、店に入るなり、小気味良さを感じるくらいの勢いで、くいくいっ、と冷酒を呑みはじめる和香を見つめた。


ちょびちょびしかやっていない自分を情けない男のように感じるが。


男の良さは酒量で決まるわけじゃないしな、とよく考えたら、当たり前のことを思う。


っていうか、こいつ、軽い物が食べたいと木の葉どんぶりにしたのでは?


何故、今、俺につられて、うどんまで頼んだ……と思いながら、和香を見つめた。


和香は相変わらず、しょうもない話をしている。


「いや~、この間、姉と喧嘩しまして。

腹が立ったので、復讐に季節外れの蚊がいたので、姉の家に連れて入ってやりました」


「……どうやって連れて入ったんだ?」


「刺されながら連れて入ったんですよ」


いや、それ、自分がかゆいだけなのでは……と思いながらも、呑気な復讐に笑ってしまう。


そのあと、お互いのどんぶりとうどんが来たので、しばらく集中して食べた。


すると、和香が笑い出す。


「我々、ごまをすったり、なんか食べたりすると、無言になりやすいですね」


あの店のトンカツ、美味しかったです、と言う和香に、

「じゃあ、また今度……」

と言いかけ、


そうだ、連絡先もまだ聞いてなかったな、と気がついた。


そして、まだ連絡先も聞いていない間柄なのに、家の鍵に指紋登録しようとするとかどうかしてるな、と自分で思う。


「お前に聞きたいことがあるんだ」

と耀は言った。


「私も聞きたいことがあります」

と言う和香に、


そうか、お前も俺の連絡先を……と思ったが、和香は、


「課長は何故、あの家にお住まいなんですか?」

と訊いてきた。


「自分の家だから……」


「何故、あそこを買われたんですか?」


「何処に行くのにも、交通の便が良く。

目の前の道が広くて、交通量もそう多くなかったから」


「そうですか。

そんな理由で……」

と微妙な表情で和香は言う。


どんな理由なら満足なんだ、石崎っ、と思いながら、うどんを食べ切った。



「課長は、ほんとうにお酒、弱いですね~」

という和香の言葉を聞きながら、耀は坂道を歩いていた。


図書館と自宅のある方角に向かう坂道だ。


「なにを言う。

今日はちゃんと自分で歩いてるぞ」


「いやまあ、そうなんですけどね~」

と言う和香は、自分がちゃんと帰れるか見張るためについてきているようだ。


酔いやすいことは、別に恥ずかしいことではないし。


アルコールもよく吸収する健康な体なんだ。


とか今まで思っていたのだが、和香の前ではちょっと強がってしまい、酔っていないフリをする。


「俺を送らなくていいんだぞ。

俺がお前を送ってやると言ってるだろう」


「やめてください。

課長がちゃんと帰ったか、心配で夜も眠れなくなります」


「じゃあ、うちからタクシーで帰れ」


「近すぎて殴られますよ、運転手さんに」


「じゃあ、うちに泊まっていけ。

部屋ならいくらでもあるぞ」


「大きなおうちですもんね。

課長、結婚のご予定でもあって、建てられたんですか?」


お前の中では、俺は何処のどいつと結婚する予定なんだ……。


……俺は、あの日、あの鍵がお前のものだってわかったとき。


お前と結婚するのかな、となんとなく思ったんだが。


部署も違うからよく知らないし。


今まで、

なんかよく笑う女だな。

顔は結構好みだが、くらいにしか思ってなかったが。


……でも、なんとなく、あのとき思ったんだ。


あまり女性に興味のない自分が結婚するのなら、石崎みたいな相手なんじゃないだろうかって――。


「心配しなくても、猛スピードで走って帰りますよ」


「いや、駄目だ。

泊まってけ」


「じゃあ、課長が寝たら帰ります」


「なんだその騙し討ち……。


じゃあ……連絡先を教えろ。


帰ったら、ちゃんと俺に連絡入れてこい」


「わかりました」

と言う和香にスマホを渡す。


酔っている自分がやるとおかしな操作をしてしまいそうだったからだ。


和香は、ちゃんとお互いのスマホに連絡先を登録してくれたようだった。



耀は結局送ってもらった玄関先で、和香に訊く。


「ほんとうに泊まっていかないのか」


「大丈夫です。

猛スピードで帰りますから。


痴漢も呼び止められなくて、『あっ』ってなるくらいのスピードで」


酔った頭で、リアルにそんなスピードで走る和香を想像してしまい、


「そうか。

車をはねるなよ」

と言って、


「逆では……」

と言われてしまう。


「そうだ。

ついでに、お前の指紋を登録しといてやろう」

と玄関ドアを開けながら言うと、


「いや、いいですってば。

課長、私のこと、そんなに知らないのに。


簡単に鍵開けられるようにしたり、家に泊めようとしたりしていいんですか?


私がスナイパーとか、課長に復讐したい人だったらどうするんですか」


寝てる隙に近づいて、撃ち放題ですよ、という和香に、耀は言った。


「スナイパーって、そんな近距離から撃たないだろ」


「……別に腕自慢したいわけではないので。

近距離で撃ってもいいではないですか」


「じゃあ、指紋を登録したら、近距離から俺を撃つ気か」


「いや、別に課長は撃ちたくないです」


その言い方がなんだか気になり、

「誰なら撃ちたいんだ?」

と訊いてしまう。


和香は沈黙した。


「……俺は激しく酔ったときのことも記憶してるから気をつけろ」

となんとなく忠告する。


「ありがとうございます。

では、帰ります。


あ、ベッドまでお連れしなくていいですか?」


「お前が王子で、俺が姫か。

大丈夫だ。

帰ったら、必ず、連絡入れろよ」

と言うと、わかりました、では、と和香はほんとうに猛スピードで帰っていった。


……普通車くらいなら、はね飛ばしそうな勢いだな、と思いながら見送る。


あの勢いで走ってる女に声かける男もいないか、と思いながら、和香の姿が見えなくなるのを待って、中に入った。


ガランと広いキッチンで、グラスに水を汲みながら、

「別に課長は撃ちたくないです」

という和香の言葉を思い出す。


どうとでもとれる言葉だ。


おそらく、なんとなく言ってみただけなのだろうが……。


なんか含みのある言い方だった気もするが。


まあ、聞かなかったことにしよう、と耀は思った。

不埒な上司と一夜で恋は生まれません

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