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穏やかな日々? そんなもん長続きするわけないやろがい。
朝から空は澄み渡り、果樹園には甘いリンゴの香りが漂っとる。朝露に濡れた葉っぱが陽の光を弾いてキラキラ輝いとるし、そよ風が枝葉を揺らして、ささやくような音を立てとる。鳥のさえずりも心地ええ。ほんまやったら、こんな日は木陰に寝転んで、リンゴ片手に昼寝でもキメたいところや。
せやのに、目の前の光景がすべてをぶち壊しとる。
果樹園の入り口に、明らかに場違いな連中が立っとるんや。ボロボロの鎧をまとい、無駄にゴツい剣やら斧やらを腰にぶら下げて、揃いも揃ってニヤついとる。薄汚れた顔、陰湿な笑み、そして何より、その態度がムカつく。まるで自分らがこの場所の主やと言わんばかりの余裕っぷりや。
場違い感なんか気にする様子もない。いや、それどころか、わざと見せつけるように立っとるんやろな。「俺たちは力を持っとる」「お前ごときが逆らえると思うなよ」って、そういう空気を押し付けてきよる。
……どうせロクでもない話を持ち込んできたんやろな。
ワイは木箱に腰掛けながら、リンゴの皮を剥いとった。できるだけ自然に見せるためや。こういう連中は、ちょっとでも怯えた仕草を見せたらつけ込んでくる。気にしてませんよアピール、大事やからな。
でも、内心は警戒心でギンギンや。
すると、一際ゴツい男が一歩前に出てきた。鎧の下から盛り上がる筋肉の厚みが半端ない。見るからに戦闘慣れしとるタイプや。腕の太さなんて、ワイの太ももよりデカいんちゃうか? 拳なんてまるで岩や。遠目に見ても、こいつと正面から殴り合ったら終わるってのがハッキリ分かる。
そいつが、低く、ねっとりとした声で言うた。
「おい、逃亡奴隷を見なかったか? ここらで目撃証言があるんだ」
その言葉が耳に届いた瞬間、空気が変わった。さっきまで鼻をくすぐっとったリンゴの甘い香りが、一気に遠のく気がした。まるで、秋の穏やかな陽だまりに突如として影が差し込んだような感覚や。
それでも、手元のリンゴの皮を剥く手は止めへん。いつも通りの動作を崩したら、それだけで不自然に映る。無理にでも、いつも通りに振る舞うしかない。
「……さぁな。うちのリンゴ畑にはリンゴしかないわ」
なるべく平坦な声を意識した。だが、こんな言葉遊びが通じる相手やないことは分かっとる。こういう連中は、一言一句に執着して揚げ足を取るのが仕事みたいなもんや。下手な言い方をしたら、それだけで目をつけられる。
案の定、ゴツい男は口元を吊り上げた。まるで、獲物がかかったと確信した狩人みたいや。
「おいおい、しらばっくれるなよ。証人がいるんだ」
そいつが顎をしゃくると、背後の影からヒョロッとした男が一歩前に出た。
……チッ、証人連れか。
胸の奥がじんわり冷える。こういう連中の情報網、ナメたらアカンな。ケイナのことはなるべく外に出さんようにしとったつもりやが、ずっと家に閉じ込めとくのも無理がある。たまに畑に出ることもあったし、そこで誰かに見られたんやろ。
「……」
口を噤むしかない。でも、相手もそれを分かっとる。ニヤニヤと歪んだ笑みを浮かべながら、さらに畳みかけてくる。
「つーかそもそも、この農園、急にリンゴが増えて怪しいって話じゃねぇか」
嫌な予感が的中する音がした。
「お前が無能スキルだってことは調べがついているんだ。それなのに、どうやったらリンゴ栽培なんてできるんだ?」
心臓がドクンと鳴る。
こいつら、そこまで調べとるんか……。
平静を装わなアカン。できるだけ感情を出さんように、淡々と返す。
「……さぁな」
けど、男たちの視線が奥の小屋に向かった瞬間、全身がゾワッとした。
ヤバい。こいつら――
「へへ……。奴隷を連れ戻しつつ、リンゴの秘密も暴いてやることにしよう。一石二鳥じゃねぇか!」
ガハハと下品な笑い声が響く。下っ端らしき連中も、それに便乗してゲラゲラ笑い出す。
「おい、お前ら! やるぞ!」
「「おう!!」」
掛け声とともに、一斉に突っ込んできた。鎧が擦れる音、地面を踏みしめる轟音。何人もが一気に襲いかかってくるプレッシャーに、空気が一瞬にして重たくなる。
クソッ、俺に戦闘スキルさえあれば……! リンゴと看護の能力だけやと、どうにもならん。
逃げ場? あるわけないやろ。考える時間? そんなんあるなら逃げとるわ。
――拳が飛んできた。
避けようとしたけど、間に合わん。
「ぐっ……!」
腹に鈍い衝撃が走る。胃が押し潰されるような感覚に、息が詰まる。じわじわと広がる痛みが内臓を絞めつけ、体の芯が震えた。視界が揺らぐ。肩を乱暴に掴まれた瞬間、次の衝撃が訪れる。
膝蹴りがみぞおちに突き刺さる。
「か……はっ……!」
肺の中の空気が一気に吐き出され、全身の力が抜ける。膝が崩れ、支えを失った体が無様に地面へ倒れ込んだ。
冷たい土の感触が頬に染みる。鼻をつくのは湿った土の匂い。遠くで鳥の鳴き声が聞こえる。さっきまでの穏やかな空気が嘘みたいや。日常の延長やと思っとったはずの時間が、一瞬でぶち壊された。
目の前には、転がったリンゴ。
皮を剥かれたまま、無惨に土の上に横たわっとる。その姿が、まるで今のワイみたいや。
――こんなはずやなかった。
じわじわと遠のく意識の中で、それだけをぼんやりと見つめとった。