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リメイク第五話、完全新作です。これで渋谷ライブ編に繋げられました。話数は後日調整します。
♡50達成ありがとうございます✨
東京、浅草
浅草の夜は、祭りのあとのように静かだった。
ライブ終わりの喧騒を抜け、提灯の灯りが揺れる裏通りを、寿司子とリコは並んで歩いていた。
アスファルトに落ちる二人の影が、街灯の下で伸びたり縮んだりしている。しばらくの間、どちらも口を開かなかった。
沈黙に耐えきれなくなったのは、リコの方だった。
「……なんやねん、あの人。ムチャクチャやん」
怒っているのか、それとも怯えているのか。吐き出すような声が夜風に混じる。
寿司子は、自分の胸の奥に残る熱を確かめるように、少し考えてから答えた。
「強い、ですよね」
「強いで済ませるなや。舞台引っ張り上げて、散々弄り散らして……失礼極まりないわ、普通」
リコが苛立ちをぶつけるように、足元の小石を蹴飛ばした。石は乾いた音を立てて闇に消える。
寿司子は、ビルとビルの隙間に浮かぶ、薄い月を見上げた。
「怖いけど……でも、あの人。なりふり構わず生き残った人なんだと思います」
「は?」
「嫌われ者を演じてるんじゃなくて……あのやり方で、あの場所に立ち続けてる。……理解されなかった人ですよ、きっと」
リコが歩みを止め、怪訝そうに隣を見た。
「……なんでそんなこと分かるん」
「分かりますよ」
即答だった。
「笑われる側の呼吸……知ってたから」
夜風が二人の間を冷たく吹き抜ける。リコは少しだけ顔をしかめ、きまり悪そうに視線を逸らした。
「……アンタ、気に入られたんちゃうか?ま、ウチは眼中に無かったみたいやけどな」
「気に入られてないですよ」
寿司子は静かに首を振った。
「試されただけ……だと思います」
──同じ頃。
宇津久芸能の狭い事務所スペースでは、若手全般のマネージャーを務める猫田美咲が一人、デスクでパソコンに向かっていた。
建付けの悪いドアが、重い音を立てて軋む。
「まだ帰ってなかったんだ」
入ってきたのは、黒羽メグだった。私服に着替えてもなお、肌に舞台の匂いと毒がこびりついているような佇まい。
猫田は画面を見つめながら手を止めずに、短くため息をついた。
「あなたもね」
メグは断りもなく机の端に腰をかけた。長い脚を組み、指先でスマホを弄ぶ。
「今日の新人……ほら、もっさりした黒髪と、金髪の関西弁の」
「イナリズシ?」
「そう。あの、ボケの方」
短い沈黙が降りた。猫田は作業を止め、眼鏡を直してメグを直視する。
「……あの子に何かした?」
メグは肩をすくめ、吐き捨てるように言った。
「壊れないね。……それだけ」
猫田の眉がわずかに動く。メグは視線を宙に投げたまま、言葉を継いだ。
「ああいうのはさ、早く舞台に立たせないと腐るよ。自分の中の猛毒にやられて、自滅する」
猫田は椅子にもたれ、深く息を吐き出した。
「……藤原さんから連絡が来たわ。来月の渋谷の合同ライブ、若手枠がひとつ空いたって」
「出せば?」
「こないだコンビを組んだばかりよ。まだネタも固まってない。責任持てるの?」
「アタシが責任持った芸人なんて、この世に一人もいないけど?」
「相変わらず、口が悪いわね」
猫田の皮肉に、メグは鼻で笑うと、ひらりと机を降りた。
ドアの前で、ほんの一瞬だけ足を止める。
「……でもさ。ああいうの、放っとくと二度と笑わなくなるよ」
背中で言葉を置いて、メグは去っていった。
猫田はしばらく、動けなかった。
静まり返った室内で、彼女はそっと机の引き出しを開ける。
そこには、古い写真が一枚。
舞台衣装で気取って虚勢を張る若い自分。
隣には、露出度の高い衣装で、あどけない笑顔が少し硬いグラビアアイドル。
まだ「黒羽メグ」になる前の、一人の少女。
猫田は指先で写真をなぞり、ゆっくりと伏せた。
「……残った側ね」
その呟きは、誰に届くこともなく消えた。
──翌日。
養成所の掲示板に、一枚の紙が貼り出された。
『来月第3土曜 渋谷 合同若手ライブ 出演者決定』
寿司子は、その文字を穴が空くほど見つめていた。
「ホンマか……」
隣でリコが息を呑む。
そこには、宇津久芸能の代表として『イナリズシ』の名前が刻まれていた。
「……渋谷?」
「ああ、完全にアウェイやん。さすがに緊張してきたわ」
「緊張したときって……手に『鮭』って書いて飲むんですよね?」
「ちゃうわ、『鮪』って書くんや」
「「……あれ?」」
オチは二人でユニゾンした。
浅草の泥臭い舞台とは違う、最先端の笑いが飛び交う街、渋谷。
そこで初めて観客前で舞台を踏む。
寿司子の胸の奥が、ゆっくりと、しかし激しく熱を帯びていく。
怖い。足が震える。
でも、もう逃げる理由はどこにもなかった。
───
遠く離れた別のスタジオで、黒羽メグが鏡越しに真っ赤な口紅を引いていた。
鏡の中の自分に向かって、彼女はぽつりと呟く。
「泣きながら笑うやつは、だいたい面倒なんだよ」
ほんの少し、笑う。
「……アタシみたいにね」
舞台は、少しずつ広がっていく。
浅草の路地裏から、眩い渋谷の光の中へ。
──第12話へ続く