「何時に帰る?」
朝からなんだか翔太が浮かれていて、後ろ髪を引かれながら家を出た朝。
いざ仕事を終えて帰ると、先に帰っているはずの翔太の姿がない。
「しょうた〜」
声を掛けたら、よっぽど機嫌の悪い日以外は、忠犬のようにやってくるのに、部屋の中からは何の物音もしなかった。
どうしたんだろうと思いながら玄関を上がると、部屋の中が甘い匂いでいっぱいなのに気づく。オーブンには、ケーキのスポンジが焼き上がろうとしており、角を立てたホイップクリームがボウルに山盛りになっていた。
何事だろう、と思っていると、今自分が通ってきた玄関の方から物音がした。
「照?帰ってるのか?」
翔太の訝しげな声がして、照明の下に見えた翔太は、メイクをしていた。 しかも普段より、幾分、濃いめのメイク。
「仕事遅かったの?」
「いや?なんで?」
「いや………」
「あ。ちゃんと焼けてる。うまくいったな」
スーパーの袋から、大ぶりなシャインマスカットをがさごそと取り出す。流水で軽く洗い、ざるにあけ、これでよし、と独り言を呟いた。
「照、こっから手伝って」
「わかった」
流しで手を洗い、翔太に言われるがまま、オーブンから焼き上がったスポンジを取り出し、冷めるのを見計らって、一緒にクリームを塗った。
少し前の、CM撮影を思い出す。
翔太が康二に手伝ってもらいながら、スポンジの土台に仲良く生クリームを塗るのを見せつけられ、仕事だとわかっていながら、少しヤキモチを妬いた。
その日は夜一緒にいても、何となく話が盛り上がらなくて、半ば強引に翔太を抱いたので翌朝少し揉めた。 翔太もその時のことを思い出したのか、恨みがましく俺を睨んでいる。
スポンジを載せた大きな皿をくるくると回していく。むらのないように、均等にクリームが広がるように。不格好ながらも、前回よりはうまく塗れたスポンジに翔太は満足そうだ。ところどころホイップクリームで飾りを付け、上にマスカットを置いていく。
無造作に顔を拭ったときに袖口についていたクリームがついたのだろう、マンガみたいに鼻の頭をクリームで汚した恋人を写真に収めた。
「何撮ってんだよ」
分からないようなので、鼻の頭のクリームを舐め取ると、白い顔を染めて、恥ずかしそうに笑った。
「先に教えろ〜///」
「でも上手にできたじゃん」
「ん。苦労した」
指先には二つほど、絆創膏を巻いている。
今日の日のために翔太は何度か練習したらしい。目黒の家で。少し引っかかるが、まあいい。翔太が釘を刺すようにこう言ったから。
「照に喜んでほしくて目黒に協力してもらったんだからな」
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待ってたー!ハロウィンのお話🎃😊 しかも💛💙でなお嬉し🫶🏻✨