テラーノベル
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翌朝、スタジオに入る前から落ち着かなかった。
楽屋のソファに座りながら、無意識にスマホを握りしめている自分に気づいて苦笑いする。
「やべぇ…もう癖だわ、笑」
画面を開くと、また通知が一件増えていた。
【黒崎恒一】
"おはよう。今日も現場だよね?顔が見られるの楽しみにしてる"
胸の奥がひやりとする。
内容自体は軽い挨拶のようなのに、「見られる」という言葉が引っかかって仕方なかった。
まるで、こちらの行動を把握しているのが当然だと言わんばかりの口ぶりで。
そのとき、ドアが開いて仁人が入ってきた。
『おはよ』
「…おはよ」
仁人は一目で察したように、勇斗の手元を見る。
『また来てんの?』
「…うん」
何も言わずにいつものようにスマホを渡した。
仁人は受け取り、短く目を通してから静かに息を吐く。
『なんだよ"顔が見られるの楽しみにしてる"って』
「仕事の人だし、あんまり強く言えなくてさぁ」
『俺が言おうか?』
「いや…仁人が出てきたら、逆に刺激しない?」
『それでもいいよ。勇斗が一人で抱えるより、俺が矢面に立つ方がいいでしょ』
「なんか俺…いつも仁人に守られてる気がするわ、笑」
『それは違う。普段は勇斗の方がずっと俺を引っ張ってくれてるでしょ』
「恥ずー笑」
『笑笑笑』
するとそこに舜太と太智が入ってきた。
「おー、二人とも早いなぁ。…なんか空気重ない?」
「喧嘩でもしたん?笑」
「してねぇわ笑」
『ちょっと、仕事関係で厄介なだけ』
「あー勇ちゃんのやつ?」
『うん』
舜太が一瞬だけ俺を見て柔らかく笑った。
「まぁ、仁ちゃんおるなら大丈夫やろ!」
「せやな。勇斗は大人しく守られとき」
「う、うん笑」
撮影の合間、黒崎はいつもよりも積極的に話しかけてきた。
「佐野くん、今日のカットすごく良かった。終わったあと少し話せる?」
「…すみません、今日は予定があって、」
「予定?誰と?」
その問いに、言葉に詰まる。
するとそこへ仁人が一歩前に出た。
『僕とです。』
黒崎は一瞬だけ目を見開いた。
「…吉田くんと?」
『はい。恋人なので。少し勇斗と話したいこともありますし、』
その場の空気が、はっきりと変わった。
黒崎は笑みを作ったまま、少しだけ声を落とす。
「仕事中に私情を挟むのは感心しないなぁ笑」
『仕事を盾に私情を押しつけるのも、感心しませんけど』
息を呑んだ。
仁人がここまで明確に他人に対して踏み込むのを初めて見た気がした。
「… 君、随分強いね」
『勇斗のことになると強くなりますね、笑』
短い沈黙のあと、黒崎は肩をすくめた。
「分かった。今日は引くよ。佐野くん、また時間がある時にでも」
去っていく背中を見ながら、小さく震える息を吐いた。
『お前に時間なんてねぇわ』
「おぉ、笑聞こえるから、笑…ごめん、ありがと」
『今日はこれで終わったからいいけどね』
「え?」
『たぶん、こっからやばくなんだろ。俺に向けた視線やばかったし。』
楽屋に戻ると、柔太朗が俺らの顔を見て静かに言った。
「…何かあった?」
「まぁちょっとな」
夜、仁人と帰っている時、あの人の話があがった。
「さっき、正直ちょっと怖かったわ。ほら、黒崎さんが話しかけてきた時」
『ん?黒崎さんが?』
「いや…仁人が、笑頼もしくて。いつもの俺にキレた感じじゃねぇし」
『…ごめん笑怖がらせたいわけじゃなかったんだけど』
「それは分かってっけど、なんか…あんま見れねぇじゃん、そういう仁人。なんかずるいわ、笑」
仁人は小さく息を呑み、足を止めた。
『勇斗』
振り向く俺の手首を強くないけれど、逃げられない力で掴んだ。
『ほんと何かあったら言いなよ?』
「…うん」
その視線は、普段の穏やかな仁人とは違っていた。
静かで…揺るぎなくて…
「じゃあ、頼んだ!」
『はぁ?笑』
コメント
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めちゃくちゃ素敵な作品です!!続き楽しみにしてます✨️