テラーノベル
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#独占欲
外回りから会社に戻ったとたん、俺は直感的に「あ、これ詰んだ……」と思った。
この空気。フロア全体がどんよりと重く、まるで大型案件を競合にとられた直後のようなお通夜状態。しかも、すれ違う男も女も、俺を「親の仇」か「産業廃棄物」を見るような目でジロジロと見てくるのだ。
(……え、俺、ただ小森との写真をアップしただけなんですけど? たった一回のインスタ投稿で、社内評価がここまで暴落するなんて聞いてねえ!)
混乱したまま、休憩スペースで遅い昼飯のサンドイッチを詰め込みつつメールチェックをしていると、背後から猛烈な殺気が迫ってきた。
「あ、佐藤さん、お疲れっす……」
「王子谷ぁぁああ!! お前、すみれちゃんと付き合ってるなんて、万死に値するぞっ!!」
「ぶっ!? ゲホッ、何なんすか急に!」
俺が小森との自撮りを投稿……いや、「爆弾投下」してから、わずか数十分後。佐藤さんによれば、社内チャットは荒れに荒れ、もはやシステムが崩壊せんばかりの勢いだったらしい。
事態は、俺の想像以上に深刻だった。 彼女ができたと知った女子社員たちが、悲しみのあまり給湯室で泣き崩れる一方で、男子社員たちは「聖域を侵された」と激怒していた。小森は、健康管理室の『白衣の天使』として、男子たちの心のオアシスだったらしい。
つまり俺は今、女子社員からの失恋の恨みと、男子社員からの嫉妬の炎を一手に引き受け、社内で最も「デリートされるべき有害物件」と化していた。
「すみれちゃんはな、仕事だってわかってるが! こんなメタボ予備軍のおっさんに優しくしてくれるんだよ! 数値が引っかかった時、本気で心配してくれたんだぞ……俺たちの唯一の癒やしを独占しやがって!」
佐藤さんによれば、小森は「クラスで10番目くらいの、絶妙に手が届きそうで届かない安定した可愛さ」が最大の魅力らしい。その上、世話焼きで、優しくて、包容力がある。
「……佐藤さん、実はあれ……」
俺はあまりの敵意に根負けして、「偽装彼氏契約」を結んだ経緯を打ち明けた。
「……なんだ。お互いのトラブル解決のための『期間限定の業務提携』だったのか」
佐藤さんは拍子抜けしたように溜息をついたが、ふと、真剣な目で俺の顔を覗き込んできた。
「で、お前はどうなんだよ、王子谷。……お前はすみれちゃんのこと、ホントはどう思ってるんだ?」
「え……?」
「偽装だろうがなんだろうが、外野から見りゃ立派なカップルだ。俺がお前のスペックを持ってたら、このチャンスを逃さず、マジの『真剣交際』まで持ち込むけどな」
佐藤さんの言葉が、胃の腑に重く落ちる。
脳裏に浮かぶのは、毎日うざいくらいに送られてきたアプリのメッセージ。採血の時の頼もしい看護師の顔。そして――元カレに腕を掴まれ、困惑していた小さな背中。
(……あれ。これ……)
ドクン、と心臓が変な音を立てる。
「佐藤さん……」
「なんだよ、改まって」
「俺……不整脈ってやつかもしれないっす。アプリ監視と仕事のストレスのせいで、スゲー動悸が……」
「えーっ!? マジかよ、大丈夫か? お前、病院行けよ病院! ……あ、そういえば今の時間、すみれちゃん、社内にいるだろ。今すぐ診てもらえよ。彼女(仮)なんだろ?」
「あー、確かに」
ワイシャツの襟元をぎゅっと掴みつつ、ガタッ、と椅子を引いて立ち上がった。
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