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彼氏と彼女が別れるように、セフレが関係を解消するように、体の関係があったところから健全な関係にはならない。
千紘の気持ちが離れたら、きっと凪からは追いかけない。だから、この関係は永遠ではない。
凪はそう考えながら、それなら一体この微妙な関係性はいつまで続くのだろうかとグラスを持つ手に力を込めた。
「……ヤダよ。お前、寝かせてくんないから」
凪は半笑いで言う。ただの添い寝なら、一緒にいるのも悪くないかもしれない。そんなふうに思ったからだ。
この疲れた体に鞭を打って抱かれたら、そのまま起き上がれなくなりそうだった。
そんな微妙な表情を浮かべた凪を見て、千紘はまた凪の様子を窺った。寝かせてくれるならいいというような口振りに、もう少し押してみてもいいんじゃないかと思い始める。
「抱かなかったらいいの?」
千紘は真剣な顔でそう尋ねた。凪がちゃんと否定しないから、つい調子に乗ってしまいたくなる。少しでも可能性があるのなら、そのチャンスを逃したくなかった。
「……そう言っていつもするだろ」
「凪が嫌なことはしないって言ったじゃん。疲れてるならしないよ。一緒に寝る? ギュッてしてあげようか?」
千紘は柔らかく笑った。いつも強気な凪が、なんとなく弱々しく見えたから。儚い凪の頭を優しく撫でて、胸の中に収めてあげたら安心してくれたりしないかな。そんな淡い期待を抱いた。
凪は、その笑顔にトクンっと小さく胸が鳴ったのを感じた。
いつか千紘が甘えてきた時のように、今度は反対に自分が甘える構図が頭に浮かんだ。女性の前では子供のように甘えることなんてカッコ悪くてできやしない。
けれど、千紘ならそれすらも寛容に受け入れてくれる気がした。
「……うん」
凪は無意識に返事をする。千紘の腕の中で眠るのも悪くないと思った。否、今日はそのまま眠りたいと心のどこかで思っていた。
千紘はテーブルの下で小さくガッツポーズをした。この店はなんだか自分に幸運をもたらすスポットのように思えた。
初めて凪と食事をしたのもこの店だった。あの時は写真で脅して渋々呼び出したが、今回は違う。あの時はお互いにアルコールは飲まなかったし、何もかもが違う。
ここで会う度に関係性が深まっていけばいい。千紘はそれも夢物語ではないような気がしてきた。実際は写真をバラまくつもりなんてないし、もう消してやってもいい。そう思ってからもまだフォルダの中に入っている凪の写真。
時々見返しては下半身を熱くさせている自分は相当変態だとは思うが、好きな人ならどんな姿だって愛しいし興奮する。
その写真が消せずにいるのは、自分しか知らない凪の姿をいつまでも忘れないためと、初めて凪を抱いた感覚を思い出したいから。
でももし仮に、そんなものがなくても凪が隣にいることが当たり前になったら、こっそり自宅でそれを眺めることもなくなるだろうと思った。
寄り添って眠るだけでもいいから、もう少し会う頻度が増えればいいのに。そう思いながら千紘はワインを飲み込んだ。
凪は散々酒を煽ってぽやぽやとしながら会計を済ませた。店を出ると、足取りは問題ないが大きなあくびをした。
「眠いの?」
千紘が凪の顔を覗き込んで言う。凪はコクコクと頷いて「もともと眠り浅いから。今まで平気だったけど、最近眠れないのも辛い」とまたあくびをした。
酔っているからなのか、悩みの種がまた飛び出す。疲労の原因は睡眠不足もあるのかと千紘も納得する。自分自身も、仕事の忙しさよりも休息が不足していた時の方が辛かったことを思い出したのだ。
更に千紘のアラームで凪が先に起きたこと。大体千紘よりも凪の方が先に起きていたことに気付く。
千紘は凪を熟睡させるにはどうしたらいいだろうかと頭の中で考えた。少なくとも一緒に寝てもいいと言ってくれたということは、浅眠状態でも千紘と過ごす時間は苦痛ではないと証明されたようなものだ。
こうなったら徹底的に凪に癒しを与えたいと千紘は密かに闘志に萌えた。
千紘の家に着くと、交代でシャワーを浴びた。普段調子のいい千紘も、この時ばかりは一緒に浴びる? とは聞かなかった。
凪がシャワーを浴びている間、千紘は着替えを用意して、シーツを新しいものに変えた。普段1人で眠るには十分過ぎるベッドも、ホテルのものと比べればかなり狭く感じる。
成人超えた男2人で寝転がったら狭いことは樹月が来ていた頃からわかってはいた。
ただ、好きだった頃はくっついて寝ることも幸せだったから、わざわざベッドのサイズを変えることも考えなかった。
しかし、凪の睡眠を優先させるのであれば大の字で寝られるくらいの広さは必要かと考える。
付き合っていなくとも、時折こうやって自宅に来てくれるのであればそれもありかな……と家具屋のホームページを開いて、ベッドを物色したりもした。
おそらく凪と一緒に寝るのであれば、今後も千紘の家が多くなる気がした。というのも、千紘の家がいいと言ったのは凪の方だったからだ。
「寝るってホテル? お前んちでもいい?」
凪の言葉に千紘は驚いたが、すぐに次の言葉を聞いて納得した。
「ホテルは仕事を思い出すからあんまり行きたくない」
凪はそう呟いた。凪にとってラブホは職場で、女性が自宅にセラピストを呼ぶことの方が少ない。だから、どうしても仕事といったらラブホのイメージが強いのだ。
たまにはデートだけのコースを利用する客もいるが、性感ありきの方が圧倒的に多い。それを考えれば、仕事の悩みから逃れたい凪がホテルに行きたがらないのは当然だった。
千紘としては大歓迎だった。自分のプライベート空間に好きな人を招き入れるのは嬉しいことである。初めて凪が自宅に来た時だって、暫くは凪がそこにいた形跡で余韻を楽しんだ。
理由がなんであれ、ホテルで過ごすよりも自宅で過ごす方が恋人っぽい気がしてじんわりと心が温かくなった。