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第8話:ネロのテストと、闇の仲介人
壁一面のモニターが青白い光を放つ、ネロの地下アジト。
外の豪雨の音はここまでは届かない。代わりに、複数のサーバーが発する微弱な電子音だけが、室内の緊張感を高めていた。「じゃ、さっきの話の通り、テストといこうか。氷室律」
ネロはポテトチップスの袋を放り出すと、キーボードを素早く叩いた。メインモニターに、大河内室長のパソコンから抜き取った、複雑に暗号化されたデータが映し出される。
「これ、室長が裏組織に新薬のデータを売る時に使ってた、秘密の取引ログ。普通のハッカーじゃ解読に何年もかかる最高峰の暗号だけど……感情のない天才研究員さんなら、どう解く?」
ネロは挑戦的な目で律を睨み、ゲーミングチェアを譲った。
「簡単です。これはただの数列ではなく、塩基配列のパターンを応用した暗号です。私の脳内ロジックを使えば、三分二十秒で解読できます」
律は迷わず席に座ると、遠藤のジャケットを少し直してから、恐ろしい速度でタイピングを始めた。画面のコードが猛烈な勢いで書き換わっていく。
その隣で、浅雛は落ち着かない様子で部屋の隅に立っていた。彼の端末IDがこの不正に関わっていたことはすでに判明している。暗号が解ければ、浅雛の「本当の役割」が白日の下に晒されることになるからだ。
「おい、アサヒナ。そんなに怯えんなよ。見てるこっちが冷えるわ」
ネロがニヤニヤと浅雛をからかった、その時だった。
ガチャン、と重々しい電子ロックが解除され、アジトの隠し扉がゆっくりと開いた。
「――おや、随分と賑やかですね。ネロちゃん、先客がいるならそう言ってくれないと」
現れたのは、誰もが思わず見惚れてしまうような、尋常ではない色気を放つ若い男だった。
仕立ての良い高級なチャコールグレーのスーツを纏い、片方の耳には漆黒のピアスが光っている。彼の名前は神代 結弦(かみしろ ゆづる)。
弱冠24歳にして、大河内室長が裏で繋がっていた巨大犯罪組織の「お抱え交渉人(仲介人)」であり、冷酷な美貌を持つ男だった。
「……! 神代、さん……っ」
浅雛の顔が、一瞬で紙のように真っ白になった。
「神代。あんた、なんでここが分かったのよ。」
ネロが椅子から飛び起き、警戒の目を向ける。神代はエレガントに肩をすくめ、視線をまっすぐに律へと向けた。彼の切れ長の瞳が、律の顔、そして彼女が羽織っている「泥臭い警察のジャケット」を見つめ、面白そうに細められる。
「君が『鉄の女』、氷室律さんですね。大河内を殺した犯人として警察に追われている割には、とても冷静だ。……そして、その肩にかかっている上着。所轄の遠藤刑事のものでしょう? 面白い」
神代は音もなく律に近づくと、彼女のデスクに手を突き、上から覗き込むように顔を近づけた。彼の身体から、洗練された高級な香水の香りが漂う。
「大河内を殺したのは君ではない。それは僕たちが一番よく知っている。……どうですか、氷室さん。僕たちの組織に来ませんか? 君ほどの頭脳があれば、あの泥臭い刑事からも、そこの頼りない子犬(浅雛)からも、完全に守ってあげられますよ」 神代の薄い唇が、誘惑するように弧を描く。浅雛とは違う大人の危険な色気、そして遠藤とは違う冷徹なまでのスマートさが、律に迫る。
「先輩に触るな……!」
浅雛が手錠の擦れる音を響かせながら、神代の前に割り込もうとした。
「浅雛、静かに」
律の冷淡な声が響いた。
律はキーボードから手を離し、神代の美しい目を真っ向から見つめ返した。彼女の心拍数は、一分間に六十五回。神代の危険なフェロモンに対しても、データとして処理するだけだった。
「神代さん。あなたの提案はエモーショナルですが、論理的ではありません。私がそちらの組織に入るメリットはゼロです。なぜなら――」
律はメインモニターを指差した。
「今、暗号の解読が完了しました。このデータによると、大河内室長を毒殺した真犯人は……あなたの組織のトップ、あるいはあなた自身である確率が『八八%』と算出されました」
画面には、毒物の入手ルートと、それを指示した人物のイニシャルが赤く点滅していた。 神代の完璧な笑みが、一瞬で冷酷なものへと張り付く。
「……ほう。本当に、可愛げのないお嬢さんだ」
神代がジャケットの内ポケットに手を伸ばした、まさにその瞬間。
地下アジトの天井にある換気口の鉄格子が、凄まじい音を立てて蹴り破られた。「――そこまでだ、悪党ども!!」
上空から降ってきたのは、全身ずぶ濡れで、怒りで目を血走らせたあの美しい刑事、遠藤蓮だった。彼は着地すると同時に、驚異的な反射速度で神代の腕を掴み、壁へと叩きつけた。
「遠藤……!?」
律の瞳が、この夜何度目かの計算外の揺らぎを見せる。遠藤は神代を組み伏せながら、髪を乱暴に掻き上げ、律を睨みつけた。
「おい、氷室!俺のジャケット着たまま、別の男と密談してんじゃねえよ……!」
美しき刑事の、狂暴なまでの独占欲が、地下室の空気を一瞬で沸騰させた。
コメント
1件
リオンです、読み終わりました。 第8話、めちゃくちゃ盛り上がりましたね!まずネロのテストシーンからすでにワクワクしたんですが、そこに現れた神代さん…「闇の仲介人」って二つ名の通り、高級スーツに危険なフェロモン、完全に物語の空気を変えましたね。律が「メリットゼロ」「八八%」と論理で真っ向から返すのが、彼女らしくて痺れました。そして最後の遠藤刑事の登場!「別の男と密談してんじゃねえよ」の台詞、独占欲全開で笑っちゃいました。この三角関係の火種、面白すぎます。続きが気になる!
海月
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