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「あれれ⁉ 俺の大剣ってさぁ…… 何処やったっけ? 」
シャマールは頭を抱え深い溜息をついた。
「全く、貴殿は何処までが本気なのかもう分からんぞ」
「まぁそう言うなって仲良く頼むぜシャマちゃん」
怪しい人影が暗がりから月明りを背負い、ヌゥっと現れると散開し退路を塞ぐ……
「へぇ、ヤル気満々じゃねぇかよ。その恰好知ってるぜ、お前らフィダーイだな? 似た格好の奴が知り合いに居るからよぉ、分かっちまうんだよ。スゲーだろ? 」
覆面を被り素性を隠した者達が其々《それぞれ》の武器を一斉に構える。
「丁度いいぜ、最近、滅多矢鱈《めったやたら》に連敗続きでよぉ、此方人等《こちとら》イライラしてたんだ相手してくれや‼ 」
「ヴェイン殿此処は私が――― 」
シャマールは、腰に携《たずさ》えた美しく洗練された直剣を眼前で抜き、神に祈り剣を翳《かざ》す。
「神の御心のままに《アーラ・アクバル》。どうか我に力を」
「なら俺も神に祈ってやるぜ。黄金の騎士マックールよ、我が力となり我が名に相応しき剣をよこしやがれ」
ヴェインが片腕を上げ願ったのも束の間、突然、天から風切り音を棚引《たなび》かせドガンと轟音が地面を割ると、埃柱《ほこりばしら》が打ち上がり対峙する両者を隔《へだ》てた。
「―――なっ⁉ 」
余りにも信じられない出来事に、周りに居合わせた者達は慄《おのの》き、驚きを隠せずに居ると、埃が静かに沈み込み―――
―――神威を放ちし人喰い大剣がその荒ぶる姿を現した。
「ばっ馬鹿な―――」
思わず覆面の男が脳裏に浮かぶ言葉を思い出すと、声を漏らし退避《たじろ》ぐ。
屈強な男は片手で以《も》ってゆっくりと大剣を引き抜くと、天を指した。
「ガハハ‼ 見たか、これが聖戦士の力だ‼ 後は黙って死ね‼ 寝言は死んでから聞いてやる」
水を得た魚《うお》は一瞬で破壊神へと変貌を遂《と》げ、猛烈な殺気が気流を乱し肌を悪戯に嬲《ねぶ》る。恐れていた化け物と対峙してしまった覆面の男達は、脅威に怯《ひる》む心を奮い立たせ、歯を食い縛り覚悟を決める。
潜入する前に、何度も聞かされていた。戦ってはイケない男の特徴。凡《おおよ》そ人では振《ふ》る事すら儘《まま》ならない極大大剣を担《かつ》ぐ大男の事を。その男の名は―――
ケルトの戦士―――
―――ヴェイン・ミルドルド
覆面の男達は、軍人であろう人影に標的を定め、狙い、追い詰めた。一人は身体の大きな男と、もう一人は頭にターバンを巻いた男。大きな男は武器らしい物は所持していなかった。其《そ》れ故《ゆえ》に、見誤《みあやま》ってしまっていたのだ。
「何て事だ、まさか此奴《こいつ》が――― 」
「剣があれば俺ぁ無敵だ。シュマちゃん後は俺に任せて行ってくれ、砦の方もヤバそうだ、そっちを頼むぜ、直ぐに後を追う」
「だがっ―――」
「大丈夫。屋根の上に居る奴は間違っていなけりゃ俺の仲間だ。奴と二人ならこんな数位どうって事ねぇ寧《むし》ろ足りねぇ位だ」
「屋根に⁉ 誰か居るのか⁉ 此処からでは何も見えないぞ? 」
「あぁ間違いねぇ。ヤバさがビンビン伝わってくるぜ。多分もうヤリ合って――― 」
ドカッと月明かりを何かが掠めると、3人の怪しい影が悲鳴と伴《とも》に受け身を取れぬまま屋根から地面へと叩き落とされた。
「なっ⁉――― 」
「ほらな大丈夫だ行ってくれ」
「わっ、分かった。では後は任せた――― 」
シャマールは振り返りもせずに路地に飛び込み道を急いだ……
「さてと、少し乱暴だが、おめぇら纏めて相手してやるぜ‼ ウオォォォォ――― 」
恵まれた体躯《たいく》に張り巡らされた血管の中に赱《はし》る血潮《ちしお》が、力をかき集めようと踊り出す。血管は膨張し、軈《やが》て筋肉へとその力を供給しようと酸素と混ざり合い、身体を一段階上の領域へと導いた。
「ウガァァァァ‼――― 」
筋肉は力を寄越せとばかりに限界を超え隆起《りゅうき》すると、見た事も無い形を月夜に晒《さら》す。到頭《とうとう》精神と一体化した肉体が放つ一撃は、神撃《しんげき》となり、音速に近しき衝撃波は轟音と倶《とも》に畝《うね》り、地表に波を刻み襲い掛かる。
―――ドッッゴォ―――ンッ‼
―――――ズズズズンッ‼
街全体を突き上げる程の衝撃が地表を割る。その剣圧は暴風圧を生み、衝撃波と倶《とも》に周囲の建屋《たてや》を巻き込み捩《ね》じれ飛ぶ。視界が激しく揺らされ、磁場が霆《いかずち》を孕《はら》み、覆面の男達諸共《もろとも》凡《あら》ゆる物を吹き飛ばした。
機先《きせん》を制する神撃《しんげき》は、干戈《かんか》を交える狼煙《のろし》と成《な》す。
地面を割《さ》く程の衝撃が爆音と混ざり合い、打ち上った爆風は天に轟き龍を描《えが》く。一撃で薙《な》ぎ払う剛剣《ごうけん》は、研鑽によって得《え》られる剣に非《あら》ず。その血と肉で以《も》ってして戦況を覆《くつがえ》す覇道の剣。
辺り一面が一瞬浮き上がったのかとも思える烈震に、地盤が傾き余震が足裏に響き渡る。その強烈な一撃の凄まじさを街全体に広く知らしめた‥‥‥
「あっ! やべぇ、やり過ぎちまった。おい? 大丈夫か? 」
ガララと半壊した建屋から、住民であろう男が命辛々《いのちからがら》這《は》い出して来るとヴェインは手を貸し引き摺《ず》り出した。
「ひいい、なっ! 何が有ったんでしょうか? こっこれは一体」
「おぉ、地震が起きた。お前も早く逃げろ、まだ来るかもしれねぇぞ? 」
「はっはひぃ――― 」
「おい! この辺りの住民は何人居た? 」
「この辺りは古い木造の建屋が多く、その殆どが倉庫として使用しておりますので住人は殆ど居りません。私はたまたま居合わせて建屋で眠りこけてしまって居ましたもので」
「そうか、なら地震で崩壊しても問題ねぇな」
ヴェインは瓦礫と化した数件の建屋から、まだ息のある覆面の男を見つけ出した。恐らく他の者達は既に、瓦礫の下敷きで事切れているであろう。腹に木片が突き刺さったまま動けない男の側に膝を着き尋問を始める。
「おい! 聞きてぇ事がある。まだ死ぬなよ? 」
「くははッ! ガハッ、まさかお前がケルトの戦士だったとは、ゴフッ、全く予定が狂ってしまった」
「俺様を狙って来たんじゃねぇのかよ? じゃあお前らの狙いは何だ? 」
「誰が……お……前みたいな化け物……ゲフッ、なんか狙うかよ。俺たち……ちは……」
「おい! おめぇらは何だ? 何を狙ってきた? おい⁉ 」
男はヴェインの問《とい》に応える事無く事切れた。男の覆面を剥ぎ、骸《むくろ》を探ってはみたが、男の正体に繋がる様な物は得られ無かった。すると背後から聴き慣れた声が、ヴェインを振り返らせる。
「やれやれ、やはりお前だったかヴェイン。こっちも死ぬ所だったぞ? 」
「んぁ⁉ ぬかしやがれ、あんなくれぇじゃアンタは死にゃあしねぇよ。つうかよぉ、俺だって分かってて大剣ぶん投げたんだよな? 」
「いや、すまん…… 二つの影が追い詰められてるようだったので、取り敢えずこっちに注意を引こうと思ってな…… 」
「じゃあ何か? 偶然ってヤツなのかよ? 」
「そう…… とも言うな」
「マジかよ…… 俺の剣を投げやがるなんて、やっぱりアンタひでぇ野郎だぜ、ガハハハッ」
「勘弁してくれ、それで何か解ったか? 」
「いや、身元に関する物は何一つねぇな」
「そうか、ならば急ごう! 砦方面にも黒装束の別動隊らしき奴らが向かって行ったからな」
「何だって⁉ やっぱり此奴らだけじゃ無かったのかよ」
「あぁ、若《も》しかしたら思ったよりも大きな部隊が動いてるのかもしれない」
シャマールは薄暗い路地を只管《ひたすら》に急いでいた。奴らの目的は分からない。ヴェインと言う力の象徴を奪いに来ただけとは到底思えなかった。彼だけを狙うのであれば、もっと秘密裏に暗殺と云う手段を取れば済む話だ。何故そうしなかった? 一体何が狙いだ?
「ぬっ⁉ しまった…… 」
小さな角を曲がり切った所で3~4人の怪しい男達がシャマールの行く手を塞いだ。意を決して剣を抜く……
「大隊長殿…… お迎えに上がりました」
黒装束の中の1人がゆっくりとフードを上げ顔を曝した。
「おっお前は…… 何故そいつらと一緒に居る? 」
「我等と一緒に来て頂く…… 抵抗するようであれば、多くが犠牲となるでしょう」
「‥‥‥ 」
夢路に謳う青い鳥は、夜空に漂ひし幾千の幻か。悪意に満ちたる邂逅《わくらば》は、徐々に燃え盛りし大火の種となる。