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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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砦内部の執務室にビリビリと地響きが鼓膜を襲う。机のインク差しが振動で床に叩きつけられ、血の塊のような不吉な絵柄を描いた。


「何だ⁉ 」


女将軍は、頑丈な煉瓦《れんが》作りの天井からパラパラと落ちる埃に目を細め、入り口に立つ部下に詳細を訪ねる‥‥‥


「何だ? 何があった? 」


掛けられたランタンはその振動に左右に揺れ動き壁を削った。不穏な風が燎火《りょうか》 を煽る。


「わっ、分かりません。確認を急ぎます」


そこへグランドが慌てて将軍の安否を確認しに飛び込んで来た。


「ご無事ですか? 閣下」


「あぁ問題ない。直ぐに詳細を確認させろ、天災であれば被害状況の確認と住民の安否、それ以外であれば…… 」


「奇襲の可能性も…… 」


「そうだ。両方対応出来るよう兵士には武装させ、情報を収集を急げ。遠慮する事は無い。私より命を受けたと伝え兵士達を動かしてみろ」


「はっ‼ 」





カシューは一人の少女を背負い路地を急ぐ。途中すれ違う住人達に危険を知らせ進む中、少女の鼓動が感情に同調し、石畳の大きな坂通りを全力で駆け上がらせた。特段体力に自信がある訳では無い。何度も足元がフラつき顔から地面へと倒れ込む。


「だっ! 大丈夫ですか⁉ 」


今にも不安で泣き出しそうな少女が心配そうに覗き込む。額からは血が滲み、汗と苛立ちが混ざり合う。情けなさを感じ乍《なが》らも、自分に言い聞かせるように心を奮い立たせた。


「大丈夫だよ、この位、何ともないよ。しっかり掴まってて」


軈《やが》て兵舎まで、あと僅かという所でその異変に気が付いた。剣戟《けんげき》音が月明りを震わせ、怒号が飛び交う。その状況は残念ながら敵兵と会敵《かいてき》した事を示唆《しさ》していた。


「遅かった――― 」


兵舎の門前に血まみれで首《こうべ》を垂《た》れ壁に凭《もたれ》れ掛かる兵士の意識を確認する。少女をその場に下ろし兵士の肩をあげた。


「しっかりして! ねえ⁉ 」


「援…… 援軍な…… の…… か? 」


「そうだよ助けに来た! しっかりして、敵の数は? 」


「わ…… から無い…… ゴフッ…… 早く…… 矢蔵《やぐら》で奇襲を知らせ…… て」


兵士は顔を上げる事無くそのまま息絶えた。兵舎の周りには地下の食糧庫と武器庫など関連施設が集中している。攻撃対象とするならば兵舎だけに留まらず、これらの関連施設も狙うはずだ、そうなれば敵の人数は多いであろうと予想がつく。


カシューは急いで兵士の骸《むくろ》を漁《あさ》る…… 死者を冒涜する行為に驚いたナディラは声を上げずに居られなかった。


「あなた何を⁉ 」


「武器が必要なんだ、悪いが彼から借りて行くよ」


ナディラはその行為に唇を噛みしめ目を伏せる。


楔帷子《くさびかたびら》と手甲《てっこう》と薄い金属製の兜を剥ぎ取ると、傍《かたわ》らに落ちていた刺剣《レイピア》を拾い上げ、腰に帯刀《たいとう》するとナディラに告げた。


「今の僕達じゃ到底太刀打ち出来ない。僕は軍人では無いし、君も脚を痛めている。当初の目的通り、これから僕等は矢蔵《やぐら》に向い、街全体に襲撃を知らせようと思う。物見《ものみ》の矢蔵には伝達の為の喇叭《ラッパ》があるはずだから。いいね? 」


「分かりました」


矢蔵が見えて来た所で細い路地に少女を降ろし、隠れている様にと念を押す。怪我を顧《かえり》みず、一緒に行くと言い張る彼女を説得するのに時間は掛からなかった。


「君の名前は? 」


「ナディラです」


「いいかいナディラ、僕にこれから何が有ったとしても此処から出ない事。いいね? 」


「そっ、それって⁉ 」


「いいね? 」


少女は静かに顔を伏せると頷いた。カシューは走り出そうと踵を返すと震える手で腕を掴まれた…… 憂《うれ》いを含んだ瞳がカシューを見詰める。


「僕はカシュー、カシュー・エルデンバーグ。大丈夫。直ぐに戻るから此処で待っていて、いいね? 」


身を隠しながら近づき梯子《はしご》を目指す。頭頂部には物見《ものみ》らしき人影は確認出来ない。通常であれば前後と周囲を警戒する必要がある為、最低でも2人は矢蔵内で見張りをしている筈《はず》だが、矢張《やはり》りもう既に、その役割を持つ味方の兵士は制圧されてしまっているのだろう…… 奇襲をかけるのであれば発見を遅らせる為、一番最初に矢蔵を狙うのが定石《じょうせき》だ。


矢蔵は薄い戸板で囲まれ強度を増し、その中心に梯子《はしご》が上へと伸びる形状となっている。一気に矢蔵の内部に侵入し梯子を駆け上がる―――


「ねえ! しっかり! ねえ⁉ 」


最上階で倒れている二人の兵士に声を掛けるが返事が無い。四方に目を配らせると恐ろしい状況がカシューの眼前に広がった。黒い影が屋根で慌ただしく踊っている。その数は10人や20人では無い、1部隊を10人編成と見るならば四方に広がる部隊は視界に入るだけで4部隊……


「何て事だ…… 早く知らせなきゃ‼ 」


襲撃を知らせる喇叭《らっぱ》が闇夜を切り裂いた―――





テケテケと走り込み、ぴょんぴょんと屋根に飛び乗ると、クンクンと鼻を鳴らし主《あるじ》の匂いを探す。すると正面に丁度砦へ向かう途中の覆面の男達と出会《でくわ》した。突然目の前に飛び出して来た黒い毛玉に男達は驚愕《きょうがく》する。


「のぉっ⁉ 」


闇夜に鋭く冷たい眼光が浮かび上がり、行く手を阻《はば》む。その体躯《たいく》には似《に》つかわしくない太い手足が只の猫では無い事を男達に一瞬で理解させた。グルルと恐ろしく喉《のど》を鳴らし乍《なが》ら、ミシリと屋根を揺らし一歩づつ近づいて来る―――


「おいおいおい‼ 冗談じゃないぞ、何で黒豹が街の中に放し飼いなんだ? 」


「ぶっ‼ 部隊長、きっと大丈夫です。この子は先行部隊の俺達がもう手懐《てなず》けた子だと思います。きっとまたお菓子が欲しくて追って来たのかも」


「ナンカしゃべってるれす…… 」


「ほら此奴等《こいつら》よ、アンタにお菓子くれた悪い奴等《やつら》ヨ」


フーンとぺたんと尻を着き興味無さげに毛繕いを始める……


「本当もう病気よソレ。誰に教わったのヨ? 」


先を急がなければ成らない男達は状況を理解しようと苦しむ。何せ相手は猛獣と区分される生き物。しかもその行動は気分次第で何をするか分からない。意思疎通が出来ない相手程、恐ろしい物は無い。


「おい! 何とかして早くご機嫌を取れ、戯《たわむ》れに齧《かじ》られてでもしてみろ、怪我どころじゃ済まないぞ? 」


「おっ、お菓子さえあれば、誰か持ってませんか? 」


男達は急いで懐を探り出す……


「そんな事してる場合か、先に行くぞ‼ 」


痺《しび》れを切らし一人が集団から飛び出すと、見えない存在がギアラを唆《そそのか》す。


「捕まえてみろだってサ! 捕まえたらお菓子くれるかもよヨ? 」


「ヒトゾクのことばわかるれすか? 」


「アタシは賢いのよ。鬼ごっこはいい訓練になるわヨ、アンタ強くなりたいんでしョ? 」


「つよくなるれす‼ おかしホシイのれす」


咄嗟に飛び出した男は、この状況から容易く抜け出せると確信していた。如何《いか》に黒豹と雖《いえど》も、あんな無防備の状態からでは追い付かれる事は無いであろうと。併《しか》しその瞬間、自分の慢心を後悔する事となってしまった。


ぴょんぴょんとたったの2歩で間合いを制され、ペチリと横腹に衝撃が津波の様に赱《はし》ると、身体が家屋の屋根をドゴンと貫き地表に叩きつけられ意識を奪われた……


「なっ―――――⁉ 」


「散開だ、散開しろ‼ 距離を保ち各自戦闘態勢‼ 」


艶やかな鉄黒《てつぐろ》のベールを纏《まと》った漆黒《しっこく》の毛並は、それだけで保護色となり簡単に暗闇に消える―――


一瞬にして空気が狂気を孕《はら》んだ。


「ぶ‼ 部隊長、このままでは…… 」


全員同時に全滅の文字が頭に浮かぶ。逃げれば優れた機動力を以《も》ってして追い付かれ、対峙すればその力は軽く人間を凌駕《りょうが》する。


闇に牙を剥く野獣―――

―――愛らしい姿とは裏腹に……



―――その脅威度は大熊に匹敵する―――



豹の息は芳《かぐわ》しい香りを放つとされ、動物達はこれに魅了されると狩られてしまうと信じられていた。この香りに抗《こう》する事が出来るのは一角獣《ユニコーン》だけであるとされ、これが転じてカルマ教では、人々をカルマに導く伝道者の象徴とされていた……


「狼狽《うろた》えるな‼ 緊急時の対応通り、部隊を分団する。1班は残留し黒豹の足止めをしろ、2班は砦への進攻を継続。目標撃破を果たせ」


「はっ‼ 」


「少しの間だけでいい。時間を稼げ‼ 敵うと思うなよ、いいか全滅する前に撤退しろ」






戯れに忍び寄る黒き影は、神秘の兆しを導く。光り輝く瞬《またた》きは、吉報を告げる橋立となり、気まぐれなる天使の囁きは、英雄の血潮に目覚めの呼び声を響かせん。

////決戦のナリカブラ////

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