テラーノベル
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「いいかい、あなたたちは世間の子とは違うんだからね。身を慎んで、余計な欲を持たずに生きなさい」
児童養護施設『あかね園』の食堂で、園長先生の甲高い声が響く。夕食前の静寂の中、私を含めた十数人の子どもたちは、ただ脱力したように頷くことしかできない。
この施設には、鉄の掟が存在する。
一つ、アルバイトの許可が出る高校生になるまで、個人のスマートフォンを持つことは一切禁止。
一つ、施設外での無駄な外出、そして異性との交際は厳禁。もし違反すれば、規律違反として厳しく罰せられ、進路や生活の支援を取りやめるとまで脅されていた。
(欲を持たずに生きるなんて、そんなの無理だ……)
私は自分の小さなお茶碗を見つめながら、爪が食い込むほど拳を握りしめた。
私の胸の奥には、幼い頃から消えないどろどろとした「飢え」があった。お腹が空いているわけじゃない。いくらご飯を食べても、いくら暖かい布団で寝ても、決して満たされない空腹感。誰か私だけを選んでほしい。誰か私を、壊れるくらい強く抱きしめて、「お前が必要だ」と言ってほしい。
私の心は、誰からの愛も受け取れないまま、干からびた砂漠のように飢え渇いていた。
中学1年、秋。
私にとって学校は、施設という鳥かごから一時的に逃げ出せる唯一の場所だった。けれど、そこもまた別の意味で過酷な場所だった。
周りのクラスメイトたちは、誰もが当たり前のように色鮮やかなスマートフォンを手に持ち、画面をタップしながら笑い合っている。
「昨日のLINEのグループ動画、みた?」
「見た見た! 超ウケるよね!」
「あ、後で写真送ってー!」
放課後、教室の隅で机に突っ伏しながら、私はその会話を耳だけです拾っていた。私にはその「画面の向こう側の世界」が存在しない。家に帰ればスマホどころか、テレビを見る時間すら制限されているのだ。友達の輪に入ろうにも、話題についていけない。私はクラスの中で、まるで透明人間のように息を潜めていた。
そんなある日の放課後、私は誰にも邪魔されない場所を求めて、校舎の最上階にある古い図書室へ向かった。
薄暗い図書室には、誰もいなかった。西日が差し込む大きな窓の脇、一番奥の書架の影に体をすべり込ませ、私は小さく息を吐き出す。
膝を抱え、冷たい床に背中を預ける。ここなら、自分が「何者でもない」ことを忘れられる気がした。
「……あれ、誰かいる?」
静寂を割って、低い男子の声が聞こえた。
驚いて顔を上げると、書架の隙間から一人の男の子が覗き込んでいた。整った目元に、少し癖のある黒髪。隣の1組にいる、蓮(れん)くんだった。
「あ……ごめんなさい。すぐどきます」
私は慌てて立ち上がろうとした。見知らぬ男子と二人きりでいるところを誰かに見られたら、どんな噂を立てられるかわからない。施設に連絡が行ったら大変だ。
「あ、待って。逃げなくていいよ。俺も静かな場所探してただけだし」
蓮くんは困ったように苦笑いすると、私の少し離れた床にすとんと腰を下ろした。手には厚い文庫本が一冊。
「きみ、2組の……名前、なんだっけ?」
「……葵(あおい)」
蚊の鳴くような声で答えると、彼は「葵ちゃんね」と優しく微笑んだ。
「俺は蓮。よろしく。葵ちゃん、いつも一人で本読んでるよね。図書室でよく見かけるから」
「……見てたの?」
「うん。なんか、すごく真剣に読んでるなって思って」
言葉が続かなくなり、沈黙が流れた。けれど、不思議と嫌な空気ではなかった。窓から差し込む夕日が、彼の横顔を橙色に染めている。
そのとき、蓮くんのズボンのポケットがブブッ、と小さく震えた。
彼はポケットからスマートフォンを取り出し、画面を軽く操作して、画面を伏せた。
その、何気ない動作。
私と彼の間に存在する、決定的な「壁」を突きつけられた気がした。彼はごく普通の家庭で育ち、当たり前に親からスマホを与えられ、放課後は自由な時間を過ごしている。私とは、最初から住む世界が違うのだ。
「……スマホ、持ってないの?」
蓮くんがふと尋ねてきた。私はぎくっとして、視線を落とした。
「うん。私……持ってないから」
「へえ、親が厳しい感じ?」
「……まあ、そんな感じ」
本当のことは言えなかった。児童養護施設で暮らしていることなんて、惨めすぎて言えるはずもない。どうせ軽蔑されるか、腫れ物に触るような哀れみの目を向けられるだけだ。
「ふうん。でも、スマホなんて連絡ツールだしさ。別になくても困らない……って言ったら嘘になるけど、画面ばっかり見てるより、こうやって直接話す方が俺は好きだけどね」
蓮くんはそう言って、照れくさそうに頭をかいた。
その言葉が、私の乾ききった心に、ひとしずくの水のように染み込んでいく。
「……本当?」
「本当。だって、スマホ越しじゃ葵ちゃんの声、聞こえないじゃん」
私の胸が、ドクンと大きく波打った。
私を見てくれている。透明人間だった私を、この人はちゃんと「葵」として見つけてくれた。
その日を境に、私と蓮くんは放課後の図書室で、たまに言葉を交わすようになった。会話の時間はほんの数分。それでも、私にとってその時間は、施設という暗闇の中で唯一光が差し込む、かけがえのない救いとなっていったのだ。
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まなこ〜友
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コメント
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読み終わったよ!「透明な境界線」、めっちゃ刺さったわ…。施設のルールで縛られてる朔良の息苦しさがひしひし伝わってきて、特に「お前たちは普通とは違う」って焼き印って表現が胸にグッときた。スマホも持てずにクラスで浮いちゃう感じ、痛いほど分かる。そんな中で蓮くんが優しく話しかけてくれたシーン、たった一滴の水って表現が切なくて美しかった。この出会いが狂乱の序章って予告、続きが超気になる!🔥