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 リオンが帰って来た週末が終わり新たな週が始まった月曜日、クリニックで己の患者に誠実に向き合ったウーヴェが一日の診察を終えていつものようにリアが用意してくれるお茶にありがとうと安心したような笑顔で礼を言い、話があると切り出す。

 その切り出し方に嫌な予感を覚えたらしい彼女を安心させる為良いことだからと断りを入れ、お気に入りのチェアの上で姿勢を正すと彼女も背筋がピンと伸びる。

「先週の土曜日、リオンが帰ってきた」

「え……! やっと帰って来たのね!?」

「ああ。……やっと、帰って来た」

 教会で世話になっていたと話していたが特に不健康さを感じさせる身体的な変化はなく元気そうだったと頷きながらマグカップを手に取ると、今回のことでは本当に心配を掛けた、支えてくれてありがとうと、どれほど不安を感じていても限界ギリギリまで一人で抱え込んでいたウーヴェがふと振り返った先でいつもと変わらない笑顔で接してくれていたリアを思い出し、本当に救われた、ありがとうと頭を下げると彼女が慌てふためいたように手を胸の前で振り、私は何もしていないと頬を赤くする。

「お願い、頭を上げて!」

 何度も言ったことがあるがあなたに頭を下げられるとどうすれば良いか分からないと混乱からウーヴェが返答に困るような事を捲し立てる彼女をじっと見つめると、我に返ったリアの顔が真っ赤になる。

「……お役に立てていたのなら、光栄です、ドクター」

「いや、本当にあなたは優秀な助手で……貴重な友人だ」

 ありがとうと真っ直ぐに見つめられて礼を言われるなど彼女の人生の中でもあまりない経験だったのか、茹で上がったタコかエビのように真っ赤になってしまい、いつもリオンはこんな気持ちを経験しているのかと呟いてしまう。

「え?」

「な、何でもないわっ! ……ウーヴェ、その、ぶり返すようでなんだけど……」

 リアが咳払いをした後に申し訳なさそうな顔で躊躇いがちに問いかけたそれにウーヴェが眼鏡の下で目を見張って微苦笑し、ここを引っ張っられたと教えるように頬を軽く摘むと、それだけで済んだのねと胸に手を当てて安堵の溜息をこぼされる。

「ああ。ただ……ノアが頭突きをされて耳を思いっきり引っ張られていたな」

「ま……! ま、まあでもノアもそれで済んだのね?」

「ああ」

  リオンもウーヴェと関係を持ったノアに対して付き合いだした頃のような嫉妬深さを見せることもなく、頭突きと耳を引っ張ることで許したようだと苦笑し、リアとルッツのいう通りだったと照れ隠しのようにマグカップに口をつける。

「でも、付き合いだした頃は随分と嫉妬深いことを言っていたわよね」

「そうだな……昔付き合っていた女性から手紙が来ただけで嫉妬されたこともあったかな」

  実はかなり嫉妬深いリオンが疑惑や疑念ではなくノアと関係を持った事が確定しているのに良く頭突きだけで済ませたものだと足を組むウーヴェにリアも確かにそうねぇと上目遣いになりながら過去のリオンの言動を思い出しているようだったが、今日もしここに来たら理由を聞いてみたいわねと続けてウーヴェの表情を固めさせてしまう。

「ウーヴェ?」

「……聞かない方が良いと思う」

「え?」

 ノアと関係を持ったことを責めないと断言されたが、その後、二人で楽しんだ事は許せない、だから今度は三人で遊ぶぞとも言われた事を伝えるとリアがぽかんと口を開けてしまう。

「それって……」

「考えたくないから言わないでくれないか」

 リオンが言うところの遊びは文字通りではなく大人な関係の事で、三人で遊ぶとなれば脳味噌が爆発するとウーヴェが何とも言えない顔で溜息を零す。

「頭よりも身体がもつのかしら?」

「……怖い事を言わないでくれ、リア」

 友人の想像に身体を震わせて恐ろしい事を言うなと眉を寄せた時、診察室のドアが激しい物音を立て二人が顔を見合わせて沈黙してしまう。

 この音が消えていた半年近くが終わりを迎えたばかりだが、振り返ってみれば静かだったわねぇとリアが感慨深げに呟きウーヴェも吐息で返事をする。

「……どうぞ」

「ハロ、オーヴェ、リア!」

 診察が終わっている時間を見越して来たぞ、偉いだろう褒めろと捲したてる様子は失踪する前と何ら変わっておらず、本当に変わっていないとリアが溜息交じりに呟くが、ウーヴェがそう言えばこれは変わっていないが大きく変わった事がいくつかあったと思い出し、その一つであるくすんだ金髪に目を向ける。

「どーした、オーヴェ?」

「……いや、随分と髪を短くしたと思っただけだ」

「ああ、これ? 世話になっていた教会がさ石鹸しかなかったんだよ」

 その教会の神父と小さな家で一緒に生活していたが、何しろ神父はザビエルかと言いたくなるようなてっぺん禿げで、髪を洗う時には石鹸で顔も体も一緒くたに洗ってしまえる程だったと、本当に世話になったのかと疑いたくなる程恩人を扱き下ろすリオンに呆れて何も言えなかった二人だったが、リアが思い出したようにリオンの前に立つとお帰りなさいと笑顔を浮かべるが、うん、帰って来たとリオンが返した直後にリアの手がそっと上がり、どきりとするリオンに笑みを深めつつウーヴェと違って良く伸びる頬を思い切り抓る。

「いててててて! 痛い痛いっ!」

「ウーヴェはもっと痛かったのよ!」

 これぐらい我慢しなさいとまるで己の弟を叱っている顔で言い放ったリアに今度はウーヴェとリオンが呆気に取られてしまうが、そのくらいで許してやってくれとウーヴェが助け舟をすぐに出し、リオンもそれに気づいてすぐさま乗り込むように頭を何度も上下させる。

「ごめーん! リア、許してくれ!」

 昨日は親父とムッティ、兄貴やアリーセ達に同じ様に頬を抓られたのだ、これ以上引っ張られると頬が元に戻らなくなると嘆くリオンに気が済んだのか、リアが咳払いをした後、己が抓ったために赤味を帯びた頬にそっとキスをし、飲み物を入れてくるから待っていなさいと口早に告げて診察室を出て行ってしまう。

 彼女のその言動に、何だよ、殴っておいてキスするなんてわかっていなければただのDVじゃねぇかと痛みを和らげてくれるようなキスをされた頬に手を当てたリオンは、ウーヴェが座るチェアの背後に回り込んでそっと抱きしめ、白とも銀ともつかない髪に口付ける。

「今日はホームにいたのか?」

「……なんか、さ、ちょっと居づらかったからカインの家にいた」


 リオンが帰って来た事を知ったレオポルドとギュンター・ノルベルトだったが、このまま何事もなかったかのように復職させることは周囲の社員に与える影響が大きいからと、クリスマス休暇が明けてから出社しろと命じたのだ。

 一人になるのが嫌な事は変わっておらずホームに行くと朝食を食べている時に話していた為、一日ホームにいたと思っていたと苦笑すると、居心地は良いけれど皆が何か腫れ物に触るような感じだし、いつ二人が来るかと思ったら落ち着けなかったと後ろから抱き締めた肩に額を当てながら小さく告げるリオンの頭に手を回したウーヴェは、二人に会いたくないかと同じく小さな声で問いかけると、そうしたいのかそうでないのかわからないと困惑した声で素直に返されて首を巡らせる。

 そこに見えたのは心底困っている顔で、チェアの中で身体を捩って可能な限りリオンと正対すると、俺はどうすれば良いんだろうなと同じ声で返されてメガネの下で眼を見張ってしまう。

 二人が誰を指すのかは明白で、昨日両親の家で己の家族はホームにいるマザー・カタリーナやブラザー・アーベルらでありウーヴェの両親や兄貴達だとスッキリした顔で告白したが、やはり実の両親には複雑な思いを抱くのかと問いかけると、そうではない、あの二人を両親と思えないし仕事以外で顔を合わせたいと思わないもののここまで冷静に考えられる己に驚いている、何しろ幼いころからずっと思い続けていた二人が実際目の前に現れるとなるとどのように対処して良いか分からなくなると、今までのリオンからすれば随分と殊勝な悩み方をしていると思わず感心してしまいそうになる。

 以前のリオンならば、今頃現れて何を言うつもりだだの今まで苦労して来た事にどう責任を取るつもりだとやっと会うことのできた両親を詰る事しかしなかっただろうが、そんな憎しみの気持ちも消え失せているようで、憎くないのかとウーヴェが試しに問えばリオンの首が傾げられる。

「んー、憎いのかって言われたらハッキリ言ってルクレツィオとあのブタ野郎の方が憎いなぁ」

 お前の足や背中に消えない傷を残したあいつらの方が憎いと二人にとっては決して忘れる事が出来ない事件の首謀者の名を口にしたリオンにウーヴェが無意識に手を伸ばし、短くなった髪を抱え込むように抱きしめる。

「なんだろうな……興味がないのかな?」

 縋るように抱きついてくるウーヴェの背中を撫でて安心させたリオンは、そろそろリアが戻って来ると囁きかけて今は我慢してくれとも伝えると、タイミングよくドアが開いてリアが戻って来る。

 一人の時には頼りになる立派な大人の男であるウーヴェだがリオンの前では別の顔を見せている事を長い付き合いの中でリアは察していた為、慌てたようにリオンから離れるウーヴェに今更気にする必要はないと苦笑し、今日はジンジャーティーを淹れたから座りなさいとリオンにウーヴェの隣を勧める。

「ダンケ、リア!」

 そんなオシャレな飲み物なんてオーヴェと付き合い出してからしか飲んだ事がないと笑うリオンに大袈裟ねぇと笑ったリアは、何の話をしていたのと当たり前の顔で問いかけ、二人も当たり前の顔で答える。

「クルーガー夫妻の事だ」

「……プライベートに踏み込んじゃったわね」

「気にすんなよ。俺は本当に気にしてねぇから」

 今もその話をしていた所だとマグカップを片手に足を組んでソファの背もたれに寄りかかったリオンは、天井を見上げて不思議そうに溜息を零す。

「ガキの頃はあれだけ探してたのにさ……いざ見つかったらなんかもうどうでも良くなってて」

 この感情は一体何なんだろうと苦笑し、あんなに執着していたのにと自嘲するリオンにリアとウーヴェが顔を見合わせてどうでも良いと思ったのかと問いかけると、困惑しつつも素直な感情だと教えるようにくすんだ金髪が上下に揺れる。

「あの二人が俺に謝りたいのなら謝れば良いしそうじゃないのならそれでも構わねぇ。本当に、何かもうどうでも良いなぁって」

 捨てられたことは確かに腹が立つしその後に生まれたノアだけが自分達の子供だと断言した事にも腹が立つが、それも何かどうでも良い事に思えると、そんな自分の心境が不思議なんだと肩を竦めるリオンの手からマグカップをそっと奪い取ったウーヴェは、驚くロイヤルブルーの双眸を覗き込みながら顔を寄せ、リアの言葉に甘えるようにジンジャーティーで少し湿った唇にそっとキスをする。

「……オーヴェ?」

「自暴自棄でどうでも良いと思ったんじゃないんだな?」

「うん、それは思ってねぇ」

 自暴自棄だったのはガキの頃から失踪していた先日までで、今はそんなヤケクソな気分になったりしない、不思議と心が落ち着いていると離れた唇を名残惜しそうに見つめながら呟くと、遠慮がちな咳払いが聞こえてきて二人同時にそちらに顔を向ける。

「遠慮しないでとは言ったけれど、私のことを忘れたように仲良くしないで欲しいわ」

「……少し、調子に乗ったな」

「オーヴェがここでそんなキスしてくれるなんて珍しいから驚いた」

 ニヤリと笑うリオンにリアが頬を少し膨らませるが、本当に興味が無くなったのねと重ねるように問いかけるとリオンの頭が上下する。

「そーだな、本当に興味が無くなった」

「……今までのお前はもしかすると事情があって自分をあの教会に置いて行った、本当はちゃんと愛情を持っているんじゃないかと心のどこかで期待をしていたんだろうな」

 だがそれは幼い頃からお前が抱き続けてきた幻想だとはっきりと分かってしまったから興味が無くなったんだろうと、ウーヴェがこの時ばかりは診察中の顔で答えると、そうかもしれないなぁと暢気な声が上がる。

「なんだっけ、愛情の反対の言葉。それ、かな?」

「愛情の反対語は無関心ともいうからな」

「そう、それ! ……あの二人の行動で俺の行動が制限される事もねぇし考える事もねぇ。さっきも言ったけど本当に仕事で関係があるってだけの事だ」

 最大限譲歩したとして友人であるノアの両親というだけだとウーヴェに奪われたマグカップを再度手に取ってジンジャーティーを飲んだリオンは、ノアとは友達でいてぇからなぁと笑い、ウーヴェがそんなリオンの髪を撫でて目を細める。

「そうだな、ノアはいい友達だな」

「うん」

 だからさっきの話に戻るがホームにいる時にクルーガー夫妻が来ればみんなは彼らが謝罪するのを期待するだろうし、俺がそれに対して何らかの反応をする事を期待すると思い、なかなか落ち着く事が出来なかったからカインの家に転がり込んだと教えられてウーヴェが微苦笑する。

「今まで散々苦労させられた、その相手が頭を下げている姿にざまあみろって言いたい気持ちも、あなたがそれを言う場面を周りが見たい気持ちも理解できるわ」

 復讐が達成された時のすっきりした気持ちを得たいのも分かるとリオンが二人を責めて溜飲を下げる姿に周囲で見守っている人たちも同じ気持ちになりたいのでしょうとリアが何となく理解できると苦笑すると、ウーヴェも確かにそうだなと頷くがマザーはもしもその場面に遭遇したとしてもきっと悲しい顔で制止するはずだとも告げるとリオンもうんと頷く。

「だからカインの家にいた」

「それが正解だな」

 リオンの判断が正しいと苦笑したウーヴェにリオンの顔が安堵に綻び、カップの中の温かな飲み物を飲み干して天井に向けて細い息を吐き出す。

「この半年さ、色々あったよなぁって」

「そうだな……」

 何処かの誰かさんは失踪している間にどうやらピアスをまた開けたようだしと戻ってきたリオンの変化に気づいているウーヴェが瞼を平らにすると、リアもその言葉にリオンの耳に注目してしまう。

「え? えーと……耳が二つずつ、かな」

「……臍にも緑とシルバーのボールが付いたようなピアスがあったな」

「あ、臍? これ以上耳を開けると大変だなーって思ったから……」

 臍にはもともと穴があるからそこにピアスをしようかなーと、と、言い訳じみた事をつぶやくリオンの耳朶を指先で摘んだウーヴェは、痛いからやめてと情けない声を出す生涯の伴侶に目を細め、その件については家に帰ってからじっくりと話を聞かせてもらおうかと囁きかけると、皇帝陛下の意地悪とさらに情けない声が返ってくる。

 その様子に思わず吹き出したウーヴェとリアは笑うなよと言いながら自身も笑っているリオンに釣られるように笑い声を少しだけ大きくし、久しぶりに診察室に楽しげな声が響くのだった。


 立ち込める湯気の中、目の前にあるくすんだ金髪に顎を乗せて一つ溜息をついたウーヴェは、人の頭に顎を乗せて何溜息をついているんだと上目遣いに睨まれて苦笑する。

「髪は短くなっても手触りは変わっていないな」

「そっか?」

「ああ。……それよりもみんなに頬を引っ張られたが痛みはもうないか?」

 ウーヴェが心配しすぎだと分かっていても心配してしまう気持ちから問いかけつつリオンの頬を後ろから撫でるとその手に手が重ねられ、みんないい奴だよなぁとリオンが小さく笑い、ウーヴェの少し薄い胸に背中を押し当てて持て余し気味の足をバスタブの縁に引っ掛ける。

 クリニックを出た後に寄ったゲートルートでリオンが帰ってきた報告をしたのだが、忙しいはずなのにスタッフ一同が手を止めてリオンの前にやってきたかと思うと、どこに行っていたんだ、ウーヴェが随分と心配していたんだぞと口々に言いながらリオンの頬を一人一度ずつ抓っていったのだ。

 仕上げとばかりにチーフが両頬を同時に引っ張りベルトランが伸びた頬を元に戻そうとしているようにリオンの頬を両手で挟んで押さえつけたのだ。

 痛い痛い、お願い許して助けてオーヴェと悲鳴を上げるリオンを暫くの間は見守っていたウーヴェだったが、流石にかわいそうに思ったのか、それぐらいで許してやってくれと両親や兄達にも伝えたことを苦笑交じりに伝え、スタッフ一同からリオンが帰って来て良かったと肩や腕を撫でられ、本当にありがとうと素直に礼を言ったが、その横ではリオンが己の両頬を押さえて情けない顔になっていたのだった。

 だがそんな気持ちも出された料理の味で吹き飛んだようで、猫も跨いでしまうほど綺麗に出された料理を食べたリオンは、相変わらずの食べっぷりにウーヴェが安心した顔で見守っている事に気付き、本当に美味いと満面の笑みを浮かべて満腹を抱えて帰宅したのだ。

「……オーヴェ、あれぐらい平気だって」

「そうか」

 なら良かったと笑うウーヴェを振り仰いだリオンが目を細めて合図を送るとしっかりとそれを受け取ったウーヴェが顔を寄せてキスをする。

「……俺がいない間、入浴剤は使ってなかった?」

「ああ……お前がいないから寝れないし掃除も面倒だったからな」

 入浴剤を使わないどころかバスタブに入ったのも久しぶりだと笑うウーヴェにリオンが湯を溢れさせる勢いで振り返り、シャワーだけだったのかと問うとなんでもないことのように頭が上下する。

「チーフが言ってたけどさ、酒も飲んでなかった?」

「ああ……ノアとホテルで飲んだ時だけかな」

 あの時は本当に久しぶりだったから悪酔いしたのかもしれないと己の醜態を思い出しながら僅かに顔を赤らめたウーヴェにリオンが一度唇を噛み締めるが、湯気で湿り気を帯びた白とも銀ともつかない髪を抱きしめるように腕を回す。

「どうした?」

「……当分、オーヴェが飯を食わずに酒を飲んでも文句言えねぇなぁって」

 ウーヴェの頭を抱きしめながらリオンが囁く声に目を瞬かせた後、ニヤリと笑いながらその背中に手を回し腰へと手を滑らせる。

「そうだな」

「むー」

「……リオン、もしかして腰にタトゥーを入れたのか?」

 ウーヴェの手が腰を撫でた時に指先が感じた違和感から思い当たる事を問いかけると、ああという何でもない声が返ってきてリオンが少しだけ離れた為にその顔を見上げる。

「お前のリザードの仲間が増えたぜ」

「そう、なのか?」

 ウーヴェの右腰の傷を覆い隠すように事件後タトゥーを彫ったが、お前のリザードだけだと淋しいだろうからと笑いウーヴェに己の左腰を向けたリオンは、少しデザインは違うが同じリザードだと肩越しに振り返るが、ウーヴェが思っている以上に真剣な顔で見つめていることに気付いて首を傾げる。

 出会った頃には既に開いていたピアスホールに今回の失踪時に新たに開けられたそれもだが、このタトゥーにどのような意味があるのかをつい職業柄考えてしまったウーヴェは、考えるまでもないと内心自嘲し、初めて正面から向き合ったリオンのリザードに顔を寄せて緑の目に小さな音を立ててキスをする。

「オーヴェ?」

「……リオンを庇うリザード、よろしく」

「……っ!」

 お前の心が傷を負った悲しい証だが毎日キスをすれば少しは癒されるかなと笑いながらリオンを見上げたウーヴェは、表情を隠すように俯くリオンを伸び上がって抱きしめると背中に腕が回されてきつく抱きしめられる。

「オーヴェ……ごめん」

 リアに言われたように一番辛い思いをしていたのはお前だったとの謝罪の言葉にウーヴェが目を伏せてリオンの肩に頬を当てるが、帰って来たからもう大丈夫だと小さく笑い、湯気の中で滲むロイヤルブルーの双眸に口付ける。

「分かってくれたらそれで良い」

「うん」

 本当に悪かった、ありがとうと言葉を繋ぐリオンの背中をしっかりと抱きしめて本当にもう良いと頷いたウーヴェは、このままだとのぼせてしまうからそろそろ出るかと問いかけ、素直に頷くリオンの耳に口を寄せて何事かを囁きかけるとリオンの頬が僅かに赤く染まる。

「……ダーリン、サイコー」

「そうか? ……今日もお前の部屋で寝よう」

 あの古くてギシギシと煩く狭いが二人で使うには最高のシングルベッドでお前が最高だと褒めてくれた事をしようと笑いながら額に張り付くブロンドを指の背で掻き上げてやると、蒼い目が期待に彩られる。

「いっぱいキスしてくれる?」

「お前がそう望むならな」

 甘えるようなその言葉にウーヴェがクスリと笑みを零すとリオンが洗面台に引っ掛けておいたバスローブでウーヴェを包み、掛け声一つで抱き上げる。

「こら」

「良いだろ?」

 このままベッドまで運ばせてくださいと謙っているのかどうなのか怪しい態度で言い放つリオンに一瞬ウーヴェが口を閉ざすが、良しと尊大に頷いてドアを指差す。

「早く行くぞ、リーオ」

「りょーかい」

 ウーヴェにはバスローブを引っ掛けたが自身は面倒臭いの一言で真っ裸で廊下に出たリオンは己の部屋に大股に向かい、ウーヴェを下ろすと同時にベッドに飛び乗り、受け止めてくれるように両手を広げるウーヴェに覆い被さりそっとキスをするのだった。


 いつもとは違って身体の彼方此方にキスの痕を、背中に気を付けつつもついつけてしまう爪痕を己の背中に薄く残して眠りに落ちたリオンの髪を撫でてキスをしたウーヴェは、クリニックでリオンが不思議な心境だと語った事を思い出していた。

 リオンの実の両親が判明しその二人から自分たちの子供はノアだけだと断言されたショックで家を出たが、一人で考えた結果がその二人に対して心が動かないという、リオンをずっと見守ってきた人達からすれば拍子抜けするようなものだった。

 愛情の反対語である無関心さに囚われているのかと思っていたがどうもそうではないらしく、本当にリオンの心の中で昇華してしまっているようだった。

 二人が親子の認知について何か訴えてきた場合どうすると先日父や兄と話をしたが、その心配は本当に無くなったと安堵すると同時に本当にそれで良いのかという疑問も芽生えてくる。

 リオンが言うように彼らは仕事で関係があるだけの他人であり友人の両親という関係なだけで良いのだろうかと思案するが、リオンの不明瞭な声が聞こえてきて、しーと囁きながら頬にキスをすると、安心したような笑みが微かに浮かぶ。

「……リオンがそう決めたのならそれで良い」

 実の両親に対して心が動かない、興味がない、そんな心境に到っても何も悪いことではないしそれについて何かを言われるとすれば全力でリオンを守るだけだと、やっと己の元に帰ってきたリオンの心を守るためならば何でもしようと静かに決意をしたウーヴェは蒼い目を隠している瞼にキスをし、おやすみと告げて己も目を閉じるのだった。



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