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「怖い思いをさせてごめんね……詠史」
ひし、と我が子を抱きしめた。するとわたしの腕のなかで詠史は、ううん、と言い、
「……汐音おばさん手が震えていたもん。本当は、あのひとも、怖かったんだと思うよ」
けろりとした顔で、うちにYAWARA!! 全巻あってよかった、なんて言ってのける頼もしい息子の姿よ。
鷹取の両親は、汐音さん一家を連れて引き上げて行った。後日、改めて謝罪に来ます、と言い。
残ったのは、水萌、朝枝、みどりさん夫婦、そして前野さん。
山崎さんは、夫にビンタをくれて去っていき。中島さんは、あたし謝らないですからね、と捨て台詞を残して去っていき。真由佳に関しては、ごめんなさい、と謝罪をした。
「……汐音さんがあんなひとだったなんて。……あたし、頭がおかしくなっていたのかもしれない。
冷静になって、考えるよ。……明日、警察に出頭する」
姨捨山ならぬY山に姑さんを捨てた罪を背負う真由佳は、旦那さんと一緒に帰って行った。
なお、お子さんは、山崎さんが引き取りたいという話が出ている。
……山崎さんのお子さんはふたりとも養子で。というか、亡き妹さんのお子さんたちで、事情を知らぬわたしが、山崎さんに似ていることを言ったことも火種になったという。と後からみどりさんの夫ダーリンさんが指摘していた。
「クリスマスなんですから楽しくしなきゃですねっ」トナカイの格好をした前野さんはやけに似合う。「いやー。それにしても、サスペンス劇場も真っ青の展開でしたねっ……怖かったですが、詠史くんが無事でなによりですっ」
汐音さんがカリスマ主婦であったことと。それに惹かれて真由佳も、山崎さんも惑わされてしまった。
責めることは出来ない。わたしだってもし、……才我さんが、誘ってくるタイプのひとだったら、乗っていたかもしれない。
一歩間違えば、向こう側にいたのは、わたしだったのかもしれないのだ。
ひとを許すのは簡単なことではない。過ちを犯した人間を糾弾するのは簡単だ。……でも。
それでは、終わりが見えないではないか。
「……こんな展開にするつもりはなかったんだけど。ごめん。……二度と怖い思いはさせないからね。詠史」
必死に我が子を抱きしめた。この腕のなかに尊い……ほかのなにと引き換えにしても構わないほどの幸せを抱きながら。
「あ、そうだ。知宏さん。師走のお忙しい所すみませんが、離婚届。用意してありますので書いてくださいね?」ひとり、バツが悪そうにいる夫に声をかけた。「それから、わたしと詠史は明日この部屋を出ていきますので。落ち着いたら、これからのことを決めましょう」
「おまえ。なにを偉そうに……ッ」
しかしながら一同の白い目が向けられると、ちきしょう、と言って彼は上着を掴んで出て行った。あーあ。あの様子だと離婚はまだ先だな。
「とりあえずま……食べましょう!!」
中島さんに睡眠薬入りの珈琲を飲まされていたというのに。前野さんの明るさがこの場を救った。
朝枝はパシャパシャ写真を撮り、金髪ベリーショートの水萌を面白がってサンタの格好をさせる。どこからかクリスマスソングが聞こえてくる……そういえば、今日は聖なる日。クリスマスの前の日、なのだった。
談笑し、すこし冷めたオードブルを頂きながら、わたしは、生きていることの、当たり前の幸せを、痛感していた。
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