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―最終章・誰のために生きるのか―
しとしと雨が降ってきてパトカーのフロントガラスをポツポツと叩いている・・・
晴美はショッピングモールの前でパトカーの後部座席に康夫と二人で座っていた
「あの女は頭がおかしいに決まっている!頭の弱い気ちがい女!!」
「進学校の首席よ、頭は弱くないと思うわ」
「学校の勉強が出来ても気ちがいに決まってるさ!妊娠を装って人の子供を盗んだんだ!」
「そして見事にみんなを欺いたわ、頭が弱い人が出来る事じゃない」
運転席で細川捜査官は何も言わないけど、きっと晴美と同じ考えだろうと思った、だって彼女は一度も真希ちゃんの事を(頭が弱い)とか(おかしい)とは言わなかった
「これからの予定をお話します、まずショッピングモールは緊急事態により全店舗閉鎖されています、彼女が凶器を持っていると報告がありました、一般市民を危険にさらすわけにはいきません」
「あの女が逃げたら?」
康夫が聞く
「モール全体の幹線道路を封鎖しています」
真っ黒の男性が3人晴美達の乗っているパトカーに近づいて来る、明らかにジャケットの中に銃を持っている、もう一人はがっしりしたボディアーマーをつけている
「交渉人に防弾ベストを着用するように言って下さい」
パワーウィンドウを細川捜査官が下げると晴美をしげしげ見つめながら狙撃隊の一人が言った
「そんなもの装着したら授乳が出来ないわ!真希ちゃんはおっぱいをあげてくれと言ってるのよ!」
「晴美!頼むから警察の言う通りにしてくれ!」
「Aチームはメインドアからバス停を見張っています!もし危害を加えられそうになったら右手を上げてください、我々が突入します!」
「真希ちゃんは危害なんか加えないわ!」
「晴美!」
「みんなお願いだから大袈裟にしないで!何が真希ちゃんを刺激するか分からないのよ!」
「犯人は凶器を持っています、ショッピングモールの屋上に狙撃犯が到着しました、その他に通行人を装って狙撃隊が一人、作業員を装った狙撃隊が二人、もしあなたや晴馬ちゃんに危害を加えようとしたら―頭を撃つ事も出来ます」
晴美は叫んだ
「お願いだから誰も撃たないで!!」
「晴美!」
「誰も傷づく必要なんてないのよ!」
「俺はあの女をボコボコに傷つけてやりたいよ!」
ここで康夫と晴美は言い争いを始めた、康夫は真希がどうなっても良いみたいに彼女の悪口を言っている
晴美はとてもではないが康夫に同調出来なかった、たしかに晴馬を盗まれて晴美も憤っている・・・
こんな事が起こってメディアの注目の的になり、晴美の「子育て系インスタグラマ―」の華々しい日常・・・素敵な家に住んだ中流階級の専業主婦・・・今になったらどうしてあんなに真希に愚痴を言えたのだろう・・・どうしてあんなに毎日が不平不満ばかりだったのだろう・・・一瞬の迷いで晴美が思い描いていた完璧な主婦が瞬く間に崩れていった
幼稚園のママ友達は寄り付きもしない、きっと陰で噂話のネタには困らないだろう、だってニュースで晴美が毎日提供しているのだから
閉鎖しているインスタであんなに熱心に毎日コメントを入れてくれていたフォロワーも今は別の誰かをフォローしてコメントを入れるのに忙しい
必死で築き上げてきたものが音を立てて崩れていく・・・
晴美は思った、自分が今まで大切だと思っていたいたものがどれほどの価値があったのだろう
今は晴馬だけを返してもらったらそれでいい、どこか山奥で家族だけでひっそりと暮らせるなら、SNSなんか一生見なくてもいい
細川捜査官が水を渡してくれたけど晴美は飲めなかった
パトカーのドアを開けて小雨が降る中・・・四方八方に見張られていると感じながら待ち合わせのバス停に向かって歩く、付き添いの細川捜査官が言う
「くれぐれも容疑者を刺激しないでください」
「わかったわ」
「伊藤真希は一見落ち着いて見えるでしょうが、不安で怯えているでしょう、とりわけ晴馬ちゃんをあなたに渡す時は心が引き裂かれる様な気になるでしょう、この数日間必死で晴馬ちゃんを育てて来たのは彼女です」
「私はどうしたらいいの?」
「晴馬ちゃんの容態を熱心に聞いてあげてください、ミルクを良く飲んだかとか、どれぐらい眠ったかとか」
晴美は頷いて今はとても優秀で全信頼を傾けている細川捜査官に聞いた
「さっきの康夫と私の言い争い・・・どう思った?私は真希ちゃんは狂ってないと思うけど」
細川捜査官は言った
「伊藤真希はある意味、男性の欲望に対しての被害者です」
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