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至高なる拝金主義者
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#転生
高天原ヒロ
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第51話、読み終わりました……もう、胸が締め付けられました。文化祭の華やかさのあとで、絢さんの内面だけが静かに軋んでいく感じが切なくて。玲が「ごめん」としか言えなかった場面、お互いを想い合っているのにすれ違うもどかしさが痛いほど伝わってきました。最後のブローチを握る描写、あの小さな音が心に残ります。続き、どうなってしまうんでしょう……。
文化祭が終わって数日後――。学園には、まだあの日の熱気と興奮が色濃く残っていた。
廊下を歩けば、あちらこちらから楽しそうな声が聞こえてくる。
「今年の生徒会劇、最高だったよね!」
「魔女のアドリブ、腹筋壊れるかと思った!」
「会長と副会長の熱い抱擁……まさに理想のカップル!」
文化祭の成功をきっかけに、玲の人気はさらに加速していた。
「あっ、玲会長! 一緒に写真撮ってください!」
「え? 私でいいの?」
「もちろんです!」
「ありがとう!」
玲が笑顔で応じるたび、周囲には次々と人が集まってくる。
気づけば、あっという間に人だかりができていた。
「玲、朝から人気者ですね。」
少し離れた場所で、その様子を眺めていた絢が優雅に微笑む。
「絢だってすごかったじゃない! 『王子を人魚にしてしまえばいい』って、あれ完全にアドリブだったよね?」
「ええ。」
絢は悪びれる様子もなく頷いた。
「僕が人魚姫なら、そうお願いするのにって……。」
「えっ?」
玲が目を瞬かせる。
絢は穏やかな笑みを浮かべたまま、静かに続けた。
「本当に手に入れたいなら――王子を自分の懐へ閉じ込めてしまえばいい。」
「……絢?」
一瞬だけ、空気が止まる。
しかし次の瞬間、絢はいつもの柔らかな笑みを浮かべた。
「……なんて。冗談ですよ。」
「もう、びっくりしたよ〜。」
玲は苦笑しながら胸を撫で下ろす。
「絢らしくないこと言うから。」
「ふふっ。」
絢は微笑む。
その笑顔は、いつもと何ひとつ変わらない――ように見えた。
そのやり取りを見つめていたソノは、小さく目を細める。
(『恋エグ』のシナリオで、絢先輩があんなアドリブをすることなんてなかった……。)
胸の奥を、嫌な予感がよぎる。
(それに、今の台詞……。)
ソノの表情がわずかに曇った。
(まさか……バッドエンドの前兆?)
嫌な想像を振り払うように首を振る。
(早く、神に伝えなくちゃ。)
人気のない廊下の隅。
ソノは玲を呼び止めると、真剣な表情で口を開いた。
「神……今の絢先輩は危険です。」
「危険? どういうこと?」
玲は首を傾げる。
「文化祭での『人魚姫』のアドリブ。それに、さっきの発言……。」
ソノはゆっくりと言葉を選んだ。
「絢先輩は、バッドエンドへ入りかけています。」
玲の表情が強張る。
「バッドエンドって……どんな内容なの?」
ソノは静かに息を吸った。
「絢先輩は、主人公が他の人と仲良くしている姿を見るたび、少しずつ嫉妬と独占欲を募らせていきます。そして、最後には――」
一拍置いて、続ける。
「主人公を誰にも渡したくない一心で、監禁してしまうんです。」
「監禁……!?」
玲は思わず息を呑んだ。
「今回も、その嫉妬の相手は主人公の私ではありません。」
ソノは玲をまっすぐ見つめる。
「間違いなく……玲先輩です。」
「そんな……。」
玲は言葉を失った。
「だから、しばらくは絢先輩の様子に気をつけてあげてください。」
「うん……分かった。ありがとう、ソノちゃん。」
玲は真剣な表情で頷いた。
しかし――。
その会話は、思わぬ人物にも聞かれていた。
玲を探して廊下を歩いていた絢は、角を曲がろうとした瞬間、二人の話し声に足を止める。
聞き取れたのは、ほんの断片だけ。
『絢先輩は危険です』
『玲先輩……気をつけて』
『うん……分かった』
(……そうか。)
絢は静かに目を伏せる。
(僕は、玲に危険な人間だと思われてしまったんだ。)
胸の奥が、きりりと痛んだ。
「……玲に、確かめなくては。」
絢は小さく呟いた。
絢は最近、玲との距離が少しずつ遠くなっている気がしていた。
体育祭以来、豪は以前よりも近い距離で玲に話しかけるようになった。
ショッピング以来、凌も玲と笑い合うことが増えた。
ソノとは何か秘密を共有するように、二人きりで話す姿をよく見かける。
そして文化祭では、サクラと並ぶ玲の姿に、誰もがお似合いだと笑っていた。
(僕じゃなくても……玲の隣には、いくらでも誰かがいる。)
そんな考えが浮かんだ瞬間、胸の奥で黒い感情が渦を巻き始めた。
嫉妬、焦り、不安――。
押し込めようとしても、その感情は少しずつ膨らんでいく。
絢は縋るようにポケットへ手を入れた。
指先が触れたのは、以前玲から贈られた薔薇のブローチ。
それを壊してしまいそうなほど、強く握りしめる。
(まだ……大丈夫。)
そう何度も、自分に言い聞かせる。
けれど、その言葉とは裏腹に――。
心の奥では、何かが静かに軋み始めていた。
そのあと――。
絢は胸の内に渦巻く感情を必死に押し込み、生徒会の仕事を最後までやり遂げた。
笑顔も、受け答えも、いつも通り。
誰にも気づかれないように。
誰にも心配をかけないように。
ただ、それだけを演じ続けた。
そして、放課後――。
一人、また一人と生徒会室を後にし、気づけば部屋には玲と絢だけが残っていた。
夕日に照らされた机が、長い影を伸ばしている。
「あの……玲。」
帰り支度をしていた玲が振り返る。
「ん? 絢? どうしたの?」
絢は少しだけ視線を泳がせ、小さく息を吸った。
「昼間……ソノさんと二人で、お話をしていましたよね。」
その一言に、玲の心臓が大きく跳ねる。
(もしかして……聞かれてた!?)
できるだけ平静を装いながら、玲は笑顔を作った。
「え? ああ……大した話じゃないよ?」
「そう……ですか。」
絢は微笑もうとした。
けれど、その笑みはどこかぎこちない。
「最近、玲は……ソノさんと二人で話していることが増えましたね。」
静かな声だった。
責めるような口調ではない。
それでも、その奥に滲む寂しさを玲は感じ取ってしまう。
「だから……。」
絢はゆっくり玲を見つめた。
その瞳は、助けを求める子どものように揺れていた。
「その話、僕にも教えてもらえませんか?」
玲は息を呑む。
(言えない……。)
バッドエンドのこと。
ゲームのこと。
自分が転生者であること。
そして、ソノも同じ立場だということ。
どれも口にできる話ではなかった。
玲は唇を噛み、小さく首を横へ振る。
「……ごめん、絢。」
その一言だけで十分だった。
絢の瞳から、ゆっくり光が消えていく。
「その話だけは……どうしてもできない。」
玲は、絢の顔を見ることができなかった。
見れば、きっと隠している事がばれてしまう。
玲は視線を逸らし、鞄を手に取る。
その瞬間――。
「……待って。」
かすれるような声。
玲の手首を、弱々しい力がそっと掴んだ。
振り返ると、そこには今にも泣き出しそうな絢が立っていた。
「僕は……。」
絢は何かを言いかける。
けれど、その先の言葉は喉で途切れた。
玲はその手を優しく包み込み、静かに外す。
「本当に……ごめん。」
少しだけ笑おうとした。
けれど、うまく笑えなかった。
「……また明日。」
そう言い残し、生徒会室を後にする。
閉まる扉の音だけが、静かな部屋に響いた。
取り残された絢は、その場から動けなかった。
「…………。」
握りしめた右手の中には、玲からもらった薔薇のブローチ。
震える指先に力が入り、金属が小さく軋む。
「……そうですか。」
時計の秒針だけが、静かに時を刻む。
「やっぱり……。」
最後まで、その表情を見る者はいなかった。
翌日――。
絢は学校へ姿を見せることはなかった。