テラーノベル
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あと数時間もすれば太陽が中天へ掛かるだろう時間帯に、ウールウォード邸へ珍しく来客があった。
普段なら重苦しい沈黙が支配する屋敷に、今は緊張に満ちたざわめきが広がっている。
重厚な鉄扉を、さして重さを感じさせる様子もなく押し開けて現れたのは漆黒の軍服を纏い、凛とした姿勢で堂々と場を支配する一人の男だった。
月光を纏ったような銀髪は、鋭さを残すウルフカットに整えられ、その一房が肩口で静かに揺れる。濃紫のアメジストを想わせる双眸がゆっくりと場を見渡すと、それだけで空気が張り詰めた。
整った顔立ちには柔らかな笑みが浮かんでいたが、不思議とその微笑には温度が感じられない。そこに滲むのは、慈愛ではなく冷酷さ――威圧とも呼べる静かな圧力だった。
彼は帝都でも知らぬ者はいない、ライオール子爵家の美しき三男坊、ランディリック・グラハム・ライオール、その人だった。家督継承権のなかった第三子の彼は、己の実力だけで王よりニンルシーラ辺境を治める若き侯爵の地位を得ている。
そんなランディリックの到来は、ただそれだけで空気を変える力を持っていた。
「こちらに、前ウールウォード伯爵のご息女、リリアンナ嬢がいらっしゃいますね?」
屋敷の玄関口に立ったランディリックがそう告げると、応対に出た女中たちがなにかに怯えたように揃って顔を引きつらせた。
すぐに、屋敷の奥から足音が響き、派手なドレスを身にまとったエダが現れる。無理やり作り上げた笑顔が、顔の筋肉と乖離していて醜かった。
エダはランディリックの美貌を一目見るなり一瞬恍惚とした表情を浮かべ、頬を上気させる。
「ああ。リリアンナ。確かにおりましたが、先月流行り病であっけなく……」
そこでグスッとわざとらしく鼻をすすってみせるエダの言葉へ被せるように、そのすぐ後ろから現れた娘のダフネが、「とても優しいお姉さまでしたのにっ」と、うわぁっと泣き崩れた。
ランディリックはその様を静かに見下ろすと、ゆっくりまぶたを閉じた。その仕草には、爆発しかけた感情をかろうじて抑えこむような、張りつめた緊張が滲んでいて、彼に付き従っている従者たちの空気がピンと張りつめる。
だが、猿芝居に夢中のエダとダフネは愚かしいことに、その機微に気付けていなかった。
「……そうですか」
ランディリックは全ての感情を押し殺したように、静かに言葉を返す。そうして目を開き、ランディリックに見惚れて泣くふりすら忘れた様子のエダとダフネを真っすぐに見据える。
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どうなるの!?