テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#ハイキュー!!
夏祭りが終わって数日。
部活がオフの日、私たちはいつものように図書室で勉強……という名の、私のからかいタイムを過ごしていた。
「工くん、さっきからペンが止まってるよ? 私の顔、そんなに気になる?」
「……っ、見てない! 数学の公式を思い出していただけだ!」
いつものやり取り。でも、今日の工くんはどこか上の空で、窓の外に広がるオレンジ色の空をじっと見つめていた。
「……ねえ、工くん。何かあった?」
声を落として尋ねると、彼は少しだけ肩を落とし、小さな声で呟いた。
「……前原。俺さ、本当に牛島さんを超えられると思うか?」
不意にこぼれた、本音。
いつも「俺がエースだ!」と豪語している彼からは想像もつかないような、弱気な言葉だった。
私は持っていたペンを置き、彼の横顔をじっと見つめた。
「……牛島さんは、すごい。あんなの、どうやって勝てばいいのか分からなくなる。……俺がからかわれてバカやってる間に、あの人はもっと先に行ってるんじゃないかって、時々……怖くなるんだ」
図書室の静寂が、彼の不安を増幅させているみたいだった。
私はわざと、彼の机の下にある足に、自分の足をコツンとぶつけた。
「……なっ、前原! 集中しろって……」
「工くん。……私は、牛島さんより工くんの方がすごいと思うよ」
「……慰めはいい」
「慰めじゃないよ。牛島さんは確かにすごいけど、工くんみたいに『誰かのためにかっこよくなりたい』って、あんなに必死に、真っ直ぐもがける人は他にいないもん」
私は彼のノートの端に、小さく『エース様、頑張れ』と書き込んだ。
「……私は、そんな工くんをからかうのが世界で一番好きなの。だから、あんまり落ち込まないでよ。……からかいがいが無くなっちゃう」
「…………っ、お前は、本当に……」
工くんは顔を覆って、深いため息をついた。
でも、指の間から覗く瞳には、さっきまでの曇りはなくて。
「……分かったよ。お前にそんなこと言われたら、やるしかないだろ」
彼はバッと顔を上げ、私の鼻先を指差した。
「見てろよ前原! 俺は牛島さんを超えて、お前が一生からかい続けたくなるような、最高のエースになってやるからな!」
「ふふ、期待してるね。……あ、今のセリフ、ちょっとかっこよかったかも(笑)」
「っ、……かも、じゃなくて『かっこいい』って言え!!」
いつもの、赤くてうるさい工くん。
でも、その手は机の下で、私の指先をそっと、確認するように握りしめていた。
「……前原」
「ん? なあに、工くん」
隣を歩く工くんの声が、心なしかいつもより低い。
彼は前を向いたまま、カバンのストラップをぎゅっと握りしめていた。さっき図書室で少し弱音を吐いたせいか、今の彼はどこか「男の子」の顔をしている。
「……さっき、言っただろ。俺をからかい続けたくなるような、最高のエースになるって」
「うん、聞いたよ。期待してるって言ったじゃん」
「……その、期待……させるだけじゃなくて、俺だって、お前に……」
工くんの声が、次第に小さくなっていく。
私はわざと歩く速度を落として、彼の横顔を覗き込んだ。
「……お前に、……安心、してほしいんだ」
その瞬間。
工くんの大きな手が、私の右手のすぐそばまで近づいてきた。
指先が触れるか触れないかの、微かな距離。
いつもは私が一方的に距離を詰めるのに、今日は彼の方から、私の指を探している。
(……えっ、工くんから?)
予想外の展開に、私の胸がドクンと大きく跳ねた。
からかう言葉を用意していたはずの唇が、急に熱くなって上手く動かない。
あと数センチ。
彼の手のひらの熱が、じりじりと伝わってくる。
彼が意を決したように、指を絡めようとしたその時――。
「……あーっ! 見ーっけ! 工⁓、前原ちゃーん!」
背後から、全てをぶち壊すような明るい声が響いた。
天童覚さんだ。横には、死んだような目でスマホをいじっている白布先輩もいる。
「うわあああああ!! て、天童さん!! し、白布さん!!」
工くんは飛び上がって、差し出しかけた手をマッハの速さでカバンの奥に隠した。
その顔は、夕焼けよりもずっと赤い。
「おやおや〜? 二人でいい雰囲気だった〜? 邪魔しちゃったかなぁ〜?」
「邪魔だよ。……五色、お前、鼻の下伸びすぎだっつーの」
天童さんのニヤニヤ顔と、白布くんの冷ややかなツッコミ。
工くんは「伸びてません!! 俺たちはただ、数学の公式を……っ」と、支離滅裂な言い訳をしながら、私の三歩前まで逃げてしまった。
「……もう、工くん。……ヘタレ」
私は小さく呟いて、空を仰いだ。
繋がれなかった手のひらが、少しだけ冷たくて、ひどく名残惜しい。
「……前原! 早く来い! 遅れるぞ!」
遠くで叫ぶ工くん。
でも、彼はこっそり自分の右手をポケットに突っ込んで、ぎゅっと握りしめていた。
それは、私に触れようとした勇気の証。
「……ふふ。次は、逃がさないからね(笑)」
私はぬいぐるみを抱き直し、エースの背中を追いかけて走り出した。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!