この作品はいかがでしたか?
14
この作品はいかがでしたか?
14
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
僕の本心は誰にも知られてはならなかった。
「君ってさ…本当は笑ってないでしょ?」 「え?」
そう聞かれた時、僕は心から震えた。何故なら、今まで気づかれたことなんて無かったからだ。
僕は最近になって自分が社会的に痛い奴だということが客観視されて来たこの社会に嫌気が差している。言わば、曲がり者と呼ばれる類いの人間だ。いや、人間だったと言うべきか。僕はやっと女の子らしく優雅で清楚感を保つ方法を生み出した。普段は一人称を僕にしているが社会的に生き残るべく、私や敬語を駆使している。その甲斐もあって相手の気を伺うのが得意になった。
だが、家族間では女の子らしく居られない一面がある。僕の家族は誰かの概念に縛られることが非常に好まないらしく社会に従順な娘を不思議だと感じているのだ。僕にとってはそれが当たり前で居心地が良いものでは無かったかもしれない。だが、僕の家族は何か犯罪を犯したり誰かを心から憎んではいないのだ。だから、誰からも疎まれず嫌われないのだろう。僕だって周りから注目されたり期待されたりして生きることに生き甲斐を感じていた瞬間はあった。だが、今は中学校の友達とは縁を切ったし誰も知り合いが居ない。
そんな下らない二ヶ月前の思い出はさて置き、僕が優雅にホットボトルに淹れた紅茶を嗜んでいると杏樹がスカートのベルトを持って近づいてきた。
「おはよう。ねぇ?成瀬!ベルトのホックが解れてるんだけどさぁ、何でかなぁ??」
と、自慢話のような口調で話し始めた。僕は友達の前では猫を被る癖がある。
「あ、おはようございます。今日は遅刻しなくて良かったですね。昨日、クラスの女子にスカートを引っ張られた時に糸が切れて外れたんだと思いますよ。」
と、飲みながら言うと杏樹は微笑んで 「それって、紅茶だっけ?成瀬って本当にリッチな生活してそう。」
と、僕を褒めた。僕は申し訳なく思う時がしばしばある。確かに寒色系の部屋で統一はしているものの決してお洒落な生活はしていない。紅茶は無理して飲んでいるうちに紅茶の魅力に心を撃たれ気がつくと愛していったタイプだ。そもそも僕は、重度の甘党だ。その証拠に角砂糖をそのまま喰らうことが出来る。
「そんなことないですよ。朱里さんは面白い冗談を言って皆を和ませてくれるので嬉しいです。」と、言った。だが、杏樹は顔を顰めて僕のことを後にした。何故なら、開いている窓から姿を覗かせている加々美先輩の方に向かっていった。杏樹と加々美先輩は、幼馴染の関係らしく僕が先輩に近づこうとする素振りを見せると睨みつけて圧をかけてくる。正直言って気味が悪い。(だが、先輩と僕は同じ部活に所属しているため、合法的に連絡先は交換している。)先輩の名前は加々美星螺という。とても、優しい頼り甲斐のある憧れの人だ。
そんなこんなでまた、二ヶ月経ったある日、そんな僕に初めての大役がきた。先輩達の卒業公演に先輩の親友役として抜擢されたのだ。千晶先輩が考案した、初めてのオリジナル脚本”満月に庭園へ”を行うことになった。千晶先輩が言うには演技力よりも表情が活きる脚本らしい。卒業公演まであと三ヶ月、僕は早速どのような物語か千晶先輩に聞きに行った。
部室に向かう為に廊下を歩いていたら背後から千晶先輩の声が聴こえた。後ろを振り向くと先輩がニコッとこちらを見ていた。
「あ、天宮さん!マティーニ・ポーレット役宜しくね。ティファニー・アルブレットの親友だから、重要役だよ。天宮さんにとっては初めての役だね。」
「あ、勿論です。私をこの大役に選んで下さってとても光栄です。」
「心構えとかどんな感じで演じる?」
僕は自分の持つ台本を指差して
「私が持っている台本を暗記して、参考資料を見ながら工夫を凝らしていきたいです!」
と、笑っては見たものの千晶先輩は顔を顰めて口を開くのを辞めてしまった。僕はなにか気に触ったことをしたのだと震えていたら千晶先輩は、すぐ横にある自習室の扉をどんと叩いて
「天宮さん…今回は何でマティーニ役に副部長である私が貴女を推薦したか分かるかしら?」 と、訊かれた僕は
「…期待なされたから、ですか?」
と、訊き返した。すると、先輩は綺麗なDVDを僕の胸元に押し付けて手を離した。僕は反射的にそのDVDを掴んでしまった。
「これを今日中に見て明日、私に返して!私が貴女に伝えたかったことがきっと理解できるわ。だから、大丈夫!」
そう僕に言って昇降口の方に向かって歩いて行く先輩の背中を見て僕は一歩も動くことが出来なかった。手元に握っているDVDを反射している光の方に視線を向けた。僕は、いつもどうりに台本を暗記して資料を元にして演じるだけだというのに。何を今更、理解出来るというのだろう。僕はティファニーの親友で、優しくおっとりな性格のお嬢様をそれっぽく演じるだけだ。何も心配は要らないはずだ。前の劇場では主人公の未来を予言する賢者を演じていた。ナレーションだけだったが非常に良い経験だった。その経験を思い出せば、問題は無いのだから。僕は、そんなことを考えつつ昇降口に歩いて行った。
今日の僕は、部活中も全くと言っていいほど集中力が欠けていた。何故なら、千晶先輩から謎のDVDを貰った後からずっと胸騒ぎがするからだ。僕は直ぐに家のテレビに貰ったDVDを入れて視聴を開始した。だが、ただの映像ではなく僕達、一年生の初公演を録画したものだった。僕がナレーションとして話し出す。そんな語り部のような役だった。それなら、音声だけでいいのにと思っていたら加々美先輩の台詞が聴こえた。
「我は…この世に笑顔を取り戻したい。我とセリアは姫君の為に伝説の治癒花と呼ばれるリップチュールを採ってくるぞぉ!!」
続けてセリア・マゼラン役の夏樹先輩が
「あはは…アベリアンは本当に姫君を愛しているのだな」
「あぁ、命の恩人だからな!もちろん、友として愛しているぞ」
その後も見に行ったが遂に僕のナレーションが聴こえてきた。
「あぁ!勇者殿!!何故故に、その道を選んでしまったのだ…あぁ!セリアなど居なければ其方は死なずに済んだと言うのに!」
「ん…!貴方は!?賢者様!」
「愚かだ…愚かだっ…!勇者アベリアン!最期の予言だ。セリアは裏切って愛する姫君、ルティーナを迎えに行くことだろう。其方が旅の途中で生命を落とす事故があったと説明し、姫君の心を奪いに行くことだろう。さぁ!勇者アベリアン!今、セリアを打ち倒し未来を突き進んでくれたまえ!」
僕は唖然とした。緊迫感と勇者様への失望感を感じさせる読み上げ、微かな微笑。資料を読んで練習しただけで演技力が養えるとは感慨深い。無意識でこの完成度なのか思った僕は心から喜んだ。僕が達観していると既に舞台の幕は降りていた。加々美先輩と夏樹先輩が観客の拍手の波に背を向け帰っていく。その姿を見て心が揺さぶられる感覚に陥った。僕はこんな声援を浴びることが出来るのだろうか。「僕は…此処にいるよ」と観客に、加々美先輩達に伝えたい。僕はDVDの映像を消してソファーに向かいクッションにもたれかかった。
続く。.:*・゜