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もちぷよ
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#山中柔太郎
65
〜吉田side〜
さっきまでいた、あの暗い病室。
勇斗が柔太朗の手をそっと握りしめ、すべてを彼に捧げようとしていたあの空間が、扉一枚を隔てた瞬間にひどく遠い世界のように思えた。
病院の長い廊下。
白く冷たい蛍光灯の下に出た瞬間、僕は堪えていた涙が、堰を切ったように目元からボタボタと床に落ちていくのを止められなかった。
「……っ、う……、ごめん、太智……」
喉の奥をきつく締め付けられて、掠れた声が情けなく漏れる。
今更泣くことでもないのに、涙がどうしても止まらなかった。
だってあんなのずるい。
あんな状態の人を、あの勇斗が放っておけるわけがないじゃない。
――っあ…。
頭の中に浮かんだ最悪な言葉に気づいた瞬間、背筋が凍りつくような感覚がした。
……俺、いま『ずるい』って思った…?
ずるいってなんだよ。
なに言ってんだよ、俺は…。
柔太朗があんな凄惨な事件に巻き込まれて、今も麻酔で深く眠っているっていうのに。
その彼の心配よりも先に、勇斗が他の男に奪われていくことへの絶望や、自分の失恋を怖がってまう。
そんな自分が、本当にどこまでも最低で、薄汚い人間に思えて嫌気がさした。
ぐちゃぐちゃな罪悪感と悲しみで、僕はもう立っているのがやっとだった。
太智は何も言わずに、僕の肩をがっしりと支え、長い廊下を、そして夜の冷たい風が吹く敷地外へと僕の身体を静かに連れ出してくれた。
向かったのは、病院のすぐ近くにある小さな公園だった。
静まり返った公園のベンチ。
太智は僕をそこにそっと座らせると、近くの自動販売機へ走り、買ってきた冷たいお茶のペットボトルを、僕の涙で濡れた頬にぽんとあてた。
「ほら、じんちゃん。冷たいの、飲み?」
「……ありがと」
受け取ったペットボトルのキャップを開ける気力も残っていなくて、僕はただ、それを両手で強く握りしめた。
その様子を見た太智は、僕の隣にそっと腰掛けた。
それから、僕の手からペットボトルをひょいと取り上げて、代わりにキャップをカチリと開けてくれる。
「ほら……飲み? あーあ、まじでやばい顔になっとるで。はやちゃんの前でそれせんかったのは偉いな!」
「うるさい……わかってるから、」
強がるような、いつもの生意気な口調。
そうやって、自分の弱さを必死に隠そうとする僕の横顔を、太智はまっすぐに見つめた。
「分かってへんやろ。……じんちゃんさ、また自分責めてんのやろ? 自分の気持ち、ないがしろにしようとしてんのやろ?」
真っ直ぐに僕の心の一番痛いところを見透かす声。
言葉に詰まった僕は、ただ冷たいペットボトルを見つめたまま、小さく頷くことしかできなかった。
「ええんよ、人間なんやから。自分の気持ちに正直でええんよ…、な?」
太智はそう言うと、僕の頭をごしごしともどかしそうに、乱暴に撫で回した。
勇斗の、あの無自覚で、痛いくらいに優しい手つきとは全然違う。
どこか不器用で、だけど僕の痛みも、ドロドロとした醜い嫉妬も、全部引き受けようとしてくれるような、熱い熱い太智の手のひら。
さっき僕の部屋で、あんなにも最悪な拒絶の言葉をぶつけて傷つけてしまったばかりなのに。
それなのに、どうしてこいつは、僕が他の男のために流す涙を全部知った上で、こんな深夜に僕の隣で、僕よりも痛そうな顔をして味方でいてくれるんだろう。
「……なぁ、太智。お前、なんでそんなに優しいの?……なんで? 気持ち悪いんだけど」
また、可愛くない言葉で突き放そうとする。
そんな僕を見て、太智は一瞬だけ、切なそうに瞳を細めた。
だけどすぐに、いつもの無邪気な笑顔を浮かべて肩をすくめた。
「しゃあないやん。僕ら、小学生からの腐れ縁なんやから」
「……っ」
「じんちゃんのはやちゃんへの一途な想い。僕はずっと一番近くで見てきた。もちろん、これまでどれだけ傷付いてきたかもな…。
やからさ……、
なぁ…、もうやめにせぇへん?」
太智は僕の両肩をがっしりと掴むと、その綺麗な瞳で、僕の視線を真っ直ぐに捕らえた。
「……な?僕の前でくらい無理に強がらんでええ。今日明日で諦めろ、なんて言うてへん。今はまだ、納得がいくまではやちゃんのことで泣いててええから。
……でもな、じんちゃん」
太智の手が、僕の頬を伝う涙を、親指の腹でそっと優しく拭う。
「じんちゃんがどれだけ泣いても、僕、ずっとここに一緒におるから。お前のいちばんにはなれんくても、お前のすぐ隣におることだけは、僕、絶対にやめへんから」
真っ直ぐで、迷いのない、確かな優しさを持った言葉だった。
勇斗への長年の恋にボロボロに傷ついていた僕の心に、太智の言葉が、じんわりと温かい灯火のように広がっていく。
僕は勇斗に選ばれなかったし、これからも僕の心があいつ以外の誰かに向くことなんてきっとないと思う。
でも、僕のこの重すぎる一途さを全部知った上で、すぐ隣にいてくれるこの人がいる。
僕はひとりじゃないって、暗闇のなかで、確かに思えた。
「……太智……っ、ありがとう」
僕はペットボトルをベンチに置くと、今度は僕の方から、太智の広い肩へと小さく頭を預けた。
太智は一瞬驚いたように身体を硬くしたけれど、すぐに僕の身体を壊れないように優しく、だけどしっかりと受け止めてくれた。
「よしよし。いっぱい泣き、じんちゃん。僕が全部、受け止めたるからな」
夜の小さな公園。
壊れかけた街灯の下で、僕は太智の温もりに支えられながら、ただ泣き続けた。
勇斗への未練も、柔太朗への複雑な想いも、何一つ消えたわけじゃない。
僕はこれからも、ずっと勇斗だけを想って一途に傷つき続けていくのだろう。
けれど、太智の腕の中でその優しさに甘えている時間だけは、自分がこの世界で息をしていられるような、そんな気がしたんだ。
to be continued……
コメント
2件
仁人おおおおおおおおお😭 もう、、、なんか全員悲しい(?) ほんとにみんな幸せになって欲しいいいいいって思っちゃう😭応援してます!これからも頑張ってください!!🙇♀️