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蓮司の腕が、自分の腰にまだかかっていた。息はもう整っている。
熱も、震えも、すっかり過去のものだった。
それでも遥は、目を閉じたまま動けなかった。
「……くさかべ」
喉の奥で転がったその名前は、音にするにはあまりにも無防備で、
吐き出した瞬間、呼吸が止まった。
隣で、蓮司の指がピクリと動く。
「あーあ」
蓮司が笑う声が、まるで氷みたいに冷たく落ちた。
「今の、なに? くさかべ? ふーん。ねえ遥、いつも俺といる時、あいつのこと考えてんの?」
遥はなにも言わなかった。言えなかった。
「……それとも、あれ? 声、似てるとか?」
蓮司の指先が、遥の喉仏をなぞる。
その柔らかな動きとは裏腹に、言葉は無邪気な悪意を帯びていた。
「違ったらごめんね?」
遥の口元が、ひくりと動いた。
「……違わない」
ぽつりとこぼれた言葉は、まるで自分自身への告白だった。
違わない。
ずっと考えてた。
夜も、熱も、痛みも、全部──日下部が触れたらどうなるか、そればかり、考えてた。
それがどうしようもなく、汚れていると思った。
触れてほしいと願ったことが、蓮司を選んだ理由になるのが、何よりも汚かった。
だから今、ここにいる。
壊されることが罰で、責任で、償いだと、思い込むために。
蓮司はそんな遥の沈黙に飽きることなく、ただ面白そうに笑った。
「へえ。……じゃあ、次は“あっち”の声、聞いてみたいな。おまえの前でさ」
遥の鼓動が、嫌な音を立てた。
喉が焼けるように痛かった。
けれど、それ以上なにも言えなかった。
言葉にしたら壊れる。
もう、何もかも。