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「ちょいとちょいとそこのアベック」
年老いた爺さんが今か道のバス乗り場で若いカップルを呼んでいます。
爺さんですのでアベックなどと流行遅れなことを言います。
爺さんはカップルに私の話をひとつ、聞いておくれと言います。
彼氏の方は好奇心で聞きたそうです。
ですが、彼女さんの方は気味が悪く、聞きたくありません。
ですが強引な彼氏に唆されて、爺さんの話を聞くことになってしまいました。
爺さんは息を深く吸い、話し始めます。
「これは私がまだ、二十五、六くらいの頃かね、
私は大東亜戦争、まあ、若い子はよく太平洋戦争などと言いますがね、
そこで中国の上海やら、そこらに行っとったんですわ。
そこで私は支援中隊の中隊長として戦ってたんですけどな、
そこで若い部下がよく私に相談を持ちかけるんですわ。
私は他の同僚と違って部下を殴りませんでしたからな。
んで、そこで坂田っという、奴がおりましての、
よお私に懐いとったんですわ。そこで坂田は私にこんな相談を言うのですよ。
『中隊長殿、私は国に女房と女房の腹ん中に子供がおるのですけど、
私は生きて帰れるでしょうか、私は、生きて国へけえれるでしょうか。』
なんと純粋な、そんでまあ、彼に大丈夫じゃないか、などとありがちな
ことを言いましてね、彼はそうですか、とだけ言って帰っていったんですわ、
まあ、なんと、その背中はもう重いの重いのって、
彼は相当生きたかったんですわなあ。
そんでしばらくして敵がこちらへ大規模な奇襲攻撃を仕掛けてきまして、
うちの中隊でも多数の死者が出ました。
私はふと、坂田の様子が気になりました。
そこで探しますといませんのです。
どこを 探してもいませんのです。
さらに注意深く探しますと、まあ、崩れた野戦砲の下敷きになっているのです。
急いで部下を呼び、彼を引っこ抜きました。
彼は一命を取り留めたのです。
そん後戦争が終わって坂田は私にこう言ったのです。
「中隊長殿、ありがとうございました。是非、私の家へ遊びにきてください。」
そんで一年や二年経ち、彼の家へ行ってみました。
すると、住所通りにつきましても家ひとつあらへんのです。
間違えたかななんぞ思おていますと、まあ、井戸に水を汲んでいる坂田がいました。
坂田は私の姿に気づき、そっと敬礼して、言いました。
『中隊長殿、ご無沙汰しております。お恥ずかしい話、女房と子供は死んだそうです。
空襲で死んだそうです。もう、あれだけ私の命を救ってくれた中隊長殿には失礼ですが、
ここまで生き残った私の命は全て無意味だったのです。』
彼の目はもう、かつての純粋な生きようとする目ではありません。
それは、これから死のうとする人間の目だったのです。」
カップルは言葉ひとつでなかった。 老人はクスッと笑い、
「私もおんなじような目ですわ。」
などと言うのです。
これは冗談か本当かはわかりませんが、
カップルが泣いたのは確かです。