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日下があれほどあからさまに瑠璃香を依怙贔屓しているというのに気付いていなさそうな雰囲気を見るに、そうとしか思えなかった。
――きっと、瑠璃香に好意を意識させた方が勝ちだな。
チラチラと三人の様子を眺めながらそんな結論に達した晴永である。
晴永たちの並びからは対面にあたる席へ座っている新人たちは、同期の先輩らがワイワイ言い始めた時点で自分たちも新人同士交流を深めようとなったみたいだ。
一向にこちらの様子へ注意を向けていないのを確認して、瑠璃香の動向をチラチラと探る。
時折そんな晴永へ向けて瀬戸部長が「なぁ、新沼君!」などと同意を求めてくるのだけれど、そっちの話なんて元より聞いていないし、それどころではない晴永は生返事をし続けている。
まぁ実際問題そのせいで部長との間に何か齟齬が生じたとしても、晴永は何とでも出来る立ち位置の人間なのだ。問題ない。
(なぁ小笹。卵焼き……日下には食わせねぇってことは俺にはチャンスがあると思っていいのか?)
なんだか日下が食べたという瑠璃香お手製の甘い卵焼きが食べたくて仕方がない。
そもそも瑠璃香を好きという気持ちは一緒のはずなのに、同期というだけで日下だけが美味しい思いをしているのはズルイではないか。
(うらやましい……! 俺も小笹が焼いた卵焼き、食いたい!)
自分は食べたくもない椎茸だって、瑠璃香がよそってくれたと思えば頑張って食べられると言うのに。美味いものをもらう権利だってあるはずだ。
そんな手前勝手な結論に達しながら、晴永は皿から鶏肉をつまみ上げた。そのタイミングで瑠璃香が日下を避けるようにヒョコッと顔を覗かせて、「あの、課長……。飲み物頼まれますか?」と聞いてくる。
「んぐっ――!」
すっかり自分の世界へ突入してあれこれ悶々としていたところへ、突然渦中の(?)の瑠璃香から気遣われた晴永は、つまんでいた鶏肉をポロリとテーブルの上へ落っことしてしまう。
ポンと撥ねて太ももに落下した鶏肉を慌ててつまみ上げたら、スッと立ち上がった瑠璃香が、「さっきから何してるんですか」とやや呆れた風におしぼりを差し出してくれた。
(小笹、やめろ! 惚れちまうだろ!)
もう惚れているくせに心の中でそんな雄叫びを上げながら、晴永は「すまん」とそっけなく答えて瑠璃香からおしぼりを受け取る。
(ふ、拭いてくれても構わないんだぞ?)
そう思ってから、(いや、さすがにそんなことされたら勃起しちまいそうでやばいか)と吐息を落とした。
「私、ビール頼みますけど課長はどうします?」
そんな晴永の脳内会議なんてどこ吹く風。瑠璃香が問い掛けてきて、晴永が口を開くより先――。何故か日下が「小笹ぁ、悪いんだけど俺にもビールもう一杯頼んでちょ♪」と、同期の気安さを前面に押し出しながら割り込んでくる。
「はいはい、分かりました! ――で、課長はどうします?」
「お、俺もビールで」
再度聞いてきてくれた瑠璃香にそう答えながら、(お前もビール頼むって……ちょっと飲むペースが早過ぎじゃねぇか? 小笹)と思った晴永だ。けれど、これ以上うるさい上司だと思われるとマイナスポイントになりそうなので、黙っておく。それじゃなくても同期の日下とでは瑠璃香との距離に違いがあり過ぎるのだ。これ以上差をつけられたくない。
***
店内のにぎやかな空気が、少しずつ「次どうする?」のモードへ移りつつあった。
鍋の火はすでに落とされ、空になった皿が積み上がる。
瀬戸部長が立ち上がり、どっかり腰に手を当てた。
「とりあえず会社主催の歓迎会は終わりだ。各自忘れ物のないように速やかに撤収!」
幹事である晴永たちは会計などを済ませなければならないが、他の面々は各々「二次会どうする?」という流れになっていた。
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