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星咲さんとはどんな関係なんだ!? と、クラスの連中に追い込まれた俺を庇ったのは、この事態を招いた元凶、星咲だった。
「魔法少女アイドルのプライベート詮索は禁止です」
そんな発言をしたら、火に油を注ぐだけだろう、と内心で愚痴る。
しかしそこは腐ってもトップアイドル、輝く笑みでもって流れを見事に変えた。
「って、今日からクラスのみんなもボクのプライベートに入るわけで、シーってしてくれると助かるかな? 仲良くしてね?」
なんてあざとい……人差し指を口元に添え、上目遣いで訴える仕草は元男とは思えないほどに完璧だった。淡い桃色の髪を可憐に揺らし、澄んだ瞳で見つめられれば誰もがクラッと来るだろう。
しかもトップアイドルとプライベートで仲良くなれるという、優越感と歓喜を上手く引き出し、クラスの連中を容易く手玉に取る光景に脅威を感じる。
「も、も、ももちろんだよ、ホッシー!」
「あ、もうクラスメイトだから星咲さんって呼んでもいいかな?」
「お、お、おれは、永留さんって呼んでも……」
「ちょっと男子、調子にのりすぎ。そう思うよねー星咲ちゃん?」
「女子どもの方が馴れ馴れしいだろ! ちゃん呼びって何だよ!?」
やれやれ、溜息が出るばかりだ……。
◇
「で、星咲さんはなんで俺の家まで着いてくるわけ?」
学校が終わり、俺は直帰。それに当然のように着いてくるホッシーこと、星咲永留。もちろんトップアイドルの行く末をクラスの連中が放置するはずもなく、ぞろぞろと男女グループを引き連れてきたわけだが。
『なんで鈴木なんかと』
『星咲さん遊ぼう!?』
『どこいくのー?』
『家ってどのへんなの?』
と、口々に星咲に対する質問を浴びせる奴らに囲まれたので、俺の平穏な帰り道は次元の彼方にポイされた。
ざわめく群衆に対し、星咲は『事務所関係のお話が鈴木くんにあってね?』と説き伏せた。
『昨日、鈴木くんが体調を悪くして【アイドル研修生】たちが事務所に運んだのは知ってるかな? その診療手続きとかのお話があってね? ちょっと真剣なお話だから、みんなごめんね』
と烏合の衆を納得させたのだ。
『そっかぁ。星咲さんはあの【アイドル研修生】と同じ事務所なんだ』『だから鈴木のことを知ってたのか』なんて勝手に納得してくれる連中に、絶対違うだろ、という本音は面倒になりそうなので口にはしない。
『っていうか、もしかして鈴木の症状? 病気って深刻なもんなのか?』
『わざわざ人払いをしてまで、星咲さんが伝えるわけだし?』
『まだわからないだろ? 単に事務所の手続きをキチンとしなきゃとかさ』
『なんか、ごめんな鈴木。俺達、いくよ』
と、これまた勝手に勘違いしてクラスの連中が去って行ったのが数分前。
「はっきり言って迷惑なんだが。俺みたいな奴に星咲さんみたいな人間が絡んでくるとか。帰り道まで一緒について来て欲しくないんだけど」
「なんで? 周囲の目を気にしてるの?」
「自己防衛だ」
「あんなのはすぐに忘れちゃうから、気にしなくていいよ」
「おい……まさか記憶除去とかするんじゃ」
「まさか。そんなのボクがする必要なんてないからね」
「どうだかな」
相変わらずニコニコと笑みを絶やさない星咲は、うちの玄関先まで遠慮なくついてくる。
「で、このまま俺の家に上がり込むつもりか?」
「もちろん。大事なお話があるからね?」
「俺は聞きたくないんだけど」
「そういうわけにもいかないよ?」
「自宅は嫌なんだが……」
仮に想像してみよう。
ある日突然、国民的アイドルを自宅に俺が招き入れたとしたら家族はどんな反応を示すのか。
夢来は驚愕して、クラスの連中たちと同じく黄色い美声を上げてはしゃぐだろう。うん? 夢来のテンションが爆昇する可愛い姿が見れるならこいつを家に入れるのもありか?
いや、待て待て。
『彼女なんて絶対にできそうにないわね~』なんて、常日頃から俺に呆れ、軽くディスってくる母さんが星咲を見たら、卒倒しかねない。
ちなみにうちに父さんはいない。母子家庭だ。
「母さんや夢来にどう説明すればいいのか」
「普通に師匠って紹介してくれればいいよ?」
「そこは友達じゃないんかい! というかお前から何かを師事されるつもりはないからな!」
「親切でやってるのになー」
「そんな押しつけ親切なんていらない。とにかく家の前で立ち話もあれだから場所を移すぞ」
「どこでもいいけど、ボクと君がどこにいても大変なことになると思うよ?」
「ぐっ」
そうだった。トップアイドルであるこいつと一緒にいるというのは、どこにいたって目立つし囲まれる。
この場で強く追い払っても、平然とした顔でウチに尋ねてきそうな気配がひしひしと感じられる。
となると苦渋の妥協案は……。
「俺の部屋……二階のあそこだから。帰ったら速攻で窓を開けるから、こっそり入ってこい。魔法少女なんだから人様の家に忍ぶこむなんて朝飯前だろ」
「えっ、えぇ……わかった。ボク、頑張るよ」
ちょっと嫌そうな顔をした星咲だったけど、俺の提案には乗ってくれそうだ。
それから俺はそそくさと玄関の扉を開けて即座に閉める。
「あら、吉良。おかえりなさい」
「あぁ、ただいま」
「あんた今日もお弁当忘れて……何度言えばわかるんだい。そんなずぼらじゃ彼女の一人もできやしないよ」
「あいよあいよ~」
母さんのぼやきを背にそそくさと二階に上がって自室へ入る。隣の部屋を探るべく壁に耳を当てて数十秒、物音は聞こえてこないので夢来はまだ帰宅してないな。
「それにしても星咲のやつ……遅いな……」
窓を開け放ち、ベッドに寝転がっている俺だがなかなか星咲が来ない。業を煮やして、窓枠から顔を出せば……危なげに木によじ登り、そこからウチの二階に繋がる屋根部分に渡ろうとしている星咲の姿が見えた。
「おまっ! なに危ないことやってるんだ!?」
「えっ?」
どうやら俺に返事をする余裕はないらしく、彼女は必死になって屋根に移ろうとしている。現役アイドル女子高生がウチの屋根に木から飛び移るという、こっけいな姿を俺はポカーンと見送ることしかできなかった。
「へっへーん、鈴木くんの言う通りにやってみたよ? こういうのも意外に楽しいものだね?」
「おまえ……魔法力を使えよ……」
本来なら注意する場面なのだけど……ニコっと太陽みたいな笑顔を咲かす星咲が眩しい。って、なにコイツの綺麗な顔を至近距離で見たからって、クラッとなってるんだ俺。
星咲は元男だ。
冷静になれ。
「と、とにかく中に入れ」
「はーい、おじゃましまーす。同級生の部屋にお邪魔するとか小学生の時以来だなぁ」
何気に残念な発言をする星咲を自室に促す。
いつまでも、そこにいてもらっちゃ困る。外から丸見えだし、夢来が帰ってきたら大騒ぎになるからな。
「靴を脱いでっと……」
まさか、人生初の女子を自室にお招きするというビックイベントの相手が、元男のトップアイドルになるとはな……しかも窓から侵入させるとか、誰が予想できようか。
「うっわー! ここが鈴木くんのお部屋!」
「おい、小声で喋ってくれ。母さんが下にいるんだから」
慌てる俺に星咲がクスクスと笑みをこぼす。
というか……コイツは学校で顔を突き合わしてから、俺を見る度に笑ってきやがるんだよな。もしかして、俺の反応を見てバカにしてるのか?
あぁそうだろうな。
トップアイドルの星咲永留と、平均以下の男子高校生である俺が絡む機会なんて生涯で一度あるかないかの奇跡。そのありがたい恵みにしどろもどろして、有頂天に舞い上がってしまう俺の反応を見ながら心の底で嘲笑う。
魔法少女アイドルにありそうな思考だ。
「それで、天下の星咲さまが、わざわざウチの学校に転入してきて楽しかったか? 仕事まで休んで何が目的なんだ?」
「んん……学校、久しぶりでさ。やっぱりこういうの、いいね」
俺の質問には答えず、自分のブレザー制服をひとしきり眺めては『似合ってる?』なんてよくわからない質問をしてきたので無視。続いて襟元のリボンをちょちょんといじり、くるっと回ってプリーツスカートがふわりと持ち上がる。
思わず視線がもちもちすべすべの白い脚に吸い寄せられ――――っとコイツは元男だ。冷静になれ。
「元気いっぱいだな。で、質問に答えろよ」
「……一度はね、普通に高校に通ってみたかったんだぁ」
急にしおらしくなられても困る……ちょっと切ないような気まずい空気が流れる。こっちはお前の過去をほんの少しだけ、垣間見てるわけで……それはこいつも把握済みだろう。
星咲の過去、中学生の頃に気味悪がられ、不登校になった断片的な映像を思い出すが……どんな風に声をかけていいのかはわからない。
「あははっ、急にごめんね。じゃあ改めて、何をしに来たか言うね?」
「お、おう。話って何だ?」
何か嫌な予感がする。
正直、俺は魔法少女アイドルが嫌いだし、この手の展開は中学時代のトラウマを思い出す。何か裏があるのかと警戒しながら、星咲の言葉を待つ。
「まず、ボクの【継承の魔史書】をしっかり継承できてるか見にきたよ。あの時はバタバタしてたから」
「…………それで?」
「【魔史書】、出せる?」
「ほれ」
星咲の問いに、俺は簡単に【魔史書】を出現させる。昨日から俺の中にはコレがある……そういう感覚はあったけれど、何も触れずにいた。あれ以上、魔法少女アイドルに関わるつもりはないからだ。
「ボクの【継承の魔史書】は、取得と同時に身体が女の子そのものになったんだ。けれど、鈴木くんにはそういった変化が見られないから、不思議だなぁって」
「俺は女子になったら困る」
「ちょっとさ、試しにだけど【第零説】を読み解ける?」
「できない事はないが……」
「やってみてよ。ね? やってみてよ、やってみてやってみて、やってみて!」
「ちょっ、うるさいから。静かにしろ」
子供みたいにせがむ星咲に抗えず、俺は自分がどうなるかを知りながらボソっと呟く。
さっさとコイツの要望を叶えれば、より早く退散してくれるだろうと希望を込めて。
「【読み解くは第零説】――【銀白昼夢】」
「わぁ。銀髪の美幼女になっちゃったね」
【魔史書】の光に包まれた俺を星咲は眺め、そのままの感想を述べてくる。
「解いていいか?」
「解けるんだ?」
不吉なことを言うので、俺はすぐさま解除と念じる。
ニコニコと無駄に不安を煽る満面の星咲、しかし現実は彼女の思惑を外していた。無事に俺は元の身体に戻れたのだ。
「おい……おまえ、何のつもりだ? 解けなかったらどうするつもりだったんだ?」
「ん、解けるのは知ってたよ。でも、この目で見るまで信じられなくて」
「どういう意味だ?」
「【第零説】っていのは普通の【魔史書】にはないんだ。【継承の魔史書】のみに綴られる特殊な力なのだけどね」
星咲曰く――【継承の魔史書】とは先代となる魔法少女の【魔史書】から一部の能力を受け継いだり、新たな力を派生させたりするものらしい。
その継承条件が適合するのは何万分の一とも言われ、未だに【継承の魔史書】の生成法は解明されていないとか。
そんな貴重な【継承の魔史書】の最も目玉となる能力、【第零説】だが。
星咲の【第零説】は叶えたが最後、永遠に女性の身体になってしまい、解除は不可能だったとのこと。だが俺のは違い、女子になりたい時だけ女子になれる。切り替えるために適した能力になっていると推測したそうだ。
「これなら魔法少女アイドルとして活動できそうだね」
「やっぱりか」
俺の予想は的中した。
「あの時、あの場で……魔法少女になると了承はしたが……魔法少女アイドルとしての活動は、これからお前が何を言おうがしないぞ」
誰が嫌悪する魔法少女アイドルになんてなるか。
「んん。それは別に構わないよ。鈴木くんの自由だし?」
拍子抜けする返事に俺はたたらを踏んでしまう。
しかし次に、星咲の口から吐き出された内容に、俺の嫌な予感は当たっていたと嘆息せざるを得ない。
「でも鈴木くん。アイドル活動しないと、鈴木くんは死んじゃうよ?」
またコレか……。
魔法少女と関わるといくつ命があっても足りない。
「はぁ、狂ってるな……で、なんで俺は死ぬんだ?」
大きな溜息と一緒に、星咲に諦めの混じった質問を浴びせた。