「で、俺は何で魔法少女アイドルにならないと死ぬんだ?」
呆れのこもった感情を拭えないが、自分の命が懸っているかもしれない案件をスルーできない。
「えーっとね、簡単に言うと魔法少女アイドルは【幸福因子】というものを自分の生命エネルギーに変えてるの」
「その【幸福因子】がないと死ぬってわけか」
「【幸福因子】は魔法力に繋がるエネルギーだと思ってもらって構わないよ」
「その【幸福因子】とやらは何から得られる?」
「【幸福因子】は人々から採取できるんだ」
「どうやって?」
「人々を幸せにすればいいんだよ。そうしたら【幸福因子】は生まれるんだ」
ファンのみんなを幸福にする、魔法少女アイドルって素敵でしょ? と星咲は本心からの笑みで俺に語ってくる。
星咲曰く――
人がストレス、負の感情を貯め込んでいくと体内に【絶望因子】というエネルギーが蓄積されていくそうだ。それらを魔法少女アイドルはライブやイベントを通し、【幸福因子】に変換できるとのこと。歌声、パフォーマンス、トークなどでファンのみんなのストレス発散を促す。感動と情景、崇敬、幸せな気持ち、とにかくエモいと思わせると【幸福因子】が生み出せるらしい。
「だからね。ボクたち魔法少女は……アイドルとして活動して、たくさんの人達から【幸福因子】を受け取らないと、生きてはいけないんだよ」
「俺も……そうなのか……? 生きていくだけで、そんな大量の【幸福因子】が必要なのか?」
「しばらくは大丈夫だと思う。でもね」
星咲は静かに語る。
「世界ってのはそんなにも広くないんだよ。君の周りの人間を数人、幸せな気持ちにしたところで、一日で消費される【幸福因子】の量には到底間に合わないんだ」
だから……だから魔法少女アイドルたちは、必死になって人気を稼ぐ序列争いをしてるってのか。
序列が高い=人気、それだけ多くの人々を集められ幸福にすることができる。寿命となる魔法力を多く稼ぐために、今も懸命に人気取りをしていると……。
魔法少女アイドルは高齢で25歳付近だった気がする……つまり25歳までにアイドル活動を通し、一生分の【魔法力】を蓄積してないと早死にするってわけか……?
ひどすぎる。
そしてそのシビアな環境下に、俺も置かれてしまったことに落胆してしまう。
「鈴木くんから見て、魔法少女アイドルは何をやってると思う?」
星咲の物言いは世間一般の常識ではなく、ここ数日の出来事を記憶している俺の意見を求めていた。
「魔法少女アイドルたちは……変態をひそかに殺しまわっている?」
大志を殺した双子ツインテ幼女の姿を思い浮かべる。
「あとは……アンチとかいう化け物とガチなバトルをしている……?」
次にルシフェルと壮絶な戦いを繰り広げた、切継と星咲たちのことを思い返す。
「うんうん、まずはヘンタイについてだけどね」
人はストレスをため込むと【絶望因子】が蓄積されてゆく。さらにその因子が消化されずに何かの拍子で進化すると【欠望因子】へと変化するそうだ。
「こうなると、【中二病】という症状が出るんだよね。ボクたち魔法少女アイドルは【中二病】患者から、生きたまま【欠望因子】を取り除くことはできない」
【中二病】……正式な病名は【中脳核因子二次元具象化病】。
中脳は人間の運動系の重要な中継所を含まれる部位を指す。それらが活性化し、高次元的な運動能力の発揮、および二次元的な思考の現実行使化を伴う病気、らしい。
ようするに、自分の願望を果たすための能力を手に入れてしまうそうだ。その代償として感情の抑制が効かなくなり、『欲望や目的のためならば何でもする』という思考に侵され、理性や倫理が失われてしまう恐ろしい病気とのこと。
「この辺の学問は【アイドル候補生】を育成する、【シード機関】で詳細を習って勉強してね?」
そんな危険な病気が水面下で流行っているとか、驚愕の事実すぎる。
中二病の症状には段階があり、【患者】→【変異体】→【降臨】という順で悪化するそうだ。
患者状態は大志のような人間形態のままだけど、欲望に歯止めが効かなくなって暴力的になるそうだ。
次が変異体で、姿形がいわゆるモンスターのようなものになるらしい。そして最終形態が、星咲や切継、俺が戦ったルシフェルみたいのを指す。
「【欠望因子】が発症した時点で、殺さずに【幸福因子】に変換するのは不可能なんだ。あのルシフェルも死こそが自由なんて言ってたでしょう? 殺すことでしか最高の幸福を与えられないんだ……」
あとは治安維持のため、という名目もあって魔法少女アイドルは大志のような患者を、症状が悪化する前に殺処分しているそうだ。
「【欠望因子】の方が、【幸福因子】の実入りが多いのも確かなんだよね」
ファンとの戯れより、【中二病】を殺す方が【幸福因子】の吸収率がいいとぼやく星咲。
「とにかく、これら【中二病】にかかった生命体を総称して『人類崩壊変異体』と呼ぶんだよ」
今までアイドルが行ってきた『アンチ・ライブ』の実態とやらは、アイドルアンチとの戦いではなく……『人類崩壊変異体』という、人類そのものを滅ぼしかねないアンチとの戦いだったようだ。
「ストレスが……人間を壊し、世界を滅ぼす、か……」
【中二病】の原因はストレスと判明している。現政府はストレスゼロ社会を目指し、ストレスの発散やストレス蓄積を緩和させるためにアイドル活動を支援しているらしいが……。
「ストレスゼロなんて、今の社会で実現は不可能だからね……そのしわ寄せが、ボクたち魔法女子にきてるって見方もあるよね」
いくら魔法少女が魔法力のおかげで死なないと言っても、あんな風に人間を殺させたり、あんな化け物と戦わせるなんて……人格に問題が生じてしまうのではないだろうか。
げんに【アイドル研修生】の双子の妹には、やばい雰囲気があったしな。
「他にも色々とあるけれど、詳しくは【シード機関】で勉強してね。今日は君に魔法少女アイドルになるかの有無を聞きに来たんだ」
「有無って……お前の話を信じるなら、選択肢なんてないだろ」
「そうかもね? 魔法少女アイドルは、とっても素晴らしいものだよ? 君のやけに頑丈な妹さんを救えたのも【魔法力】のおかげだし?」
やけに頑丈って……まぁ、星咲の言う通り、魔法力のおかげで夢来の命は助かったけど……こいつは、なぜそんなにも楽観視ができるのだろうか。
いや星咲の過去をチラッと見れたから、美少女に焦がれているのはわかった。だけど、こんな余命を伸ばすためのアイドル活動なんて、怖くはならないのだろうか。だって、自分にファンがつかなければ死にゆく運命なんだろうに。
「星咲……お前は、どうして序列8位にまで昇りつめられたんだ? 何がお前をそこまで駆り立てた?」
他の魔法女子アイドル3000人だって、自分が生き抜くためにやっている。そんな彼女たちを凌駕し、星咲はそのトップを走っている。生きるためという理由の他に、何かなければ彼女が辿り着いた高みを手にすることは決してできないはず。
全国で8位の強者。
その強さの秘密の一端を探る思いで、彼女に質問を浴びせる。
「しいていうなら、オナニーのためかな」
「は?」
こいつは何を言っている?
「でもね、魔法少女の身体って自慰とかエッチなことしちゃうと、魔法力がものすごい消費されちゃうんだよね。ボクの頻度だと、序列300位未満の魔法少女は死んでると思うよ」
えっと、はい?
と、トップアイドルがオナニーとか自慰とか、口にするなよ!?
これだから魔法少女アイドルにロクなのがいない……そう辟易する。
「だったら、ファンをいっぱい幸せにして、いーっぱい【幸福因子】を稼いで魔法力を充填すれば問題ないでしょ?」
オナニーするためにトップアイドルがんばってきのか!?
「ルシフェル戦の敗因も前日にオナニーし過ぎちゃって……魔法力が足りなくってね? あと数回分おさえてれば、なんとかなったかもなぁ」
何を数回分抑えておけばよかったんですかねぇ……。
「あ……ボクの欲求を満たしてくれるのはキミでもいいんだ。おっと、これは名案だね。ボクと楽しいことをしよう?」
元男が初めての相手なんて、絶対にごめんだ。
いくら今は超絶美少女で、すごくお尻とか胸とか、ふぁああああっこれ以上近付くなッ!
「ちょっ、やめろって。したら魔法力なくなっちゃうんだろ!?」
いい匂いとか、柔らかそうな唇とか太ももとか、そんなので俺の理性を突くのはやめてくれ。
「んん? 君とする場合なら魔法力の減少量を抑えられるかもしれないんだよね」
こいつは元男なんだ! ただの性欲に飢えた美少女アイドル、じゃなくて性欲に飢えた男なんだ!
「安心して? ボクは元男だからさ、優しくするよ? 男の子相手は未経験だけど任せて!」
ちゃっかり色んなことカミングアウトしてくるなよ!
「逆に安心できないからな!?」
冗談だよーなんてクスクス笑っている星咲だが、目が獲物を狙う猛獣のような光を帯びているので、一ミリも安心できない。
「まぁそういうわけだから――魔法少女は恋愛禁止なんだよ」
うん?
「性的な快感の他に、なぜか恋をすると【魔法力】の消費が激しくなって、命の危険に及ぶんだ。【魔史書】の威力は増大するけどね」
恋をすれば強くなるけど、魔法力の消費が激し過ぎて死ぬ……?
「文字通り、命賭けの恋になっちゃうから基本的に恋愛は禁止」
なるほど。
魔法力を消費しないために、性欲的なドキドキはご法度ってわけなのか……。
魔法少女アイドルはビッチ集団だと思っていた。そんなイメージを覆す事実に、やはり驚愕してしまう。
本当に彼女たちは清廉潔白、純情可憐な乙女たちなのだそうだ。
「ま、抜け道はあるんだけどね?」
この性欲モンスター、星咲以外は。
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