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……正気になってから襲ってくださいはなかったな~と無事解放された夏菜は思っていた。
襲ってくださいって、自分から言うとか恥ずかしすぎるっ。
そう赤くなりながらも急いでキッチンに立つ。
「ま、まあ、とりあえず、気分直しに呑みましょうかっ」
有生が正気にならないよう、冷蔵庫から酒を次々取り出し、並べてみた。
とりあえず、その週末は酒と100均グッズを武器のように次々と繰り出し、なんとか乗り越えた。
だが、自分から襲ってくださいと言ってしまった手前、この先、抵抗することは許されないのだろうかと夏菜は帰りの車の中で身を固くする。
夏菜により、酒漬けにされてしまった有生は運転できないので、黒木に来てもらっていた。
まだ酒の残っている有生は道場に帰る道道、黒木に愚痴る。
「それでずっと飲まされ続けたんですよ。
急性アルコール中毒になるかと思った」
「こっ、断ればいいじゃないですかっ」
と夏菜は言ったが、有生は、
「だって、お前が酌をしてくれるから断れないじゃないか」
と可愛いことを言ってくる。
「ねえ、黒木さん」
と有生は運転席に手をかけ、少し身を乗り出すと黒木に訊いていた。
「結婚するんだし。
みんなの許可もあるし、もう襲っていいと思いませんか?」
気のせいかもしれないが、この人の場合、酒を呑んでいる方が温厚で性格が丸くなっている気がするのだが……。
はは、そうですねーと笑う黒木に、有生は、
「そもそも日本には昔から夜這いの習慣があるじゃないですか。
ねえ?」
と語り出す。
「夏菜、夜這いっていうのは、いきなり襲いかかることじゃないんだぞ。
まず、村の青年の会に許可を取り、相手のご両親に許可を取り、では、今夜、参ります、と言っていくんだ。
いわば、結婚の前段階だ。
俺はすべての許可を取ったぞ。
今、黒木さんにも取っている」
村の青年の会って道場の人々のことだろうかな……と思ったとき、いつもより可愛らしい有生を微笑ましく思っているらしい黒木が言った。
「そうですね。
もうよろしいんじゃないですかね」
「そうですよね。
こんなポットの湯を沸かすの忘れて、粉末スープに水をそそいで、あとからチンするような女、他にもらい手もないでしょうし。
俺がもらってやった方がいいですよね~」
……なにさりげなく人の失態バラしてるんですか。
「でも、今はなにやっても可愛いから、いいよいいよって言ってしまうんですけど。
そのうち、どつきたくなるんでしょうね~」
「そうですね~」
黒木さん……。
いつもの偉そうな態度と違い、普通の若造のように可愛らしい社長との会話が楽しくて、なんでも頷いているように見えるんですが。
「夏菜」
とこちらを振り向き、有生が言ってきた。
「黒木さんも認めてくれたのでいいか」
「……なんでですか」
と言ったときには、もう道場の近くまで車は来ていた。
ホッとしながら、
「だいたい、あなたは私のことが好きなんですか?」
と訊いてみた。
どうもただ、流れに乗って結婚話が進み、私がすぐに頷かないので、意地になっているだけのようにも思えたからだ。
「好きだが。
言わなかったか?」
と車窓の向こうに見える低い月を背に、真顔で有生は言ってくる。
いやいやいや。
そんな顔で言われると、ときめいてしまうではないですか。
こうして見ると、普通に格好いいし。
なんだか、社長みたいな人が好みのような気がしてくるではないですか。
こんな人が私のことを好きなんて、あるわけないです。
……っていうのは、ずっと思ってますよね。
ってことは、もしや、私はずっと社長が好きだったのでしょうか。
いや、そんな莫迦な……。
復讐しにこの人のところに来たはずなのに。
今、この人に復讐しようかって人がいたら、私がフローズンなペットボトルでぽこりとしてやりますよとか思っちゃってますよ。
そんな莫迦な、と頭がぐるぐるする。
そういえば、私も社長に付き合って、結構呑んでましたよ。
きっと私も酔っているんです、と思う夏菜の手を有生が握ってくる。
「初めて会ったときから……
ではないが」
「ではないんだ……」
「ものすごく好み……
というわけでもないが」
「でもないんだ……」
「なんだかわからないがお前が好きだ。
お前のいない毎日はもう考えられない。
お前がいないと騒動起こす奴がいなくて暇だからというのもある気はするんだが」
「あるんだ……」
心の声がお互いダダ漏れになりながら、見つめ合う。
「……俺はこういう人間なんで、一生のうちに、こういうセリフは一度しか言わないと思うんだが。
夏菜――。
お前を愛しているような気がする」
一生に一度なのに、そんなふんわりな発言どうなんですか、と思いながらも、夏菜は有生の瞳を見つめていた。
「夏菜、俺と結婚してくれ」
「はい」
――と言ったことを二人とも次の日、綺麗さっぱり忘れていた。
「酒はやっぱりいけませんね~」
と唯一覚えていた黒木が迎えの車で笑って言ってくる。
そ、そんな感動的なシーンが記憶にないとかっ。
もう二度とお酒、呑みませんっ!
と二人とも車の中で青くなっていた。