僕の本心だけは誰にも知られてはいけなかった。「君ってさ…本当は笑ってないでしょ?」「え?」そう聞かれたとき、僕は心から震えた。なぜなら、今まで気づかれることもなかったからだ。
僕は最近になって自分が社会的に痛い奴だという事が客観視されて来たこの社会に嫌気がさしている。いわば曲がり者と呼ばれる類の人間だ。いや、人間だったと言うべきか。僕はやっと女の子らしく優雅で清楚感を保つ方法を生み出した。いつもは一人称を僕や俺や気分によって変わることがあったが社会的に生き残る為に私や敬語を駆使し、相手の気を伺うのが得意になった。でも、家族間では女の子らしくあれない一面がある。僕の家族は誰かの概念に縛られる事が非常に好まないらしくこんなに社会に従順な娘に不思議だと感じているのだ。僕にとってはそれが当たり前で居心地がいいものでは無かったかもしれない。だが、僕の家族は何か犯罪を犯したり誰かを心から憎んではいないのだ。だから、誰からを疎まれず嫌われないのだろう。僕だって周りから注目されて期待されて生きることに生きがいを感じていた瞬間はあった。だが、今は中学校の友達とは縁を切ったし、誰も知り合いが居ない。 そんな下らない2ヶ月前の思い出はさて置き、今最っ高に困っていることがある。課題を電車に忘れてしまったのだ。うとうとしながら46分を耐え凌いでいたら重大なものを記憶に遠ざけ、失態を犯してしまった。本当に後悔している。クラスのカワイイ女の子に心配されるだろう。そして、先生には叱られ課題が追加されるだろう。 僕が優雅にホットボトルに淹れた紅茶を嗜んでいると杏樹がスカートのベルトを持って近ずいてきた。「おはよう。ねえ?成瀬、ベルトの止めるところが解れているんだけどさ…なんでかなぁ?」と、自慢話のような口調で話し始めた。僕は友達の前では猫被る癖がある。(部活動は別である)「あ、おはようございますっ今日は遅刻しなくて良かったですね。昨日、クラスメイトの女の子にスカートを引っ張られた時にホックが外れたんだと思いますよ。」と飲みながら言うと、杏樹は微笑んだ表情で「それって、紅茶だっけ?成瀬って本当に気品溢れる生活してそう。」と褒められた。僕は偶に申し訳なく思う。確かに寒色系の部屋で統一はしているが決してお洒落な生活はしていない。紅茶は無理して飲んでいるうちに好きになったタイプだ。そもそも僕は重度の甘党で砂糖をそのまま喰らうことが出来る。僕はどうしても感謝してみたくて笑顔を作って「そんな事ないですよ。朱里さんは面白い冗談を言って和ませてくれて嬉しいです。」と言ってみた。杏樹はしかめた顔して僕の席を後にして外にいる加々美先輩の方に向かった。杏樹と先輩は幼馴染らしく僕が先輩に近づこうとする素振りを見せると睨みつけて圧をかけてくる。だが、もうメール交換は部活に入った時から完了している。先輩の名前は加々美星螺という。とても優しい頼り甲斐のある憧れの人だ。 高校生活、2ヶ月目経ったある日、そんな僕に初めての大役がきた。先輩達の卒業講演に先輩の親友役として抜擢されたのだ。千晶先輩が考案した、初めてのオリジナル脚本”満月に庭園へ”を行うことにした。千晶先輩が言うには演技力よりも表情が活きる脚本らしい。卒業公演まで3ヶ月、僕は早速どんな物語か千晶先輩に聞きに行った。 聞きに行こうとしていたら後ろから千晶先輩に声をかけられた。「あ、天宮さん!マティーニ・ポーレット役よろしくね。ティファニー・アルブレットの良き友人だから、重要役だよ。天宮さんにとっては初めての役だね。」「あ、勿論です!私をこの大役に選んで下さってとても光栄です。」「どんな感じで演じる?心構えとか!」僕は自分の持つ台本を指差して「私が持ってる台本を暗記して参考資料を見ながら工夫を凝らしていきたいです!」と笑ってみると千晶先輩は顔を顰めて口を開くのをやめてしまった。僕は何か気に触ることをしたのだと勝手に思い込んでいたら千晶先輩は自習室の扉を叩いて「天宮さん…今回は何でマティーニ役に副部長である私が貴方を推薦したかわかる?」と訊かれ僕は「…期待されたから、ですか?」と聞き返した。すると綺麗なDVDを僕の胸元に押し付けてきた。「コレ見て、私が貴方に何を伝えたかったのか理解してくれる?私の口では言いたくない。天宮さんならきっと大丈夫!」そう言って昇降口に向かって歩いていった千晶先輩の背中を見て僕は一歩も動けなかった。このDVDを見て何が変わるのだ。僕はいつもどうりに、台本を暗記して、資料に従って演じるだけなのに何を今更、理解できるというのだろう。僕はティファニーの良き友人の優しくておっとりしているお嬢様をそれっぽく演じるだけだ。何も心配は要らないはずだ。前の劇場では主人公の未来を予言する賢者を演じていた。ナレーションだけだったがとてもいい経験だった。その経験を思い出せば、問題はないのだから。僕はそんなこと考えながら昇降口に歩いていった。僕は直ぐに家のテレビに貰ったDVDを入れて見ようと思った。だが、ただの映像ではなく僕たちの初めての公演を録画したものだった。僕がただ、ナレーションしただけだ音声だけでいいのにと思っていたら加々美先輩の台詞が聴こえた。「我は…この世に笑顔を取り戻したい。我とセリアは姫君の為にリップチュールを採ってくるぞぉ!」続けてセリア役の夏樹先輩が「あはは…アベリアンは本当に姫君を愛しているのだな」「ああ!愛しの恩人だからな!」その後も、見て行ったが遂に僕のナレーションが聞こえてきた。「あぁ!勇者殿!何故、その道を選んでしまったのだろう…あぁ!セリアなど居なければそなたは死なずに済んだと言うのに!」「ん…?貴方は!?賢者様!」「愚かだ…愚かだっ…!勇者アベリアン!最後の予言だ。セリアは裏切って愛する姫君、ルティーナを迎えに行く事だろう。そなたは途中で事故死したのだと説明するのだ。さぁ!勇者アベリアン!今、セリアを打ち倒し未来を突き進んでくれたまえ!」僕は唖然とした。緊迫感と殺害予告を予言してしまった失望感を感じさせる読み上げ、微かな微笑。資料を読んだり練習しただけで演技力が養えるとは感慨深い。無意識状態でこの完成度なのかと勝手に達観しているともう幕が降りていた。加々美先輩と夏樹先輩が観客の拍手の波に背中を見せたのを見て僕の心は震えた。こんな声援を浴びて、「僕は…此処にいるよ」と観客に、加々美先輩に伝えたい。僕はDVDをやめてソファーに向かいクッションにもたれかかった。
僕はハッとして目を覚ました。寝落ちしてしまった。資料を見ることも練習も何もしていない。気がつくと午後七時を時計は示していた。とうに夕日は消えているそれだけでなく月でさえ出ていない。窓に雫が垂れている。もしかしたら僕は雨音に誘われて起きたのかもしれない。僕と雨は何らかの縁で繋がっている。生まれた時に雨が降っていて父親は傘を持って待合室で待っていたらしい。僕は傘が大好きでこだわりを持って選んでいる為、他人と合いにくいデザインがお気に入りだ。僕は近くの川辺に行こうと思った。僕は密かに雨に期待を寄せている。雨は僕を正解へ導いてくれる架け橋だった。でも今は、何も成長していない私を貫き刺している壊れかけのナイフになりかけている。僕は外に出て雨音を確認していた。土砂降りとまではいかないが傘に雨粒が落ちた音を想像したらとにやけていた。僕は直ぐに飛び出して並木道を越えて川を渡る橋に向かった。傘を持って、僕は今日も独り言を言う。「僕なんかが全うできるのだろうか?ポーレットは初めての…役で、僕の最後のチャンスかもしれないのに…?誰か僕のこと”解ってくれる”人とかいないのかな。いっその事、加々美先輩が僕を心配してくれないかなぁ!あはは…」僕はそんな御託を川に向かって吐き出した。だが、どんな御託を並べようともどれだけ叫んでも僕の想いは誰にも届かず声にならない聲でさえ川によって海まで届いたとしても泡となって消えていく。風となって届いても空の彼方へ消えてしまう。どんな結末でも僕の想いは誰にも言えないんだ。ありのままでいて良いのならそうするさ、僕だってもっと素で大好きな紅茶を嗜んで友達と笑い合いながら生活したい。今なら言える気がする。「五月蝿いなぁ…クラスメイト、僕に指図すんなよ。」解けさせた糸がまた絞め殺される感覚を取り戻した。”私”は届けるんだ造られた演者を観客に、そして僕はまたここに傘を持って__ね、成瀬! 僕は口角を上げてるんるん気分で家に帰っていった。その後にしたことはまた紅茶を飲んで入浴してお肌の手入れをしてまた紅茶を飲んで登校準備をして紅茶を飲んで、僕は計三回紅茶を飲んだ。結局、雨で浄化されたとて自分勝手で、何も変わりやしないんだ。部活動の仲間に何か言われても自我が強すぎて上辺の言葉だけの返答で中身は何も変わってくれないんだ。全部、他人任せの僕にようやく気がついて頭が真っ白になった。そんな大事を見過ごして今まで平常心を保ってきた過去の僕に嫌気がさしてベッドに向かうことが出来ずにただ立ちつくしていた。正直、もう睡魔が襲ってくるのと同時に深夜テンションと呼ばれる症状もくる。僕は急いでソファーに顔を埋めクッションを枕にしてうつ伏せにスマホをいじって雨の音を耳に届けた。すかさずソファーの置くスペースにあるイヤフォンを挿した。簡単な話だ、自然ASMRを聴く事が出来ればいらない情報を頭から追い出すことが出来る。聴いていたのだが段々と瞬きの回数が増えてきた。意識が途切れる寸前のところで何故か涙が流れてきた。腕で拭っても拭っても落ちてくるしょっぱい水を飲んで意識が完全に飛んだ。 僕は朝日で目を覚ました。丁度、窓から虹がかかっていた。今日もインスタント麺様にお世話になった僕は駅に向かう準備をした。今日は休日部活動だからいつもより遅くてもいい訳だが、今日は打ち合わせが予定されている。千晶、加々美、夏樹、成瀬(僕)、漆谷、舞顧問が参加する予定だ。他にも、筆記係の美月さん映画部の副部長長、晴君が参加するらしい。部室はエアコンが壊れているのでカイロと温かい紅茶を持っていこう。今日はアールグレイを紅茶を淹れた。爽やかでふんわりと深い香りが鼻を通って頭をスッキリさせた。僕は代官高校指定のナップサックの中にホットスタンドを入れて駅に向かった。歩いている途中で雨が降ってきた。当然、傘は持ってないがナップサックの中に折りたたみ用傘は常備している。取り出した傘を差し、駅のホームで電車を待っていると駅の案内放送が流れた。「~♪♪えーただいま七時十分普通電車、にわか雨の影響を受け五分の遅延が発生しております。皆様は屋根のある位置まで行って頂き待機して頂けることを推奨いたします。~♪♪」たかがにわか雨だと思っていた。傘に落ちる雨粒の量が増えていってる事や落ちていく音が大きくなっているのでそうかもと思っていた。やはり、急激に降る雨というのは耳に心地のいい刺激音を届けてくれる。僕は移動して雨が当たらない位置でスマホを手に取った。すかさず僕は加々美先輩に連絡した。「先輩、遅延で少々遅れます。駅の案内放送で遅延情報を受け取りました。」と送るとおおよそ二分で連絡が来た。「あ、天宮さん!大丈夫?遅延ってどこの電車?どこの駅?」「普通電車です。駅は渡瀬駅から代官駅の40分かかる電車に乗る予定でした。五分らしいのであと二分五十七秒で電車が到着します。」「あ、舞Tに連絡飛ばしておくね。もう私達、着いて歩いているから!」「はい、わかりました。」そんなこんなで電車のブレーキ音がいつもより響いていた。手で耳を塞い出ていたが手を貫通して音がガンッと入ってきた。五月蝿い、とイラついていると待機していた位置に丁度よく電車の開閉ドアが目の前に来た。僕が通ろうと歩いていた時、背の小さい少年が親が僕の前を通っていった。僕は開閉ドア付近でイヤホンをつけながら音楽を聴いていたらその親子が話していた。気になってイヤホンを片耳外して聞いてみるとこれから行く水族館の話をしていた。「父さん!レインコートとレインブーツがぐしょぐしょだよっ!これじゃあ…シャチさん見に行けんだ…父さん!」「こら、電車内では疲れてる会社員の方やこれから出勤する人もいれば、学校に登校する学生もいるかもしれないだろ。空気感を察して静かにしなさい。」「しゃっ、きん?くうきかん?お金の匂い?」「違う、出勤だっ!あ、すみませんっ…!!」「父さんはマナーがなってないなぁ(笑)」「優馬!お前…」僕は思わず微笑ましいと思って今までの積もっていたストレスが一掃された。周りの乗客もくすくす笑っていて微笑ましそうな朗らかな雰囲気が留まっていた。おその親子が手を繋いで出ていったのを確認して僕は今の時間を調べた。スマホの時計は七時三十八分に変わっていた。あともう少しで代官駅に着く。徒歩五分で着くから走れば十五分の遅刻で済む。だが、僕は傘を本能的に差したくてたまらなかった。結局葛藤の中で差してしまった。雨の音はやはり不必要な想いを忘れさせてくれる。雨音に癒されながら僕は昇降口付近に着いた。もう時計は二十分を指していた。結局のんびりして十三分も遅刻してしまった。急いで部室で利用している教室に入ると加々美先輩がスマホをいじりながら参考書をペラペラとめくっていた。僕が入ってきたのに気がついてスマホを弄るのをやめてこっちに視線を向けた。「あ、成瀬ちゃん♪早かったね!先生方は、にわか雨の影響で濡れて使えなくなった舞台を掃除してるよ。昨日の運動部が窓を開けっ放しにしてたんだって。ねぇ!せっかくだから成瀬ちゃんと対面で練習させて貰えないかなぁ?」僕は咄嗟に昨日、全く練習出来なかったことを伝えた。すると加々美先輩は僕の方に台本を見せて来た。あぁ、見ながら読めということを示しているのだな。「どこからですか?」「マティーニの台詞が終わった、胡桃の森でティファニーと初めてであったシーンから。つまり、五ページ目くらいかな」僕は咄嗟にその言われたページ開いた。そこの台詞はマティーニの独り言だった。僕はセリフを読み始めた。「あぁー、とってもいい天気ですね!空気が美味しくて…何より、今宵は満月(満たされる宵)の夜。こんな胡桃のいい香りを吸えるのはあと何回だろう。私は、アイリス嬢の元に住まわなければならない。嫌ですね。私は何を迷っているの?」そう話したあと、僕の方を見て最後の台詞を指さして聞いてきた。「天宮さん、この台詞最後に読んで欲しい。」僕は大きく息を吸って台詞を読もうとした。だが、声が上手く出ず僕は吐息をはぁ”と吐き出してその場で崩れてしまった。その行動に僕は見覚えがあった。深く記憶を辿っているうちに胃酸が口の中を巡った不快感が走った。