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pnside
午後の病室は静かで、雨の匂いが部屋中漂っていた。
昨日、初めて車椅子に乗って病院を回ったときの光景がまだ胸に残っている。
窓から差し込んだ光、先生の隣で感じた温かさ。
その余韻に包まれながら、少しだけ未来に希望を見いだしていた。
けれど今日の先生は、いつもとどこか違って見えた。
いつもみたいに柔らかな声で話しかけてはくれず、距離を測るように病室の隅に立っている。
pn「今日も少し車椅子の練習する…?」
問いかけても、先生はすぐには答えてくれなかった。
その沈黙に胸がざわつく感覚に陥る。
rdside
昨日の笑顔が、頭から離れなかった。
車椅子の上で「生きてて良かった」と言わんばかりに笑ったぺいんとくん。
もちろん本音は彼にしか分からないのだけど。
けれどその顔を思い出すたびに胸が跳ねる。
だが、それは俺に許されない感情。
だから、今日からは距離を取ると決めていた。
これ以上近づけば、俺はきっと一線を越えてしまう。「好き」と伝えてしまうから。
rd「……今日は、やめておこうか。無理は良くない」
努めて冷静に言葉を選ぶ。
それが正しい対応だと自分に言い聞かせながら。
pnside
胸が少し痛んだ。
「無理は良くない」
先生がそう言うのはいつものことのはずなのに、今日の声はどこかよそよそしい。
pn「……そっか」
短く返すと、会話が途切れた。
先生はカルテに目を落とし、淡々と記録を書きつけている。
顔を上げてくれることはなく、その背中に見えない壁を感じる。
昨日はあんなに近くにいてくれたのに。
どうして今日は、こんなにも遠いんだろう。
先生と一瞬だけ合った瞳はいつものような温かさを失って冷たく鋭いものに変わっていた。
rdside
カルテの上でペンを走らせながらも、視線の端に彼の沈んだ表情が映る。
それを気づかないふりをすることが、こんなに苦しいなんて思わなかった。
rd「……今日は少し休もう。俺もこのあと別の仕事があるし。」
pn「…. ッ 」
そう言ってカルテをしまった。
わざと事務的に聞こえるようにして冷たく吐いた。
医者と患者という線を引くために。
けれど心の奥では、今すぐ「そんな顔をしないで」と言いたかった。優しくそのふわっとした髪を撫でたかった。
そんな欲望を飲み込むことでしか、自分を保てなかった。
本当に弱い人間だな。
pnside
胸の奥がきゅっと縮む。
先生は俺を見ないまま扉に向かって歩いていく。
pn「……わかった」
声は震えていた。
引き止めたい気持ちを必死で抑える。
けれど抑えれば抑えるほど、涙が込み上げてくる。
優しく微笑んで欲しい、目を見てほしい、隣に座って欲しい。
欲は止まることを知らず出てくるのにいつも言葉には出てこない。
先生がいつも座っていた俺のそばにある椅子はどこか寂しそうだった。
がたん ッ ヾ
やがて先生は病室から出ていった。
扉が閉まる音が響いた瞬間、胸の奥がじんと傷んだ。堰 を切ったように涙が溢れた。
寂しさを埋めるように土砂降りの外の景色をみていたら、堪えていた涙は限界を迎えた。
pn「……なんで、俺ばっか ッ 、」
昨日までの温かさが幻だったみたいに思えて、胸が裂けそうに痛かった。
手の骨は折れているから使い物にならなくて、涙が拭えなくて布団に水玉模様を作った。
ひたすら目から溢れる涙をこぼすだけだった。
久しぶりの涙は今までとは違って感情が籠った涙だった。
ここに来る少し前は涙が出ていても理由なんか分からなかった。もう辛いとかそういうのじゃなかった。
特にいじめられていた訳でもないし友達だっていた。
でも誰も俺のことを見ているようで見ていなかった。
誰かに見てほしかった。
誰かに見てほしかったからこそ、最近は先生が俺のことをよく見てくれていて、今だって本当は前みたいに戻ったはず。
… でも、1度その暖かさに触れてしまったからもう俺はこんなことで傷ついてしまう。
結局、目が合ったのも1回だけだったな。
rdside
廊下に出て、ゆっくり扉を閉める。
歩き出そうとした足が、どうしても動かなかった。
一刻も早くここから立ち去りたかった。空気が重すぎる。痛い。辛い。
背を扉に預ける。
そのとき、嗚咽が聞こえた。
扉一枚隔てた向こうで、彼が声を上げて泣いている。
俺は拳を握りしめた。
入って慰めたい。
でも、それをしてはいけないと頭が言ってくる。
俺がこんな感情を抱いたからいけないんだ。
初対面から少しの間無愛想な子だったから、心を開いてくれたのが嬉しくて、もっとその笑顔を見ていたくて。
その笑顔に甘えて、欲張ったのは俺。
患者として守るべき距離を、俺の心が壊してしまった。
思い出す度に胸が苦しくなる。心臓が苦しい。
rd「……これでいいんだ」
声に出しても、胸の痛みは増すばかりだった。
冷たくしたはずの自分自身が、誰よりも苦しんでいる。
けれどそう自分に言い聞かせることでしか自分を保てなかった。そうでなければ全て崩れてしまうようながした。
それでも動けず、ただ扉越しに彼の泣き声を聞き続けるしかなかった。
けれど扉の向こうで泣く声は、思っていたよりずっと長く続いた。
短い嗚咽で終わると思っていたのに、まるで心の奥に溜め込んでいたものを吐き出すみたいに、止まらなかった。
そのたびに俺の胸も抉られる。
「俺が泣かせてる」
そう理解しているのに、何もできない。
もしここで声をかけてしまえば、彼は一瞬でも救われるだろう。
けれどそれは、俺のための救いでもある。
医者という役割を超えてしまえば、その瞬間からすべてが崩れる。
患者のためではなく、自分の欲を満たすために傍に寄り添うだけの人間になってしまう。
その恐怖が足を縛る。
廊下には人の気配もなく、静かすぎる。
聞こえるのは時計の針の音と、扉の向こうの泣き声だけ。
俺はその場に釘付けにされたまま、時が過ぎていくのをただ耐えるしかなかった。
どうしてこんなふうになった?
胸の内で繰り返す。
もっと冷たく、もっと最初から線を引いていればよかったのか。
いや、あの笑顔を見てしまった時点でもう遅かった。
扉に背を預けながら、目を閉じる。
暗闇の中で浮かんでくるのは、昨日の彼の笑顔だった。
その光があまりに眩しかったせいで、今の涙は余計に胸を刺す。
俺は動けなかった。
彼の声を聞きながら、拳を震わせるだけだった。
𝙉𝙚𝙭𝙩 ︎ ⇝ ♡1000 💬1