pnside
午後の病室は雨上がりの匂いに包まれていた。
最近は天気が不安定で雨の降る日が多い。
昨日、一人きりで泣いたあの夜からまだ一日しか経っていないのに、ずっと前のことみたいに胸に残っている。
先生の背中、閉まる扉の音、その冷たさ全てを吐き出すように布団に顔を埋めて泣いた自分。
その余韻が重くのしかかって、今日の空気はどこかよそよそしい。
先生が病室にいるのに、目を合わせられない。
視線を交わしたらまた冷たく突き放されるんじゃないか。
そんな恐怖ばかりが先に立って、口も心も固まってしまう。
本当は、一昨日みたいに車椅子を押してほしかった。
外の景色を一緒に眺めたいと思っていた。
けれど、言ったら迷惑かもしれない、という不安に飲まれて、何も言えない。
rd「……体調はどう」
やっと聞こえた先生の声は、昨日よりも少しだけ柔らかい気がした。
それでも胸がきゅっと痛む。
優しいのに、どこかぎこちなくて、安心しきれない。
pn「……大丈夫」
そう一言だけを返した。
それ以上言えば、何かが壊れそうで。
rdside
昨日の泣き声が耳から離れない。
扉を隔てて聞いた嗚咽。
あの声が何度も何度も蘇ってくる。
俺は医者。ぺいんとは患者。
患者を支えるはずなのに、誰よりも彼を苦しめている。
それが分かっているのに、正しい距離が分からない。
昨日決めたはずなんだ。
これ以上踏み込まない、線を引くと。
それが彼のためになると自分に言い聞かせた。
でも目の前で、かすかに俯いて小さな声で「大丈夫」と答えるぺいんとを見ると、決意はぐらつく。
彼の目は、まるで「助けて」と言っているように見えた。
rd「……無理してない?」
優しい声を出したつもりだった。
けれどその響きが自分に跳ね返ってきて、苦しかった。
ぺいんとは小さく首を横に振る。
その仕草があまりに弱々しくて、胸の奥が痛む。
pnside
先生は優しい声をかけてくれるのに、やっぱりどこか遠くに感じる。
昨日まで隣で微笑んでくれた人が、今は壁の向こうにいるみたいで。
手を伸ばしたら触れられる距離にいるのに、手を伸ばすのが怖い。体が動かない。
俺は弱い人間だから。本当に弱いんだ。
冷たい沈黙に耐えられず、口が勝手に動いた。
pn「……やっぱり俺なんて」
言った瞬間、自分で後悔した。
けれどもう止められない。
心の奥から零れ出た言葉は、どうしようもなく重かった。
rd「……ぺいんと」
感情が汲み取れない声色で名前を呼ばれる。
その声に心が揺らされた。
rdside
彼の言葉は、鋭く突き刺さった。
「俺なんて」
どうしてそんなふうに自分を切り捨てるんだ。
その表情を見ていると、胸が裂かれそうになる。
気づけば口が勝手に動いていた。
rd「…傷つけたいわけじゃない」
それが俺にできる唯一の言葉だった。
愛してるとも、好きだとも言えない。
でも、それだけは伝えたかった。
ぺいんとの肩がわずかに震え、顔が少し上がる。
その表情はほんの少しだけ和らいでいて、俺の心を揺さぶった。
rd「……今日も無理はしなくていい」
声がかすれる。
彼のために言ったはずなのに、自分を慰めるみたいで苦い。
pnside
rd「ここにいるから」
その一言で、胸の奥がじんわりと温かくなる。
それは以前の感覚と似ているけれど決して同じではなかった。
同時に、遠さを感じる自分もいた。
ここにいると言っても、先生はやっぱり1枚の分厚い壁の向こうにいる気がして。
嬉しいのに、不安。
救われるのに、怖い。
そんな矛盾が胸の中で渦を巻く。
でも確かに、少しは救われた。
だから俺は小さく頷いた。
涙が出そうになるのを必死で堪えながら。
そのとき、先生は少し息を吐くように笑った。
ぎこちないけれど、確かに俺の方を見てくれていた。
その笑顔に胸が熱くなる。
pn「……ありがと」
小さく呟いた声は、雨上がりの光に溶けて消えた。
rdside
その「ありがとう」が、心に強く響いた。
本当は俺の方が感謝しなければならないのに。
彼がここにいてくれること、その存在に救われているのは、俺の方なのに。
でも俺は言えなかった。
「俺も」と答えられなかった。
言ってしまえば何かが壊れる。
また医者と患者の距離感を間違えてしまう。
そうしたら再び彼を傷つける。そんなことしたくはない。
だから今日もまた、曖昧な笑みでごまかした。
病室に漂う気まずさから目を背けるように窓の外を見ると、雨雲の隙間から夕陽がのぞいていた。
それは美しくて、けれどすぐに沈んでしまう儚い光だった。
いつ雨が降ってもおかしくない。隙間から射す光はすごく明るく東京の町を照らした。
それでもどこか不安定な天気。
まるで今の俺達みたいだ、とふと思った。
𝙉𝙚𝙭𝙩 ︎ ⇝ ♡1000 💬1
コメント
2件
うぅ〜(´;ω;`)両思い(?)なのに、、、もはやこれは泣かせに来てますって(ボロ泣き)