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レベル4 畠山 里香
あれから二年の月日が経った。私は今、エレベーターの前にいる。午後の夏空からは雨がしとしと降りだしていた。大切なものを失いすぎてから、長い時が流れ去っていった。
でも、私の中では時間はそれほど経ってはいない。
いや、むしろ短い時間だったのかもしれない。
もとは西村 研次郎の家だった焼け跡は、いつの間にか市営住宅が建っていた。
この市営住宅の地下には、黄色い警告テープが張り巡らされたエレベーターが今もあるのだ。
急速な町の復興の渦にここも流されたのだろう。
町はドーナツ化現象によって、人口増加の流れも激しくなっていたのだ。
エレベーターが下から上ってくる。
いよいよだ。
開いた扉から中へ入る。
「level 4へ……」
私は階下へのボタンを雨に濡れた人差し指で押した。
「レベル 1……」
エレベーターはゆっくりとだが、確実に降りている。
本当はここへは来たくなかった。
そんな葛藤と悪夢の日々だった。
覚めない悪夢から逃れるため?
そうなのかも知れない。
誰にも言っていないわけではないけれども……。
信じられる人は少なかった……。
「レベル 2……」
本当は怖くて仕方がない。
けれども、私の悪夢で歪んだ日常はそれよりも怖かった。
降下する音が激しくなった。通常よりも更に地下へと降りているからだろうか?
「レベル 3……」
私は地下5階のボタンを押した。不思議だが、一階ずつずれているのだ。そう、聞いたのだ……。
西村 研次郎から……。
「レベル 4……」
エレベーターの扉が開いた。
外は何かの薄暗い倉庫のようだった。機材がそこかしこに置かれ、幾つもの棚の上には黒い箱が置いてある。所々、オイルの臭いがしている。私は今、通路にいる。狭い通路になっていて、壁に棚が設置してあった。無人の通路には、奥から機械音がここまで聞こえる。
「なんの機械?」
ここまでは西村 研次郎からは聞いていない。彼は病院でひっそりと息を引き取ったのだ。
と、機械音が奥からこちらに近づいてきた。この音は、まるで……。
ドシン、ドシン、ドシン。
足音が近づいてくる。
わかった!
この音って!
逃げなきゃ! いや、隠れなきゃ!
私は通路の曲がり角にある大きな棚の後ろに隠れた。そっと、息を潜める。
案の定。想像した通りの物体が通り過ぎていく。
その数。五体も。
緑色のブルーシートを羽織り、鉄でできた大きな体格、鉄製の黒い顔はセンサーなのか、異様な目が二つついていた。
それは、人型機械だった。
そういえば、西村 研次郎は酷くうなされ、うわごとのように、息を引き取る直前にこう言ったんだった。レベル 4には殺人空間がある……と。
私は怖くて耳を半ば塞いでいたのだ。しかも、そこは人間の死体を下へと送り込む様々な機械があるのだそうだ。もっとも生命に危険な空間だと西村 研次郎が言った。それがレベル 4だ。
「機械を止めてくれ。冴子のために……」
それが、西村 研次郎の最後の言葉だった。私の手には今もカギとネジがある。何としても機械を止めなければいけない。 ドシン、ドシンと、五体の人型機械が通路の角まで行きつくと、向きを変える。
こちらと目が合った。いや、センサーが焦点を当てた。
途端に、パンッと発砲音がした。
「キャッ!」
私のいた床に穴が空いている。見ると、人型機械の片手は拳銃の形をしていた。
は、早く逃げなきゃ!
私は人型機械が元来た通路の奥へと全速力で走り出す。銃声が後ろから数回鳴り響いた。弾丸が私の脇を飛んでいく。
あれは、もしかして警備ロボット?
そんな気がした。
多分、このレベル 4の奥には……。
更に命に危険なものが……? 私はかなりの速さで走りながら、そんなことを考えていた。
足には自信があるが、この先って……?
戦慄も私の背中を走り抜けていった。
キューーーン……!
私の脇を弾丸が通り過ぎていく。
幾つかは金属製の壁に当たって、火花と共に弾けていた。
私は前方の透明な扉を開ける。
中は白一色の空間だった。
ちょうど、私という格好の的が走るには持って来いの場所だろう。だが、私の足はかなり速いのだ。
真横からも弾丸が数発飛んできた。
…………
私は走る。人型機械が数十体も私を遠巻きに囲みだしていた。
白一色の空間は広大で、全速力で走っても奥へはまだ到達しなかった。
「ハッ、ハア、ハッ……あっ?!」
どうやら、私の足に人型機械はついてこれないようだった。人型機械の腰には、コードがついているのだ。
電源はコードレスではないようだ。
これなら、立ち止まらない限り弾丸は私に当たらないはずだ。
足には自信があった。
私はやっと、白一色の空間の奥へとたどり着いた。
重厚な金属でできた高さ3メートルの扉が目の前に聳え立った。
扉を開けようとすると、中から大きな子供の声がしたので、私は一瞬訝しんだ。
その声は、誰かを呼んでいるようだった……。