テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
鏡の中の幸村さんは、僕の方を振り返り、小さく口を動かした。 何かを呟いたらしいが、音まではこちら側には伝わってこない。
と——幸村さんは、こちらへゆっくりと歩み寄ってきた。
これ以上近寄ると、カメラならぬ鏡面にぶつかってしまうのではないか、というところで立ち止まる。
僕と幸村さんは、ミラー越しに向かい合った。
幸村さんはしばらくこちらを睨みつけた後で、すっと両目を閉じた。
額に横一文字の線が引かれ、三つ目の眼球が姿を現す。
黄金色の瞳が僕と、由宇の姿を順々に捉えるのがわかった。
少しの沈黙の後——僕の脳内に、突然、幸村さんの声が響き渡った。
『修さん——それに、由宇さんもそこに居ますね?私の声が聴こえますか?』
「はい!聴こえます!」
勢い込んで、僕は返事をした。
隣の由宇は、ビクリとして周囲を見回している。
「だ、誰……?」
どうやら、鏡の映像は見えずとも、幸村さんの声は聴こえているらしい。
『たった今、修さんの記憶を読ませてもらいました。いろいろと言いたいことはありますが、とりあえずは後回しです』
少々——いや、だいぶ不機嫌そうな声だ。
反射的に謝りかけたが、それを遮るようにして声が続ける。
『私は今、あなた方の地元を流れる川の、河川敷へ来ています。最後の門が開いているのはこの川の底です』
「川の底!?」
『ええ。そしてこの門は、そちらの世界を流れる川と繋がっています。あなた達が今居るところ——境界街から少し離れた場所にある川です。いいですか、修さん。こちらの世界の夜明けまでに、何とか門を潜って戻ってきてください』
「夜明けって——一体、あとどれくらいですか!?」
『おそらく、一時間あるかないかでしょう』
「そ、そんな!」
一時間のタイムリミット。
廃ビルでの冒険と同じ条件だが、あれはあくまで、クリア可能な〝ゲーム〟だった。
現状、森から抜け出す方法だってわからないのに、無茶もいいところだ。
『無茶は承知の上です。あなた達に協力している、ナギという少女——変身した彼女の背に乗って、川まで向かってください』
幸村さんがそこまで言った時、鏡面が再び揺らぎ始めた。
『門の位置は——あなたと由宇さんが——力を——合わせ——れば——……』
「幸村さん!?幸村さんっ!」
僕の呼びかけも虚しく、波紋の広がりと共に、幸村さんの声は小さくなっていく。
やがて、幸村さんの声は完全に途切れ、鏡面にはまた違う人物の姿が映し出された。
武器屋の堕天使だ。
相変わらず店は暇なようで、テントの前で欠伸をしている。
僕は必死に、鏡に念じた。
さっきの人を、もう一度お願いします。
鏡が揺らぎ——もう一度、両親が映し出される。
「くそっ」
この人達じゃありません。
僕の知り合いの——白い着物を着た、若い女性をお願いします。
——その願いは、ある意味では叶った。
新たに映し出された人物を見て、僕は思わず悲鳴をあげそうになった。
白と青を基調とした、涼しげな浴衣。
病的に白い肌に、乱れた黒髪。
そして、糸で縫いつけられた両目。
それは、市場の公衆トイレの鏡の中に現れた、鏡の中にしか映らない女だった。
女が居るのは、コンクリートの壁に囲まれた、どこかの廃墟の一室らしかった。
女の前には、一人の男が、仰向けで転がっていた。
男は全裸で、その両腕と両足は、折れているらしくおかしな方向へとねじ曲がっている。
そして何より異様なことに——男の顔は、西瓜だった。
真ん丸なフォルム。
鮮やかな緑の中を走る、黒の縞。
まごうことなき西瓜である。
西瓜男の胸は微かに上下しており、どうやら生きてはいるらしい。
一方の女の手には、重量感のある、ごつごつとした棍棒が握られていた。
女は位置を確かめるように、西瓜男の頭部を棍棒の先でトントン――と軽く叩いた。
——西瓜割り。
その単語が頭をよぎった次の瞬間、女は棍棒を天高く振り上げた。
目を逸らす暇もなく、勢いよく両腕が振り下ろされる。
棍棒の直撃によって、西瓜は四散し、首から下の肉体がビクン、ビクン、と痙攣を始めた。
「うわっ——」
僕は思わず、声をあげて後ずさりした。
と——その瞬間。
女が突然、顔をあげてこちらを向いた。
口の両端が、ニイイ、と嬉しそうに歪む。
こっちに気が付いたのか?
いや、まさかそんな——しかし、幸村さんだって気が付いたわけだし——
焦りの中、様々な思考が頭を駆け巡る。
「ねえ、どうしたの?」
傍らの由宇が、不安そうな声で僕に尋ねる。
「あ、ああ——いや、今、鏡に変な女が——」
チラリと一瞬だけ由宇を見て、再び鏡に視線を戻した僕は、思わず息を飲んだ。
鏡面には、もはや廃墟は映っていなかった。
映っているのは普通の鏡と同じ、正面に立っている僕と由宇の姿だ。
しかし——鏡の中の僕らの顔は、西瓜へと変わっていた。
そして僕らの背後には、例の女が棍棒を振り上げて立っていた。
考えるより先に、僕は由宇を突き飛ばしていた。
「きゃあっ!?」
由宇の悲鳴が響き渡る中、反動を利用して、僕も反対方向へと転がる。
——ブオン。
棍棒が風を切る音。
続けて、ガシャアン、と大きな音が周囲に響き渡った。
僕は上体を起こしながら、もう一度左目を覆い隠す。
辺りを見回すが、女の姿はどこにも見当たらない。
数秒の沈黙の後、僕はふう、と大きく息をついた。
どうやら、消えてしまったらしい。
しかし、安心したのも束の間だった。
「修君!鏡が……!」
由宇の声に我に返り、僕は慌てて起き上がった。
先に立ち上がっていた由宇と並んで、鏡を確認する。
鏡は棍棒での一撃を受けたにも関わらず、倒れるどころか、少しも動くことなくその場に立ち続けていた。
しかし。
「そんな……!」
その鏡面には全体にかけて大きな罅が走っており——その後何度試しても、もはや何の映像も映ることはなかった。
コメント
1件
うわあ…最後の鏡の罅、心臓に悪かったです💦 西瓜割りの描写が生々しすぎて、読んでるこっちまで息が止まりました。 由宇ちゃんを咄嗟に突き飛ばした修さんの反射神経、かっこよかった…! でも鏡が割れちゃって、幸村さんとも連絡取れなくなっちゃったし、タイムリミットまであと1時間もないし…絶望感がすごいです。 次の展開が気になって仕方ないです😭💔
#怪異
阿炎快空
123
リユ
232
#ダークファンタジー
阿炎快空
82
阿炎快空
111