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冬の朝菊/イチャイチャしてるだけ
はあ、と息を吐けばソレは白く曇って、空へ消えていった。室内であるのにも関わらずもう既に寒さを感じながら、出口へと歩みを進めていく。機械音がして自動ドアが開くと同時に、一気に冷気を顔全体に感じる。思わず目を閉じて、眉を顰めた。再度開けた視界に入ってきたのは一面の雪景色。眩しいほどのそれは、アーサーにとっては珍しいものであった。
「…あ、アーサーさん!!」
コートのポケットに手を突っ込んで立ち止まっていれば、ふとそんな声が聞こえる。そちらを向くと、予想通りの人物がいた。白い雪に映える美しい黒髪、それと、いつもよりは幾段か暖かそうな外着を羽織っている彼は頭上で大きく手を振っていた。少しだけ微笑んで、アーサーは彼へ近づいて行く。
「長旅お疲れ様です。こんなに雪が降ってる時期に…大丈夫でしたか?」
「おう。イギリスは滅多に雪なんか降らないから、物珍しくて…楽しい方が強いな」
「そうですか……それは、嬉しいです」
にこりと菊は笑った。そして、彼はアーサーを再度見てかすかに目を見開く。仄かに笑って、袖元から何かを取りだした。
「顔も守った方がよろしいですよ。せっかくの高いお鼻がちぎれてしまいますから……」
「…ちぎれないだろ」
さて、どうでしょうと彼は楽しそうに笑った。先程取り出したのはマフラーだったようで、丁寧にアーサーの首元へとそれを巻いていく。見ているだけではつまらないので、未だ微笑んでいる菊の耳へ手を寄せた。
「…冷たっ……、お前こそ、大丈夫か?」
「あら、お恥ずかしい…。でも、結構慣れてますからわざわざお気にかけることありませんよ」
そう言って、菊は自分の耳を心配する訳ではなく、それに触れたアーサーの手をぎゅっと握りしめた。
「あぁ、暖かい」
綻ぶように笑い、1度強く握ってから菊は手を離した。そして、僅かに高い位置にあるアーサーの顔を見上げる。2人の目が合った瞬間、彼はにこりと嬉しそうに微笑んだ。その菊の笑顔に、アーサーはドッと大きく心臓を震わせ、口を一の字に結んだ。そんな彼は幾度か目線をうろつかせたあと、何かいいものを見つけたように口角を上げた。
「…んむ」
「はっ、鼻真っ赤。お前の方こそちぎれそうだ」
笑ったアーサーに、きゅっと鼻をつままれる。その声に棘はなかった。心配性なのにそれを表すのが苦手な彼は、いつもそういった言い回しをする。菊は知っていた。反論しようと彼は口を開くが、鼻をつままれているには上手く話せないのでまた口を噤む。じとり、と睨みあげるようにアーサーを見つめれば、少しだけ困ったような色をうかべた。
「…待たせたか?」
「……」
「こんな赤くなっちまうまで…ごめんな」
打って変わって、彼は菊の鼻を親指の腹でそおっと撫でた。慈しむような彼の手は同じように暖かかった。
「…………いいえ、」
彼の労るような言葉は、今の菊にはよく効いた。何ヶ月ぶりかの再会。まさか泣くようなことはないだろうとは思っていたが、いざ彼のこの優しい言葉と声色を聴くと、涙腺が緩んでしまう。思わず菊はじわり、と瞳に薄い水膜を張らせていた。
「ふふ、泣くなよ菊」
「…泣いてません」
そんな彼に気付いたのか、アーサーは人目も気にせず、菊を力強く抱きしめた。いつも、アルフレッドやルートヴィッヒの隣にいるからか薄く見えるその体は、菊が視認していたそれよりずっと厚くて、たくましかった。筋肉が外面に現れにくい菊はそれを羨ましがりながらも、遠慮なくアーサーの肩に顔をうずめた。
「久しぶりにお前に触れられて嬉しいよmy love」
抱きしめながら、アーサーは菊の頭をゆっくりと撫で始める。当の菊も、それを嬉しそうに受け入れていた。彼がもし猫であれば、喉がゴロゴロと鳴り止まないだろう。それほど満足そうに菊は微笑んでいた。
ふと、菊は顔を上げた。そして、恥ずかしそうに視線をうろつかせたあと、なにか決心したのかアーサーを見上げた。へにゃり、とぎこちなく菊は笑いかける。
「…私もですよ、愛しい人」
そうぽつりと零した愛しい恋人の唇を、アーサーが塞ぐのは数秒後の話だ。