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テラーノベル(Teller Novel)
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アドヴェントカレンダーも残す所あと少しとなった土曜の午後、ウーヴェ・フェリクス・バルツァーの家は、初めての大勢の人の来訪を受けていた。

間もなくクリスマスを迎える街は緑と赤と電飾に飾り立てられ、あちらこちらでは大小に関わらずクリスマスマーケットの屋台が出ていて一年を通して最も華やぐ時期だったが、そのクリスマスイブに今日の主役でありウーヴェの付き合い出してまだ日の浅い恋人、リオンが生を享けた。

二人で過ごすリオンの初めての誕生日はまだ先だが、リオンの同僚達が週末を利用して少し早いパーティを計画し、その誘いがウーヴェにも回ってきたのだ。

その連絡をウーヴェが受け取った時に真っ先に思い浮かんだのは、誕生日パーティーを誕生日より前に行うのはどうなのかという疑問と、どうしてリオンの職場の人間が自分に連絡をしてきたのか、ひいては自分との関係を知っているのかと言う事だった。

その答えは連絡を寄越したヴェルナーという男が、リオンにはナイショにしておいて下さいと言う言葉とともにリオンから聞き出したと教えてくれた。

ウーヴェとしては隠すつもりはなかったが、だからといって職場で大っぴらに言って欲しいとは思っていなかった。だがリオンはどうやら別の意見を持っていたようで、その見解の相違から危うく大げんかに発展しそうだったが、こんな事でケンカをするバカバカしさに気付き、触れるだけのキスでお互いを許し合ったのだ。

それからはどうやらリオンに同性の恋人がいる事が公になったが、それによってリオンが不愉快な目に遭ったりする事はないようだった。

だがどうこう言っても恋人の誕生日を彼の同僚達とともに祝ってやれるのは嬉しい事で、リオンにはナイショにと何度も繰り返すヴェルナーに分かったと伝え、良ければ家でパーティをすればいいと伝えたのだ。

料理や飲み物は各々が持ち寄ってくれれば家でやってくれても良いとも言えば、電話の向こうで暫く沈黙が続いた後、ヴェルナーとは別の声でダンケと何度も繰り返された。

その声が何度か顔を合わせた事のある刑事だと気付いたウーヴェは、恋人は職場で人気があると気付く。

初めて出逢ったのは、クリニックで事務員でもありウーヴェの元彼女でもあった女性が殺されていた事件だったが、それから季節が移った頃、ウーヴェの友人が絡んだ事件があり、その捜査にリオンが参加していたが、その時に親しく話をするようになった。

そしてそれ以降、様々な事件に関連してウーヴェの専門的な事柄についてリオンが聞きに来るようになり、紆余曲折を経て今年の夏頃、付き合おうかとなった。

同性と付き合うことなど考えたことも無かったウーヴェだったが、リオンが笑顔で好きだと言った時、嫌悪以外の理由から体が震えたのを今でも思い出せた。

その震えが悪寒から来るものであれば、同性だからと言うある意味当然の理由で断れたが、その告白の後にキスをされた時にも悪寒は感じず、ただ得も言われない震えが全身を伝ったのだ。

あまり経験したことのない熱を顔に覚えつつ、幼馴染が腕を揮うレストランで食事とリオンと付き合うことになった報告をした後に自宅マンションに戻ったウーヴェは、シャワーを浴びてベッドに潜り込んだ時、性別など関係なく好きなのだとその時に気付いたのだった。

「ドク・ウーヴェ、用意が出来たぜ」

「ありがとう」

これぐらいは作ろうと申し出た、野菜をふんだんに使ったミネストローネの味をみていたウーヴェは、リビングから顔を出した刑事の言葉に頷き、火を止めて鍋に蓋をする。

キッチンからは廊下とリビング突っ切った廊下の先にあるドアを開ければダイニングで、その広さと言えば20人は余裕で入ることが出来る程だった。

ただ幾ら部屋が広くてもテーブルや椅子がさすがに無かった為、食料と一緒に持ち寄って貰ったアウトドア用のテーブルを設置し、壁際にこれまた同じくアウトドア用の椅子などを並べ、何とか皆が座って食べたり出来る様に準備がされていた。

部屋の準備とテーブルに料理を並べ終え、ワインもすっかり冷えていると自信満々に告げられたウーヴェは、ミネストローネの大鍋を運ぶから手伝って欲しいと伝えるが、その時スラックスのポケットに入れておいた携帯が軽快な音楽を流す。

「Ja」

『ウーヴェ?俺!』

「もう仕事は終わったのか?」

今日の主役であるリオンだが、悲しいかな一日仕事で、なるべく早く帰ってくると言い、終わればすぐに連絡をするとも言っていたが、今日ここで自分の為の誕生日パーティが行われる事はまだ知らないでいた。

『終わった!今日は愉快な仲間達と飲み会があるんだって』

本当は仕事が終わったら一緒に食事をしながら録画しておいたサッカーを見ようと思っていたのにと、心底残念そうな声が聞こえてきた為、ついくすりと笑みを零してしまう。

『ウーヴェ?』

「そんな残念そうな声を出さなくても良いだろう?」

『そうだけどさぁ・・・ま、仕方ないか。ごめんな、ウーヴェ』

自分一人が今すぐにでも恋人に会いたいと思っている訳ではない、その事実をしっかりと見抜いているリオンの言葉にただ苦笑して気にするなと告げ、隣に誰かがいるのかを問えばボスがいると返される。

「ヒンケル警部がいるのか?」

『横でにやにや笑ってる。気持ち悪いから止めろってーぁだっ!』

「リオン?」

言葉尻に重なった情けない声から、きっと頭を叩かれたか耳でも引っ張られたかと予測を立てたウーヴェは、ヒンケル警部に代わってくれと伝えて盛大に驚かれる。

『ウーヴェ、ボスと何か話あるのか?』

「良いから代わってくれ」

『ん、まあいいか』

はい、ボスと、小さく聞こえて次いで低いが愉しげな声が聞こえてくる。

「仕事お疲れ様です、警部」

『ドクもお疲れ様』

こちらの事情をしっかりと知っているが、リオンにはまだ聞かせる訳にも行かないヒンケルがごく一般的な挨拶とも取れる言葉で労えば、ウーヴェが小さく笑って後どのくらいだと聞き、今どの辺りにいるのかを教えられる。

教えられたそれをオウム返しに呟けば、さっき鍋を運んでくれた刑事がもう間もなく主役が到着する事に気付き、ダイニングで待っている面々に今仕入れたばかりの情報を流す。

『なぁ、ウーヴェ』

「どうした?」

ヒンケルから携帯を奪取したらしいリオンに代わった途端、ウーヴェの目元が自然と和らぎ、それを目の当たりにした刑事が天を仰ぎながら手を使って顔を扇ぐ。

そんなあからさまな事をされながらもリオンと会話をしていたウーヴェだったが、そろそろ到着する事に気付き、刑事に目配せをする。

ダイニングから顔を出していた刑事達はウーヴェの合図で到着を知り、ダイニングに引き返して一斉に静かになる。

『あ、そろそろ店に着くみたいだ。また後で連絡するな』

「楽しめよ、リオン」

『今日はボスが出してくれるって言ってるから、もう無理って程飲んでやる』

「程々にな」

『分かってるって。じゃあな、ウーヴェ』

その後に小さく響いた濡れた音は携帯にキスをした音だと悟ったウーヴェは、皆がダイニングに引っ込んだのを確認し、己は慌ててベッドルームに駆け込む。

料理をした時に汚れたエプロンとシャツをバスルームのカゴに放り込み、用意しておいたオフホワイトのシャツに目が覚めるようなブルーのアスコットタイを手早く巻き、アイボリーのスラックスに着替えてベッドルームを出るが、ちょうどその時、マンションゲートのオートロックのブザーが鳴らされる。

「はい」

『お客様がご到着いたしました』

キッチンの壁に設置してあるモニターに写った警備員からの言葉に、笑顔で頷いてパネルを操作してロックを解除する。

そうして程なくしてもう一度ベルが鳴り、長い廊下を通る直前、ダイニングに顔を出して部屋にいた人間に合図を送ったウーヴェは、ドアの向こうではリオンがどんな顔を浮かべるだろうかと考え、思わず笑み崩れそうになる頬を軽く叩いて患者を迎える時のような顔になるのだった。

仕事が終わり、警察署を出たリオンは、助手席に上機嫌のヒンケルを乗せて車を走らせていた。

向かう先は分からないがどうやらヒンケルが店を知っているようで、言われるままに運転していたが、今夜の飲み会は嬉しさ半分悲しさ半分だった。

嬉しい理由は職場の気の合う仲間達とこうして飲みに行ける事であり、悲しい理由は付き合い出してまだ半年の、それはそれは誰に見せても美人だと言われる端正な顔の恋人とゆっくりと過ごせない事だった。

まだ付き合って半年なのだ。お互いの事を知る為に手探りしていると言っても過言ではない関係だが、デートを重ね、恋人の車-悔しいことにリオンが逆立ちしても新車での購入など出来はしないそれで自宅に送ってもらい、別れる前には名残惜しい思いを隠しもしないキスを交わすようにはなっていた。

今まで付き合ってきた彼女達には申し訳ないが、彼女達には感じたことのない高揚感すら感じられる相手なのだ。本音を言えば一分一秒すら離れていたくなかった。

そんな恋人と一緒に狭いながらも楽しい我が家でサッカー中継を見ようと思っていたのに、もう一つの楽しみである飲み会が入ってしまったのだ。

両天秤に掛けた時、友人達ならば恋人を取るかも知れないが、リオンは職場の人間関係を潤滑にする為にもとの思いを僅かに抱きながら飲み会を選択した。

刑事になってまだ日が浅い自分だが、コンビを組んだ人達は皆一様に自分を可愛がってくれるのだ。

それは一つの事件が解決した後も何くれと無く声を掛けてくれたり、ランチを奢ってくれたりといった、リオンからすれば有り難い限りの可愛がり方だった。

そんな可愛がり方をしてくれる人達の足は引っ張りたくはない、その一心でがむしゃらに働いていたが、それがまた皆から評価されるらしく、気がつけば警察署の中でもかなりの人気者になっていた。

嫌われるよりも好かれる方が当然良い為、皆の期待を裏切らないように頑張ろうと秘かに決め、出来るだけこうした誘いがあれば参加しようと決めていたのだ。

だから本当はずっとずっと一緒にいたい恋人との時間を割いてまでも、職場の愉快な面々との飲み会に参加するのだった。

そんな事を考えていると、付き合い出したばかりなのに己を蔑ろにしていると思われると辛いと不意に気付き、運転しつつ携帯を取りだしてウーヴェに電話をしてしまう。

助手席のヒンケルがじろりと怖い目で見てくるが、口に出しては何も言わなかった為、今夜の急な飲み会の事を報告すれば、楽しめと言われてちらりと横を見た後、ボスの奢りらしいから鱈腹飲んでやると笑えば、伸びてきたゲンコツに頭を軽く叩かれる。

車はいつしか高級住宅街に入り、本当にこの道であっているのかとさすがに不安を覚えたリオンが問えば、頭の後ろで手を組んでのんびりと足すら組んでいたヒンケルが間違い無いから言われたとおりに進めと前方に続く道を指さす。

いつも飲みに行く店はここから言えば正反対で、しかもどちらかと言えば場末と呼ばれる地区にある店だった。

さっき通り過ぎたのは、国内でも有数の高級食材を扱うデリカテッセンだった気がし、内心首を捻りつつヒンケルが指し示す道を進んでいく。

デリカテッセンを通り過ぎてからどのくらい経っただろうか、そこの角を右折しろと言われた為、曲がった先に見えたアパートの外観にただ絶句する。

「・・・・・・ボス、こんなトコにある店なんか俺入れないって」

しかも今日は職場連中の飲み会だから服装など思いっきりカジュアルもカジュアル、あちらこちら破れているデニムにエンジニアブーツと言う、カジュアルよりもどちらかと言えばシルバーアクセサリーに身を包んでバイクに乗っている方が相応しいと思われるような服装なのだ。

そんな服装で今目の前にそびえ立つ集合住宅の何処かにある店になど、気持ち的にも物理的にも入れるはずがなかった。

それにこうした、いわゆる高級感のある店はリオンの最も苦手とする場所だった。

車内で思わず逃げ腰になるリオンを横目で見たヒンケルは、駐車場のゲート横にある詰め所から出てきた警備員に何やら一言二言話しかけ、示された場所に車を停めて下さいと告げられたようで、警備員から聞いた場所をリオンに伝えてくる。

左右に停められた車をちらちらと見ながら駐車場の最奥まで進んだリオンは、一番奥の空きスペースに車を入れ、隣にでんと停まっているG55の白いボディを無言で見上げ、溜息を吐きながら首を左右に振る。

「リオン、何をしてるんだ、行くぞ」

「ヤー」

駐車場から乗ることの出来るエレベーターのドアを押さえたヒンケルが早く来いと急かし、何やら激しく落ち込みたい気分のまま上司の傍に駆け寄れば、また横顔を見られるがヒンケルの口からは何も出てこなかった。

パネルを見れば最上階は4で地下には1の数字が並んでいて、今点灯しているのが最上階を示す4である為、ああ、最上階にある店なんだと悟り、さぞかし豪華な店なんだろうと予測するが、ここまで来ればどう足掻こうと仕方がない、カジュアルすぎる服装だが笑われたら後で恋人に話をして慰めて貰おうと腹を括ったリオンは、せめてもの悪あがきだと言うよう、エレベーターの壁に張り付いている鏡で髪を手櫛で整え、シャツの襟をぴしっと伸ばせるだけ伸ばす。

ポーンと軽快な音が到着を知らせてくれた為、ヒンケルの後に付いてエレベーターを降りたリオンは、だだっ広いフロアを見回して首を傾げる。

「ボス、本当にここですかー?」

「しつこい奴だな。ここであってると言ってるだろうが」

あまりの往生際の悪さにヒンケルがじろりとリオンを睨み付けるが、リオンはそうじゃないと手を振る。

「リオン?」

「いや、何か店と言うよりも・・・人の家みたいですよね。しかもここ、ワンフロアにドアが一つって事は・・・」

「ああ、このフロアにはこの部屋しかないって事だ」

「駐車場の数からすればワンフロアに大体3部屋か4部屋。そこをたった一部屋って」

どんな金持ちなんだろうと半ば無意識呟いた時、ドアベルを押したヒンケルが軽く目を瞠る。

警察署に入ってきた時から思っていたが、見た目とは裏腹にリオンの勘はかなり鋭く、自分達が見落としがちな些細な物事から事件を解決に導いた事は数多かった。

今回もただ素通りした駐車場の様子からマンション全体の戸数を凡そ把握するなど、やはりこの勘の良さには舌を巻くと内心で感嘆したヒンケルの前、ロックが外される音が聞こえる。

リオンにしてみれば何となく思いついた事を言ったまでだったが、店ではなく本当は個人の家で、そこでの飲み会ならばカジュアルでも許して貰えるだろうと、少しだけ安堵したリオンは、静かに開いたドアの向こうで穏やかな笑みを浮かべつつも、メガネの奥の双眸を茶目っ気たっぷりに細めた人物を見た瞬間、ヒンケルの頭上であんぐりと口を開けてしまうのだった。

Über das glückliche Leben.

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