それは、いつもと変わらない日常の中で起こった。
いつものように、風間咲良は寝ぼけ眼で畑仕事を行う。
いずれ、こんな自分でも倭国を守れる兵士になれるのかと、そんな想いを馳せて、上空を見上げた。
「なん…………だ…………?」
陽の光に照らされ、何かは分からないが、逆光の中で何かの光が上空に灯っているのが見えた。
次の瞬間、
ゴォン!!
大きな音を立て、咲良の背後の村は爆発した。
「何が起きて…………!?」
「キャア!!」
次には、家から母の叫び声が響いた。
「母さん!!」
「咲良…………逃げて…………!」
急いで駆け付けると、咲良の母は、黒髪の少年に腕を握られ、そのまま持ち上げられていた。
右腕は…………既に切断されていた。
「お前…………何者だ…………!」
「僕は…………魔族軍 風の使徒 エル=クライン。君たち倭国の人間を………… “服従” させに来た」
静かな目で、エルは咲良を見つめた。
「お前…………いいな。僕は “器” も探しに来たんだ」
「器…………?」
「ああ。僕の風魔力の器に値するのは、強い肉体でも、強大な魔力でもない。 “混沌とする感情” だ……」
「さっきから…………何を言って…………」
次の瞬間、咲良の母親は内側から風船が破裂するように暴発し、辺りには血が飛び散る。
「え…………?」
咲良の頬にも、母親の血が降り掛かる。
(母さんが殺されたのか? 嘘だろ…………? いや、現実だ。僕にもっと力があれば救えた? いや、その前に僕も殺されるんじゃないか……? 母さんが殺されたのに仇も取らないのか……? いや、僕はどうしたら…………)
「アハハ!! やはりいいな!! 恐怖心、復讐心、困惑に満ちた表情…………お前に決めた…………!!」
エルはそう声を上げると、透明な風のエネルギー体と化し、咲良の身体中を巡る。
「な、何をするんだ…………!?」
咲良の身体の中を巡ると、咲良の目は紅く輝く。
「この…………力は…………」
咲良には、既に、恐怖心も、不安感も、母を殺された憎しみまでも、感じなくなっていた。
「ほう、その少年に決めたか。いい素材じゃないか」
すると、玄関口には黒髪の長い女性が現れる。
何故か、咲良はその人の正体が一目で分かった。
「リムル…………様…………」
「ちゃんと融合は出来ているみたいだな。名乗らなくても既にエルの記憶の共有は出来ていると思うが、私の名は魔王軍指揮官 リムル=リスティアーナ。お前の専属の上司のようなものだ。既に外の村人達の魔族化の準備はできたぞ。後は、決戦の日を待つだけだ…………」
「決戦の日…………?」
「ああ、お前と風の使徒 エルは融合した。お前は今から風の使徒になったんだ。 “お前の好きな” 争いが待ち構えているぞ…………」
そう言うと、リムルはニタリと笑みを浮かべる。
「村の人たちは……どうなったんですか………?」
「決戦の日までに魔族化が済むように、とある科学者の力を使って魔のエネルギーを全員に注ぎ込んだ。しかし、倭国の兵士はそれに気付けない。何故なら、都市以外の全てに結界を張っているからな。作戦は念入りに……どこかの誰かが、ムカつくが私に話していたことだ。力で屈服させるのが私の理想だが、この世界全てを破壊し、殺してしまっては、民も残らぬ王になるからな」
「つまり…………無事なんですね…………?」
その言葉に、またしてもリムルは笑う。
「アハハっ! 本当にいい素材を見つけたじゃないか! 戦闘意欲の高い魔族と融合しておきながら、村の人間の生存に安堵するとは! 自我が強ければそれだけお前は強い力を得る! 決戦の日まで、お前の感情が揺れれば揺れるほど、中にいるエルはお前の感情を喰らう。精々、様々な感情に支配されるといい! そして…………」
そのまま、リムルは咲良を抱き締める。
「その力が解放された時…………お前は真の心地良さに、抜け出せなくなるだろう…………」
そう言うと、そのままリムルは消えた。
その瞬間、ドッと疲れたかのように、咲良は足の力が抜け、その場に座り込む。
外からはバタバタと父が駆け付けてきた。
「だ、大丈夫か!? 咲良!!」
(あれ……? 魔族化してるんじゃないのか……? 母さんの姿を見たら、父さんは悲しんでしまう……)
「ああ……無事でよかった! 母さんも!」
(!? 母さんが……無事…………? そこに、血まみれで死んでいるのに……どうして…………?)
「急に爆発が起きたからびっくりしたぞ! 二人とも無事でよかった! 村の人たちも死者はいないようだ!」
(魔族の強襲を受けたのに……一体何がどうなって……)
次の瞬間、咲良はピリッとした頭痛に襲われる。
そして、目を開くと、そっと涙が溢れた。
「そうか……僕はエルと融合してるから……。僕以外の全員は、何事もなかった記憶が残っている……。本当は、中に魔族のエネルギーが注がれてるのに……」
ゆっくり立ち上がると、咲良は外の陽を浴びる。
「魔族軍…………こんな奴らに勝てるわけない。みんなが無事ならそれでいいじゃないか。先住民が召喚した異邦人だけで作られた倭国…………。でも、もうその召喚された人たちはいない。どうして壁を隔てる必要がある。魔族でも先住民でもどちらでもいいじゃないか。僕たちからすれば、変わらないこの大地で生まれ育った生物だ」
涙は、もう止まっていた。
恐らくは、エルが続々と感情を食べているのだろう。
どうでもいいと感じているのは、エルがこの感情を食べてしまっているからだろうが、そんなことすら、もうどうでもよくなっていた。
数週間後、空から明るい少年が降ってきた。
僕でも強くなれるだろうか、この村の人達の為に、まだ僕でも足掻けることがあるのではないか。
本気でそう思った。
でも、そんな感情も次の日には喰われていた。
また、ヒノトの笑顔を見て、強くなりたいと願う。
次の日には、その感情は喰われた。
だからヒノト、僕が感じたことも、君に話したことも、全て真実で、嘘偽りないものなんだよ。
だから早く………………
この感情も喰ってくれよ…………エル………………
咲良の涙は、止まることがなく溢れ続けた。
「咲良、待ってろ。今……助けてやる…………!!」
ヒノトは強い眼光で咲良を見つめ、剣を構える。
(咲良の風の魔力から、すげぇ苦しみを感じる……。こんなのにずっと耐えてんのか…………? 今、咲良の想いを感じられるのは俺だけだ…………。俺が……咲良を……)
その背後で、気絶されたはずの明地と伏見は、ゆらりと立ち上がった。
「よかった……! 二人と…………」
その目は、紅く輝いていた。
「嘘…………だろ…………」
「僕の中にいる、本当の風の使徒の能力だよ。倭国の人間は逆らえない。ヒノトくん、もうすぐ戦場の倭国兵たちは魔族化の呪いが掛けられる。諦めて欲しい」
ボン!!
「ンなこと…………諦められるか!!」
(どうして……こんなに不利なのに歯向かうんだ……?)
「オラ!! 迷いが見えてるぞ、咲良!!」
“狐架・繚乱”
ヒノトは、剣を大きく横薙に振るい上げる。
風の魔力が加わり、剣の先から長い風の刃が飛び出す。
“岩斧・打撲”
咲良の背後から、明地は岩魔力の込められた大きな斧を振り上げ、ヒノトの攻撃を防ぐ。
“雷槍・刺突”
倭国兵の連携、斧の隙間を掻い潜るように、伏見は雷の込められた素早い一突きをヒノトに向ける。
「一対三だよ、ヒノト!! 君には勝てない!!」
“岩防御魔法・岩陰”
瞬時に、ヒノトには強靭な岩シールドが張られる。
「岩シールド…………!?」
“闇魔法・彼岸”
バッ!!
「リリムさんとグラムくんの魔法か…………!! 訓練の時には一度も見せてなかったのに…………!!」
咲良の目にも止まらぬ速度で、ヒノトは背後に回る。
「これで、三対三だな…………! 咲良…………!」
そして、剣を大きく振り上げた。
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