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#一次創作
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裁縫士のジェシカは、女性用の服飾の仕事に携わっていた。
まだ若くはあるものの、小さな店を構えて、自分で服をデザインして、作って、売っていた。
「――いらっしゃいませ、店内もご覧になりますか?」
ショーウィンドウ越しに服を見ていたアリアに、ジェシカが声を掛けた。
アリアは少し躊躇したが、誘われるまま、小さな店に入っていく。
「あたし、こういうお店にはあまり来ないんですよね。
でも、素敵な服が並んでいたので、つい……」
確かにそういえば、アリアは神職者の服を着ている。
神職者はあまり新しい服を買わないか……と、ジェシカは正直思ってしまった。
接客をする時間は、自分の手が止まってしまう。
服をデザインしたり、服を作ったり、休憩したり。そういう時間が取れなくなってしまうのだ。
しかし何故か、ジェシカはアリアに惹かれてしまっていた。
「うーん、うちの服も凄く似合うと思いますけど……。
休日とかは無いんですか?」
「あはは。毎日毎日、いろいろなところを回っていますからねぇ」
……となると、やはり売り上げにはならないか。
神職者の知り合いは神職者が多いだろうし、神職者からこの店の宣伝をしてもらうわけにはいかないし。
そんなことを考えていると、アリアがそれを見透かしてきた。
「ん。あたしはお金にならないので、少し見させて頂ければ大丈夫ですよ!」
「そ、そうですか? それでは私、向こうで仕事をしておりますので」
「はーい。気になったものは、試着させて頂きますねぇ」
……買わないことを自覚しながら、試着をしっかりこなすとは。
少し疑問に思ったが、神職者が服を試着する機会なんて少ないのだろう。
ジェシカは、少しでも自分の作った服で楽しんでもらえれば……とだけ思って、作業に戻っていった。
――2時間ほど過ぎた頃、腰が痛くなってきた。
それに気付いて顔を上げると、間近にアリアの顔が映った。
「きゃあああっ!? ……って、お客さん!」
「あ、ごめんなさい。素敵だったから、ちょっと見ていちゃいました♪」
ジェシカは手元の、作り掛けの服を少し持ち上げた。
今作っているのは、次のコンテストに出品しようとしている作品だ。
自信作ではあるが、完全なもの……とは、断言できなかった。
「そう言ってくれるのは嬉しいんですけど……。
時間の都合もあって、もう少し、上手くできなかったかなぁ……とか」
「はぁ……。十分、上手いと思いますが……。でも、プロの方ですもんね。
……えーっと?」
「ああ、私はジェシカといいます。このお店を開いて、今は2年くらい……かな?」
「あたしはアリアっていいます。ちょっと用事で、この街に滞在しているんですよ」
「へー。いろいろなところに行ってらっしゃるんですね。私はずっと、この街で」
そこまで言ったところで、何となく違和感を覚えた。
よくよく見ると、アリアがジェシカの作った服を身に着けているのだ。
「わぁ……。アリアさん、その服、似合ってますね!」
「そうですか? それじゃ、これください♪」
「えっ」
「えっ? 売り物じゃ、ありませんでした?」
突然の購入に、ジェシカは驚いてしまった。
正直、いつ着るんだろう……という思いが頭をもたげる。
「いえいえ、着る機会が無いんじゃないかな……って、勝手に想像してしまって。
えっと、そちらは3万ルーファになります」
「へぇ? それって安すぎません? こんなに良い服が?」
「そう言って頂けるのはありがたいんですが、その値段でもなかなか売れないんですよ……」
「……ふむ。本当に可愛いと思うんですけどねぇ」
「それは、アリアさんが可愛いからですね」
正直なところ、ジェシカから見てもアリアは可愛かった。
少し隙のある雰囲気は心配になるものの、奥底にはそれを凌駕する何かを感じる。
……と考えると、単純に可愛い、というのも何かが違うような?
「あはは、ありがとうございます。
それじゃ、お代は3万ルーファということで。
……せっかくのご縁ですし、何かお手伝い出来ることはありませんか?」
「うーん、お店の宣伝はしてもらいたいけど、神職者様ですからね……」
「何なら、この服で宣伝してきましょうか?」
「いえいえ、それも悪いですって」
アリアの言葉に、ジェシカは少し考えてしまった。
「それじゃ、神職者様の祝福を頂けますか?
最近は教会に行けていないので、ご無沙汰なんですよ」
「あー……。あたしの祝福って、少し特別なんですけど……」
「え? あれって、何か種類があるんですか?」
「あはは、そうなんですよねぇ」
「ふぅむ……。ちょっと試しに、お願いしてもいいですか?」
「はーい、ではでは……」
ジェシカの言葉に、アリアは彼女に近付いた。
アリアは右手を軽く握りしめて、人差し指と中指の2本を伸ばし、ジェシカの額にそっと触れる。
「――ならば祝福を与えよう。
汝は神に身を委ね、欲する力を――」
「あっ!!」
「ひゃいっ!?」
アリアの詠唱中、ジェシカは思わず大声を上げた。
とっさに後ずさりして、急いで額に手を触れる。
「ど、どうしました?」
「いえ……。何かアリアさんの手から、ピリッ……っていうか?」
「ああ。人によって、感じ方はそれぞれですからね。
あたしの祝福は、普通のものより少し具体的なんですよ。裁縫なら裁縫の実力がアップ~、みたいな」
「へー……、それは本当に珍しいですね。
――さてはアリアさん、教団のお偉いさんですね!?」
「え? いや、そういうこともないんですが……」
「せっかくのご厚意でしたが、裁縫に関しては神頼みは無し……ということで、お願いします!」
「あれ? でも、普通の祝福は良いんですよね?」
「あれは全体的に、運気を上げるようなものですからね。
本気で取り組んでいるところは、神頼みにしたくないんですよ」
アリアから見て、ジェシカは少なからず服飾の仕事で悩みを持っているようだった。
しかし、それに関する祝福は、真っ向から拒否されてしまった。
「……あたし、ジェシカさんのことが好きになりそうです」
「あはは、ありがとうございます。私はもう、アリアさんのことは好きですよ」
「営業トークが上手いですねぇ♪ それじゃ、こっちとあっちの服も買っていきます!」
「え……、良いんですか? ありがとうございます!」
この人はお金持ちなのかな……? とは思うものの、久し振りのまとまった売り上げである。
ジェシカは恐縮しながらも、しっかりとお代を頂くことに成功した。
「ああ、そうだ。今作ってる服、コンテストに出す予定なんですよ。
アリアさんって、3週間後に時間が取れますか?」
「え? まぁ、時間ならどうにでもなりますけど……」
「この服を着る、モデルをやってもらえませんか!?」
「ムリデス」
アリアは即答した。しかしジェシカは、細かな声色の変化を聞き逃さなかった。
「本音では『やってみたい~』って、言ってるようでしたよ!?」
「イエイエ、ソンナコトハ」
「ほら!!」
「グフゥ」
アリアは観念した。あちこちを旅している彼女でも、未経験なことは多いのだ。
未経験という存在に、アリアは興味がいってしまった。
「……それじゃ、条件がひとつ。
そのコンテストの日まで、ここでお世話になります!」
「え? 泊まり込むってことですか? いや、そこまでして頂かなくても……」
「食事は三食、作らせて頂きますよ!」
「!」
「洗濯や掃除、雑用も承りますよ!」
「!!」
「しかも、今なら無料!!」
「買ったァ!!!!」
「売ったァ!!!!」
こうして、ジェシカとアリアの共同生活が始まったのだった。
――とはいえ、ジェシカは基本的に、ずっと作業をしていた。
食事のときは手を止めるが、ほとんど休まずに作業に戻ってしまう。
手を休めるときは、負担の掛からないように資料などを読んでいる。
正直言えば、この時点で『努力の才能』があるんだな、とアリアは思った。
……ただ、1週間が経つ頃、無理が祟ったのか、体調を大きく崩してしまった。
さすがにそのときは、ジェシカも弱気になり、アリアに弱音を吐いていた。
「――うぅっ、次のコンテストで賞を取らないと……。
このお店を畳むことに……うぅっ」
それは初めて聞く話だった。
聞けば、ジェシカは親から結婚を迫られているのだと言う。
長らくコンテストで良い結果が出せなかったため、次に賞を取れなければ、店も畳むことになるらしい。
「あたし、本当にお手伝いできませんか?
ジェシカさんの作る服も好きなんですよ。それに、こんなに頑張っているのだから――」
「……アリアさんの祝福のこと、詳しくは分からないけど……。
本当に、凄い才能がもらえるなら……って、そう考えたこともあるの」
「はい……」
アリアは神妙に話を聞いた。
普通であれば、ここで――
「――でも。それが本当だったとしても、私は嫌なの。
神頼みでもなく、誰かに縋るのでもなく、私自身の力で、夢を掴みたいの」
――アリアの経験とは、違う答えが出てきた。
ああ、世の中にはそういう答えもあるのか。
「……ふふふ。ジェシカさんは、とっても素敵な方ですねぇ。
あたし、本当にファンになっちゃいます♪」
アリアの明るい言葉に、ジェシカはようやく、少しだけ笑えた。
ある意味、アリアの祝福を否定したのだ。
弱気になって本音を吐露してしまったが、自分とアリアの関係はまだ続いている――
「それなら代わりに、このお守りを差し上げますね。
これは裁縫が~、とかではなくて、頑張る人をただ応援するものなので」
「え? こんな高そうなもの、大丈夫なの?」
「はい。ジェシカさんのために、生まれてきたようなものですよ。きっと」
アリアがお守りを渡すと、ジェシカはそれを両手でしっかりと握りしめた。
「――温かい。何だか、癒される……」
「そそそっ、そういうことを言うのは止めてください! あたしの体温が移ってるだけなんですから!」
「あははっ。そうなの……かな? まぁ、それでもいいよ。私は今、ひとりじゃないんだから……」
その後、ジェシカは無事に体調を戻すことができた。
アリアの甲斐甲斐しい世話や、薬膳料理フルコースなどが効いたのだろう。
そして作業に戻ったあとも、順調に……は、あまり行かなかった。
「アリアさん! デザインをやり直します!!」
「えぇ!? コンテスト、間に合うんですか!?」
「分からないです! だからアリアさん、この服に着替えてください!!」
「えぇっ!? 何でですか!?」
「インスピレーションが足りないんです!! ほら、早く着替えて!!」
「ひぃ~んっ!?」
……そうして、コンテストの日はすぐにやって来てしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
コンテストは、街にある行政の建物で行われた。
技術に優劣を付ける催し事は、基本的にそうするのがこの街のルールだった。
「あーら?
また、へっぽこどっこいの服を持ってきたのかしら!?」
ジェシカとアリアが会場に足を運ぶと、難癖を付けてくる女性が現れた。
話を聞くと、長年ジェシカと争ってきた裁縫士で、イライザという名前のようだ。
「またウルサイのが来たわね……」
「ふんっ、今回も私が勝つからね! とーっても、優秀なモデルを連れてきたんだから!!」
イライザの後ろには、とても素敵な美女が立っていた。
ただの質素な服も、一気にお洒落着に進化してしまうかもしれない。
「それに引き換え、ジェシカのモデルは……その子なのかしら? ふふふ、まったくの芋ねぇ?
おーっほっほっほっ! もう、勝利が決まったも同然よ♪」
そう言うと、イライザはアリアたちの前から去っていった。
アリアの腕は、イライザの言葉を受けて、ふるふると震えている。
「ご、ごめんね、アリアさん。あの人ったら、失礼なことを――」
「き、聞きました!? 今時、『おーっほっほっほっ』なんて笑う人がいるんですね!?」
アリアは大笑いしていた。
……ジェシカはそんな彼女を見て、安心するとともに、『確かに』と思ってしまうのだった。
「――今回の優勝者は、フローラさんです!!」
審査委員長の言葉が響いた。
結局、今回の優勝を見事に射止めたのは、ジェシカでもイライザでもなく、他の参加者だった。
ただ、ジェシカの作品は佳作に入った。
賞としては下ではあるものの、この結果をもとに、改めて親と交渉をするらしい。
「……それにしても、イライザさんって……。大口を叩いた割に、入賞しなかったんですねぇ」
「まぁ、そう言わないでください。それでも私は、今まであの人に勝ったことがなかったんですから……」
「あ、ごめんなさい。でも、今回は完全に勝利でしたね!
あと、あたしもモデルなんて緊張しましたが、いい経験になりました♪ ちゃんと歩けてましたよね?」
「ええ、素敵でしたよ♪ ……今回は本当に、お世話になりました。
また、アリアさんが買いに来てくれるように、もっと頑張りますね!」
「はーい、楽しみにしてますねぇ♪」
――こうして、ジェシカとアリアの共闘は幕を閉じたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「きーっ!! 悔しい!! 悔しい!! くーやーしーいー!!」
イライザは、自分の工房で絶叫した。
物にあたり、作品にあたり、道具にあたった。
今回の順位はいつものことだが、まさかあのジェシカにすら負けるだなんて……!!
「信じられない! ああもう!! ジェシカなんて、呪い殺してやりたい!!
呪って呪って、私の前に現れないようにしたいッ!!」
「――ならば祝福を与えよう。
汝は神に身を委ね、欲する力を祈るべし――」
イライザはそんな言葉を聞いた……ような、気がした。しかし目を覚ますと、ベッドの上で転がっていた。
そして彼女の傍らには、呪いの魔法書が置かれている。
「……さっきのは……何? この本は……何?
もしかして、この本を使えば……ジェシカのやつを、呪うことが出来るの……?」
イライザは醜い表情を浮かべた。
魔法とは神の力。つまり、神の意思。ジェシカが呪われるのは、神の意思なのだ。
彼女はいつも、短絡的だった。感情が先に動く人間だった。だからこそ、感情に任せて呪いの力を――
「――……ふぅ」
ジェシカは手を止めて、ふと時計を見上げた。
いつもならそろそろ、アリアが様子を見にくる時間だった。
しかし彼女は、もう出ていってしまった。今は夜も、ひとりきりだ。
「この調子で、もっとたくさん頑張らないと。
それでアリアさんには、もっと可愛い服を着てもらうんだ……っ!」
ジェシカは再び、作業に戻った。集中力が以前よりも上がった気がする。
自分はこれで良い。自分は愚直に積み上げていけば良い――
……ジェシカが身に付けたお守りが、ほんのりと優しく輝いたが、彼女はそれに気付かなかった。
ただ代わりに、イライザの工房の方から絶叫のようなものが聞こえてきた……ような、気がした。
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