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「フィル様?」
ラズールの声に、ハッと顔を上げる。僕は一度深呼吸をして「大丈夫、続けて」とレナードを促した。
レナードが頷き「移動しながら話します」と僕の隣に来る。
僕はラズールとレナードに挟まれながら歩き出した。
「バイロン国に動きがありました。イヴァル帝国との国境に、軍隊が集まってます」
「どれくらいの?」
「前回の二倍です。しかしバイロン国は、北にデネス大国、西にトルーキル国に挟まれてますから、大軍は動かせません」
「僕達に全軍で構ってたら、他の国に攻め入られるからね」
「はい。ですが二倍の数でも油断できません。我が国も北にデネス大国、東にカサル国があります。バイロン国に大軍を割けません」
「そうか…。しかしどうして三ヶ月もの間、何もしてこなかったんだろう?」
「それは…」
レナードが言いかけて口をつぐむ。
不思議に思いながらレナードを見てラズールを見ると、ラズールがレナードをきつく睨んでいた。
「なに?王である僕に隠しごと?」
「いえ…。ラズール、話すぞ」
「ダメだ」
「ラズール、どういうこと?」
「…話す必要もないかと思いまして」
「それは僕が判断する。レナード続けて」
「はい」
レナードが一度、頭を下げる。
ラズールも目を伏せて、僕から目を逸らせた。しかし握りしめた左手は離してくれない。
「バイロン国に潜入させている者からの連絡によりますと、フィル様が戻られてすぐに、 第一王子が軍を出そうとしていたようです」
「うん」
「それを第二王子が必死で止めていたと、報告を受けています」
「第二王子が?どうして?」
「…わかりません」
「僕の腕を斬り落としたこと、悪いと思ったの?まさかね。あ、そうか。すぐに攻め入るには準備が足りない。だから三ヶ月かけてたっぷりと準備をするために止めたんだ」
「フィル様…」
「なに?」
「いえ…なんでもありません」
レナードが悲しそうな目で僕を見てくる。
レナードだけじゃない。バイロン国から戻って来てから、トラビスやネロも、たまに悲しそうな目で僕を見るんだ。どうしてそんな目をするのか、理由がわからない。ラズールに聞いても「気のせいですよ」としか言わないし。
その目で見られると、僕の胸が騒いで落ち着かなくなる。
僕は腹に力を入れて前を向く。
「向こうが軍を出したなら、こちらも出す。すぐに出陣だ。大宰相と大臣達は集まっているの?」
「はい。会議の間に集まっています」
「トラビスは?」
「呼びに行かせてます」
「わかった。使用人に僕の出陣道具を準備しておくように言っておいて」
「「ダメです!」」
ラズールとレナードが同時に叫ぶ。
僕はラズールに握られていた手を離すと、二人と向き合うように立った。
「どうしてダメなんだ?」
厳しい声で聞いてみるけど、理由はわかっている。先の戦で僕は捕まった。バイロン国に連れて行かれ、大怪我をして死にかけた。二人が止める気持ちもわかる。だけど僕は安全な城の中で待つだけの、弱い王にはなりたくない。
ラズールが膝を折り僕の左手に触れる。
「先の戦でバイロン国の捕虜となり、大怪我をしたこと、お忘れですか?俺はもう、あなたを危険にさらしたくありません」
「でも僕は、皆の前に立たなければ…」
「王は大局を見なければなりません」
レナードの言葉に、僕はハッとする。
「フィル様は、いよいよ戦が大詰めを迎えるその時に、戦場に出向いていただきます。その方が皆の士気も上がりますから」
「でも…」
「イヴァル帝国は、あなたを失えないのです。どうか、目先のことだけではなく、先のことを考えてくださいますよう」
「…わかったよ」
僕が渋々納得すると、レナードは頷いた。
ラズールも立ち上がり、僕の肩に手を添える。
「城にいても、するべきことはたくさんありますよ。さあ、そのような顔をなさらずに。あなたを玉座に座らせたのに、未だ納得のいっていない様子の大宰相や大臣達になめられてしまいます。堂々としていてください」
会議の間へと進みながら、ラズールが優しく話しかけてくる。
僕は「そうだね」と頷くと、少し俯いていた顔を上げた。
会議の結果、前回の二倍の軍を出すことに決まった。第一軍がトラビス、第二軍がレナードが率いる。準備ができ次第、順次出発をする。
トラビスが、バイロン国の内情を知っているネロを連れて行こうと声をかけたが、ネロは僕と城に残ることを望んだらしい。
それを聞いて、ラズールが不快をあらわにした。
「アイツを見張るのはおまえの役目だろう。無理やりにでも連れて行け」
「ネロは今や俺達の味方だ。城に残りフィル様を守ると言ってくれている。それに、戦場に放り出していい人物ではないだろう?」
「ふん、イヴァルにとって大切なのはフィル様だ。アイツのことなど知るか」
「おまえなぁ…」
このままだとラズールのネロに対する悪口が止まらないと思った僕は、ラズールをなだめてネロが残ることを許した。
ラズールは、最後まで納得がいかない様子で険しい顔をしていたけど。
大宰相や大臣達は、ネロのことをどう思っているのかわからない。だけど客人として城に滞在することを了承しているということは、ネロが語った出自を信じているのだろう。
僕もネロの出自を信じる。証拠の品も見せてもらった。本物だと思う。だからこそネロともっと話をしたいし、協力できることがあればしてやりたい。
そんな僕の態度も、ラズールは気に入らないのかもしれない。