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カイトと呼ばれた青年は、助けた少女を下ろし、相対した。
「カイト、さん?」
少女は再びその名を口にした。
「カイトというのは、俺のこと……ですよね」
「そうですけど、まさか──」
青年は気まずげに後頭部を掻いた。
「どうやら俺、記憶がないみたいで」
「そんな……!」
少女の顔が悲痛に歪んだ。
「あたしタニアです! あたしのことも忘れてしまったんですか!?」
青年は迷いつつも、正直に首肯した。
少女の顔がみるみるうちに青ざめていく。
そのとき。
「おーい! タニア、カイト!」
声のしたほうを見てみる。
茶色の短髪、鋭い眼光の青年が、こちらに向かって走ってきた。
「お前たちも無事だったか!」
「ハンス……!」
少女が呟いた。
ハンスと呼ばれた青年は、少女の様子がおかしいことに気づいた。
「タニア、どうしたんだ?」
「カイトが、カイトが……!」
タニアと呼ばれた少女は、顔を覆って泣き出した。
そのとき、青年の身体を覆っていた白い光が弱まっていった。
同時に、右手の甲の紋様の発光も収まる。
瞬間、青年の全身から力が抜けた。
──大きな力を使った影響です──
脳内に女性の声が響いたが、それが誰の声なのかはわからなかった。
青年は脱力に抗うことができず、その場にくずおれ、まもなく意識を失った。
* * *
暗闇の中で声が響いた。
「ふーむ、手の甲の紋様が光った、と」
「はい、神父さま」
たしか、タニアと呼ばれていた少女の声が響いた。
「その瞬間、敵の攻撃が消えたんです。それからカイトさん自身もすごく強くなって。でも……」
「──敵を倒した後、カイト殿は記憶を失ってしまった、と」
しばらく声が途絶え、沈黙が続いた。
「紋様が光って凄まじい力が発現、その後カイト殿は記憶喪失になった、か……」
神父と呼ばれた男性の声が言った。
「もしかしたらカイト殿は、本物の勇者かもしれませんな」
ええ! という複数の大声が響いた。
「静かに! カイト殿が目覚めてしまうでしょう」
「ご、ごめんなさい。で、でも、カイトさんが勇者というのは?」
「みなさんも『伝説の勇者』についてはご存知でしょう」
「もちろんです。勇者さまが魔王を討伐して、世界に平和をもたらしたお話ですよね」
「そうです。ただ、やはり五百年前の出来事ですからね。その詳細は知るものは限られています。私自身これまで忘れておりました。それで先日、カイト殿の手にあった紋様が気になり、かつて集めた本を読み直していたところ──」
「神父さま」
若い男の声が響いた。
たしか、ハンスと呼ばれていた男の声だ。
「前置きはいいので、結論を話してください」
「失礼。私の悪い癖ですね」
オホン、という咳払いが響く。
「とある書物によると、かつて勇者カイトが魔王を倒した際に使った能力は、記憶の力と呼ばれるものだったそうです。それは、自身の記憶を代償に、大いなる力が得られる力らしいです。そして記憶の力記憶の力を使うと、手の甲の紋様が光り輝くとのこと」
「記憶を代償……手の甲の紋様が光る……!」
タニアは戦慄したように言った。
「記憶の力は、記憶の量や質によって、得られる力も大きくなるとのことです。しかし力を得ると、その記憶は完全に失われてしまうのです」
「なるほど……」
ハンスが言った。
「カイトの現状と、完全に一致してるってわけか」
「で、でも! 魔王を倒した勇者カイトは、五百年前の人なんですよ!?」
タニアが声を荒らげた。
「そんな大昔の人が、どうして現代に!?」
「それについても、仮説があります。
神父が説明を続ける。
「かつて勇者カイトは、三人の仲間とパーティを組み、魔王討伐に向かったと記録されています。しかし魔王の力は想像以上に強大で、勇者カイトはすべての記憶を代償に大いなる力を得て、魔王を討伐したそうです」
「それで勇者は記憶喪失になっちまったわけだな」
ハンスが言った。
「しかし魔王は絶命寸前、勇者に呪いをかけたらしいのです」
呪い。
周囲が一瞬、静まり返った。
「その呪いとは、勇者をはるか未来に飛ばしてしまう、というものでした」
「そ、そんな……」
「マジかよ……」
「様々な書物を漁りましたが、勇者カイトのその後は描かれていません。魔王を討伐した後に姿を消した……大半がここまでです。魔王の呪いで未来に飛ばされたという話については、勇者の仲間たちやその関係者の証言を照らし合わせて作られた推測です。ゆえにこれまでは、伝説の勇者の物語を彩る、創作の一つだと思われていました」
しかしながら、と言って神父は続ける。
「カイト殿の持つ紋様、発現した力、記憶喪失の症状などを鑑みるに……その説は的外れではないと思うのです」
「カイトさんが……」
タニアが呟くように言った。
「あの、伝説の勇者さま……」
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