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(――しまった。コイツは男が好きとか言い放った、わけのわからない変態だった!)
花園常務に面倒を見るように頼まれたプレッシャーのせいで、そのことについて、すっかり失念していた。
眼鏡の奥から注がれる、粘っこい視線の先に自分がいることが、本当に信じられなくて、さっきは思いっきり顔を背けてしまった。
だが、そんなことをしている場合じゃない。
(コイツになにか、仕事を与えなければならないんだよな)
「はあぁ……」
「島田先輩」
下の名前で呼ばれなかったことに、内心ほっとしつつ、仕方なく振り返る。
「なんだ?」
「僕、今まで会議に出たことがないので、見学してみたいです」
「そうか。確かに新人のうちは、そんな機会がないもんな。後方の空いてる席に座っちゃえばいいと思うけど」
「でしたら島田先輩の隣で、さっきコピーした資料を読んで、会議に備えたいんですが、ほかになにかすることはないですか?」
「俺の隣は山下の席だから、向かい側の空いてるデスクを使ってくれ。用事ができたら呼ぶ」
端的なやり取りを心がけて、なるべく接触しないように試みた。
(席だって向かい側が空いていなかったら、ずっと離れたところに座ってほしいくらいだ)
新人は俺の指示どおりに、向かい側のデスクに着席し、コピーした資料に目を通しはじめたので、やりかけていた仕事に着手する。プロジェクトがはじまったら、来客やら電話なんかで、自分が手をつけてる仕事が、全然回らなくなる恐れがある。だからこそ、やっつけなければと思うのに――。
「……おい」
「僕の名前は、おいじゃないです」
「くうぅっ、や、大和」
にっこり笑って指摘されたことに腹が立ったが、名前で呼ぶことが決められていたのを思い出し、愛想笑いを浮かべて呼んでやった。
「なんですか、島田先輩」
「ちゃんと資料を読めって。チラチラこっちを見られると、気が散って仕方ない」
「僕のことが気になるって、島田先輩が仕事に集中していない証拠じゃないでしょうか?」
新人からド正論を告げられた瞬間、俺の近くにいる同僚がなんとも言えない視線を飛ばし、俺らの成り行きを見つめる。
「たっ確かにそうかもしれないが、おまえだって資料を真面目に読んでいない証拠じゃないのか?」
悔しまぎれの言い訳じみたことを口走った俺に、新人はひょいと肩を竦めて、小さく頭を下げた。
「さすがは島田先輩ですね。そのとおりなんですけど――」
「なんだよ?」
「島田先輩が一生懸命に仕事に打ち込んでいる姿に、目を奪われてしまったんです。すっごく憧れちゃいます」
さらりと新人の口から告げられたセリフに、周りがざわめく。
(俺みたいな見てくれの悪いヤツに憧れるとか、新人が先輩に盛大にゴマを擂っているようにしか見えないだろう)
問題はその新人が、花園常務の息子だということ――華やかなバックグラウンドを背負っているヤツが褒めるだけで、そこにナニかあるのではないかと、絶対に勘繰られること間違いなし!
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