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「この中に本当の秘密があるんですね!」

勇太は興奮を抑えられず大声をあげた。

 

「そうだね。たぶん」

 

「たぶん? 中のこと知らないんですか?」

 

「うん。パスワードがわからないから、これ以上は入れないんだ」

 

「なんですか、それ……。がっかりですね」

「がっかりですね」

勇信も続いた。

 

「ぼくもすごく残念に思ってるよ。中が気になるけど、もうこれ以上は行けないんだ」

 

「パスワード、適当に押してみますね」

 

ドアロックに触れようとした勇太の腕を、堀口は掴んだ。

「押しちゃダメだ。あと1回パスワードを間違えたら、とんでもないことになる。たぶんだけど、怖い大人がやってきてぼくたちみんな連れ去られちゃうよ」

 

「それはムリです。ぼくたちが誰だかわかってるんですか?」

 

「あづまグループでも勝てない大人がいることを忘れちゃダメだ。もしそのまま殴り殺されたらどうするんだ」

 

「そんなことするはず……ないですよね?」

勇太が恐る恐る言った。

 

「殴り殺されるってのは冗談だとしても、本当にどうなるかわからない。だからもうこれ以上パスワードを間違えるのは危険だ。ぼくら3人ともまだ子どもだし」

 

勇太と勇信は固く閉ざされた扉をただじっと見つめた。

心に強い好奇心が沸き起こってはいるものの、やはり恐怖には勝てなかった。

 

「ここまでがぼくの秘密基地さ。もしこの中に興味があるなら、もっと大きくなってからくればいいさ」

 

「仕方がないですね……ここまでか」

勇太は諦めたように言った。

 

「ねえねえ、これってなんて書いてあるの? えいごだから読めないよ」

勇信が錆びた門に書かれた文字を指さした。

 

――vista.

 

「ブイ、アイ、エス、ティー、エー」

勇太がスペルひとつひとつを読んでいく。

 

「それも合ってるけど、ちょっとちがうかな。これは『ビスタ』って読むんだよ。たぶん何かの施設だよ。つまり、ぼくの秘密基地の名はビスタってわけさ」

 

「……ビスタ」

 




 

 

……ビスタ!

 

記憶の奥底にある蓋が開いたような気がした。

 

強い日差しと、錆びついたメリーゴーランド。カボチャ馬車の下に開いていた円形の穴。そこから吹き出た冷ややかな空気、湿気。

ハシゴを降りて通路を抜ける現れたテント。最奥にあるオレンジの扉。

 

……vista.

 

「ビスタ……。あのときのあの中学生だったのか」

 

堀口ミノルが警備員に連れ去られたあとになってから、勇信の記憶がようやく蘇った。

 

「魚井秘書! すぐに堀口さんの履歴書を確認したい。それと堀口さんから送ると言っていた事業企画書を、こっちに転送してくれないか!」

 

「はい。承知しました、常務」

 

執務室のモニターでは、兄勇太の言葉が続いている。

「正義は常に勝つのです。ではいったい正義とはどういったものでしょうか? 私にとってそれは『変化』であり、また変化を牽引するものこそが『原動力』です」

 

ポジティブマンがモニター画面を見つめながらつぶやく。

「兄さん、どうしてしまったんだ? ターボエンジンのついた人材だけを登用して、他を排除するつもりか。そんなことすれば暑すぎて会社全体が溶けてしまう。あの廃墟となった遊園地のように」

 

暑い太陽光を浴びて今にも溶けそうだったメリーゴーランド。耳を刺すようなセミの鳴き声。

 

「我々吾妻グループは必ず勝利します。改革を通じ、また会社にこびりつく悪縁を断ち切ることで大きく成長するでしょう」

 

「本当に別人になったようだな。いや、むしろ子どもの頃の気の強い兄さんを見ているみたいだ」

 

幼い頃の勇太は気が強く、リーダーシップの気質があった。しかし大人になり副会長となってからは、彼の印象は180度変わった。

 

受容と寛容。

これらは吾妻勇太副会長を指す修飾語だ。

 

「それにしても、どうしてあのときのことを突然思い出したのだろうか」

机の上でコンコンと指を叩きながら、ポジティブマンはつぶやいた。

 

変わってしまった兄と、強制的に連れ去られた堀口ミノル。

ふたりの姿が記憶の引き金を引いたのかもしれない。

 

「私のスピーチは以上です。それでは皆さん、通常業務に戻ってください」

 

モニターの中の勇太が頭を下げると、緊急生中継は終了した。

 

ポジティブマンはモニターの電源を切り、目を閉じ記憶を振り返る。ゆっくりと記憶の紐をたぐり寄せ、頭の中へと落とし込む。

 

ここがぼくの秘密基地さ――。

ブイ、アイ、エス、ティー、エー――。

ビスタ――。

 

メリーゴーランドの下にある地下施設、ビスタ。

 

堀口ミノルの秘密基地は、ビスタの扉の前で終わった。

 

勇太と勇信は結局諦めきれず、力まかせに扉を開けようとした。しかし固く閉ざされた扉を、幼い子どもの力で開けられるはずもなかった。

 

3人は結局、鉄のはしごを登って地上へと出た。

堀口ミノルは地下施設の蓋を閉め、その上に丁寧にシートをかぶせた。

 

「どうだった? ぼくの秘密基地」

 

「あの扉の中に入れたら、秘密基地だって認めてあげますよ」

勇太の表情は冷たいものに戻っていた。

 

「わかったよ。遅かれ早かれあの扉を開く方法を見つけとくから。君たちがまたここにきたら、ぼくがビスタに招待してあげるさ」

 

「うん、またくるね」

 

3人は小指をからめ、男と男の約束を交わした。

俺は一億人 ~増え続ける財閥息子~

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