「ごめんね。知り合いのつもりで馴れ馴れしく要らないことを言ったんじゃないかって……実はずっと気になってたんだ」
「……え?」
まさか僕から謝られるなんて思っていなかったんだろう。いや、沙良のことだから、むしろ『どうして僕のアドバイスを聞かないの?』って責められるとか思っていたのかも知れない。
思い返してみれば、沙良のさっきの表情は、そんな脅えを孕んでいた。
「怒って……るんじゃ……ないん、です、か?」
ほらね、やっぱり。
沙良のしどろもどろな問い掛けに、僕は内心(沙良らしいな)とほくそ笑みながら、実際には驚いた顔をして見せる。
「どうして僕が怒るの? 女の子の容姿に要らない口出ししたんだよ? 責められるのは僕の方だと思うんだけど……」
心底そう思っているという〝ふり〟をして見せたら、沙良が「ごめんなさい……」と小さくつぶやいた。
(ああ、沙良! キミはやっぱり僕が見込んだ通り、従順で可愛いね!)
彼女が実際には悪くもないことで僕に謝ってくれた。たったそれだけのことで、胸が高鳴る。少しずつ、だけど着実に――。彼女との距離が縮まっていると感じた。
「ここまで説明してもまだ『ごめんなさい』って言っちゃうんだね。ねぇ、沙良さん、なんで謝るの? って聞いてもいい?」
彼女はきっと「ありがとう」というべきところを「ごめんなさい」とか「すみません」とか言っちゃうタイプだと思う。
そう思っていながらもあえて聞いてみたのは、もしかしたら違う答えが返ってくるかも? って期待したからだ。
沙良は僕が今まで接したことのないタイプの女の子だったから、ひょっとしたら僕の思考回路の斜め上を行くかもしれない。
僕の問い掛けに束の間逡巡した様子だった沙良が、ややして俯き加減。僕の目を見ないままにポツリとつぶやいた。
「せっかく……八神さんが良かれと思ってアドバイスして下さったのに……私が無下にしてしまったからです」
「え?」
沙良のその言葉に、僕は正直驚かされてしまった。だって、そう思ったってことは――。
「僕のアドバイスが的を射てるって思ってくれたってこと?」
僕の質問に、沙良がハッとしたようにびくりと肩を跳ねさせた。
「ねぇ、沙良ちゃん。もし違ってたらごめんね? キミ、もしかしてわざと冴えなく見えるようにしてる?」
故意に敬称を〝さん〟からもう一歩だけ踏み込んで〝ちゃん〟にしてみたのは、彼女との距離を詰めたいという意図的な策略だ。
僕の言葉に、沙良が顔をあげて僕の方をじっと見た。今まで俯いていて目なんてほとんど合わなかったのに。
「沙良?」
敬称すら外していつも心の中で読んでいる通り。呼び捨てで彼女を呼んでみたけれど、彼女はそこには気付いていないみたいだ。
「お願い。秘密にして?」
沙良は大きな瞳を泣きそうに潤ませて、力なくポツリと僕にそう懇願をした。
これは……チャンス、だよね?
***
沙良が、大きな瞳を潤ませながら、力なく僕に投げかけてきた秘密を持ち掛ける声は震えていて……それを聞いた瞬間、僕は胸の奥に妙な熱が生まれるのを感じたんだ。
(ああ……見つけた。沙良の〝弱点〟)
それを、無理やり暴くつもりはない。
でも、彼女の方から「秘密にして?」と言わせられた時点で、僕の勝ちだ。
もちろん黙って頷けば、そこで終わり。
けれどごめんね。僕は、もう少しだけ、キミを追い詰めたい。だってそうだろ? こんな風にキミのことを深く深く知ることが出来る機会なんてそうそうないんだから。
「秘密にするのは構わないよ? けど、ひとつだけ教えて? どうして……わざわざそんな可愛い顔を隠そうと思ったの?」
「え、……あ、あの……それは……」
「ごめんね? 言いにくいことだっていうのは、重々分かってるつもりなんだ。でも……本来ならみんな、少しでも自分を良く見せたいって思うものでしょう? それをそこまでって……よっぽどなことだなって思って。――沙良さえよければ、僕にキミが抱えてるモノを少しでいいから背負わせて?」
問いかける声は、限りなく優しく。
けれどその実、彼女の内側へ踏み込むための、針のように細い楔だった。
「ごめん、沙良。やっぱりイヤ……だよね」
心底申訳ないことを聞いたね、という調子で密かにダメ押しの言葉を添加すれば、沙良が一瞬だけ唇を噛んでからゆっくりと視線を落とした。
沈黙が数秒つづいたあと、小さな声でぽつりぽつりと語り始める。
「……高校三年のとき、受験のために塾へ通っていて……」
そこまで言ったきり、彼女は一度、言葉を飲み込んだ。
けれど、やがて覚悟を決めたように続きを話し始める。
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ひえー。弱点見つかってしまったT_T