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5月12日
ドミトリ・トルピンスキロシア大統領は、CNNテレビのインタビューで、露日平和条約締結の可能性について初めて言及した。
北方4島の一括返還にの見返りとして、中国が主導する極東アジア経済圏の日本国の参加が求められたが、真意ではなかった。
東京ジェノサイドにより、不安定化した日本の今後を見据え、北方4島、及び、北海道への在日ロシア軍の駐留と、関係悪化の一途を辿る日米関係に成り代わる代替案としての『日露安全保障条約』に向けた委員会の発足。
また、軍事産業共同開発機構の創設〔次世代型戦闘機・卑弥呼に関する情報の共有化〕等が、外交部を通じて、槇村総理大臣へとその日のうちに伝わった。
槇村は言った。
「馬鹿な!」
と。
同日正午
磯海と絢香は、槇村総理を乗せた車を先導していた。
ふたりが運転する黒バイ2台の後方に、数台の白バイとパトカーが連なっている。
首都高速を進む車列は、市ヶ谷エリアへと向かっていた。
グランドゼロと名付けられたこの場所には、東京ジェノサイド、東京テロの犠牲者を祀る慰霊碑が建立されていた。
総理大臣が自ら献花する理由としては。
「行方不明者の生命はもはや存在しでいない」
という意味を、内外に知らしめる為の要素もあった。
白銀色の鎮魂の鐘の下、槇村は用意された原稿を淡々と読み始めた。
素直な言葉で想いを捧げたくても、現実はそうさせてはくれなかった。
少しの綻びが、致命的なミスともなり兼ねない現状に槇村内閣は追い込まれていたのだ。
失言や感情論で、内閣支持率が急落する時代。
新国家日本新党が台頭している現時点で、政権を投げ出すことは国家の崩壊を意味していた。
戦後守り抜いてきた『平和』それがまやかしであっても、漠然とした安心感に守られていたのは確かなのだ。
5月の風がなびいている。
感情を殺した槇村の声が、ふわりと風にのった。
「ー2月29日に発生した東京ジェノサイドで、愛する御家族の身を案ずる多くの国民の皆様、また、その渦中に巻き込まれた皆様に、謹んでお見舞いを申し上げますー」
哀悼の意、犠牲者等、死を連想させる言葉は使われなかった。
「現在、多くの皆様が不自由な生活を強いられています。先が見えないことへの不安の声を、私は直に頂戴いたしました。しかしながら、東京ジェノサイドはまだ、現在進行形の出来事でありますー」
会場近くの交差点付近には規制線が張られ、歩道には槇村総理の慰霊碑献花に反対する市民らが集まっていた。
磯海と絢香は黒バイに跨ったまま、警官ともみ合う人々の声を聞いた。
その中にひとりの杖をついた老人が、家族写真を掲げて叫んでいた。
「ならさんでくれ! 鎮魂の鐘はならさんでくれ~!!」
写真には、若い夫婦と幼子が写っていた。
満面の笑みを浮かべてる老人の横には、優しく微笑む老婆の姿もあった。
『妻も娘婿も…孫も…ならさんでくれ…」
老人は、嗚咽しながら叫んでいた。
「まだ死んどらん!だから…だから…頼むから…」
絢香は、グッと唇を噛んでその光景を見つめていた。
磯海は、今すぐにこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。
老人は叫び続けた。
「鎮魂の鐘はならさんでくれ!!」
その時だった。
澄み渡った青空に、重く乾いた鐘の音が響いた。
老人は泣き崩れた。