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5月13日
東京都庁、特捜機動隊本部ー第2資料室のテーブルに置かれたアタッシュケース。
それを差し出したのは、槇村総理の秘書である久保キリカだった。
初対面の鳥海ひよりと握手を交わすのも束の間、淡々と本題に入るキリカは、言葉を終える毎にギュッと唇を固く結んだ。
表情からは、何も読み取れなかった。
三反園は、キリカとは数回顔を合わせた事があった。
言葉は交わさずとも、何処と無く自分に似ていると思っていた。
人としての感情を棄てた人間。
三反園自身、諜報員として手懐けたエイガ雫を失った悲しみも、何処かに置き忘れた哀れな男だと自負していた。
それは哀しい事実だった。
第2資料室は、東京ジェノサイド及び、東京テロに関わる証拠品や聴取記録等の保管庫として厳重に警備されていた。
朝からの雨は次第に激しさを増し、資料室の小窓には容赦なく雨粒が打ちつけられていた。
建物目掛けて破裂する大粒の雨の音は恐ろしかった。
東京区一帯には、東京ジェノサイド後初の『大雨特別警報』が発令された。
「データでのやり取りは危険ですから…」
キリカはケースを開けた。
中には数冊の機密ファイルが収められていた。
「桂木前総理と、張国家主席との電話会談に関する記録です。表向きには接触は無かった事になってます。次官級協議の非公開文書、並びにデータの一部も抜粋してあります、本来ならば、全てをお渡ししたかったのですが、わたしが出来るのはここまでです」
そう言うと、キリカは頭を下げた。
三反園が言った。
「これは」
「はい?」
「槇村総理のご意向ですか?」
「もちろんです」
三反園は、キリカから目線を外さずにいた。
彼女のスーツはかすかに濡れていた。
キリカが再び話し始める。
「信頼出来る人間がいないと、総理はそう仰ってました。この時代、デジタルよりもアナログの方が安全なのかも知れませんね」
三反園もキリカの意見には同感だった。
スパイ天国の日本は、今も昔も変わらないからだ。
アタッシュケースを受け取ると、代わりのデータとしてUSBメモリをキリカに手渡した。
そこには韓洋についての調査結果や、サイケデリック・クリエイターズの参加メンバー、そして新国家日本新党の動向記録が収められていた。
ふたりのやり取りを見ていたひよりに、キリカがそっと声をかけた。
「鳥海さん、お辛いでしょうが許してください」
ひよりには解っていた。
データの中には鷹野に関する情報も含まれている。
数日前、久方振りの休暇を利用して鷹野宅を訪れたが、そこは既に空き家となっていた。
敵対勢力となりつつある、新国家日本新党に取り込まれていく元部下を、救い出せない自分が情けなかった。
それも承知でひよりは言った。
「あの」
「なんでしょう?」
「鷹野はどうなるのでしょうか?」
「彼は犯罪を犯したわけではありません。まだ…」
「まだ…」
「現段階では倫理規定違反、第3条1項1号。6号、8号に抵触します。停職では済まされませんし、共謀罪での立件も視野に入れている事は皆さんがいちばんお判りでしょうから、わたしから言えることはありません」
「そうですか…」
「ただ」
キリカは三反園に目をやった。
しばらくの沈黙の後、三反園が代わりに言った。
「こちらの久保さんは今後、政府のオブザーバーとして特捜に参加する。早期に混乱を沈静化させることが出来たなら彼を救い出せるかも知れない。新国家日本新党の親衛隊の壊滅。我々はそこから着手する」
ひよりは目を逸らして黙り込んだ。
雨は降り続いていた。