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第十八話 猿よ
膝が、崩れた。
立っていられなかった。
気づけば、私はウラシェルの身体に跨るように腰を下ろしていた。
雪よりも硬くはない。
石よりも温かい。
座って初めて、彼の身体がまだ形を保っていることを知る。
重みが、私の下で沈む。
……便利。
そんなことを思った自分に、少しだけ遅れて気づく。
文字すら読めぬ猿よ。
ふと、胸の奥でそう零れた。
シャンベリーの名も、戦功も、誇りも。
理解することもできず、ただ従うだけの存在。
その上に座っている。
まるで椅子のように。
指先の感覚が薄い。
呼吸が浅い。
もうすぐで山頂。
あと少し。
あと少しで、神に近い場所。
……もし、ここで私が死ぬなら。
そう考える。
遺言は短い方がいい。
たいそうお気楽に、軽く済ませてしまうのが美しい。
「案外、寒かったわ」
それくらいでいい。
泣き言も、後悔もいらない。
私は立ち上がる。
脚が震える。
それでも、彼の上着を掴み、また引きずり始める。
雪はまだ静かだ。
私は、本当にこれでよかったのか。
その問いが、不意に胸を刺す。
正しかったはずだ。
正しいはずだ。
好きではなくていい。
終わらせていい。
それが、秩序だ。
だが。
身に余るほどの寒さが、思考の輪郭を削る。
袖口が鬱陶しい。
無意識に、捲った。
冷たいはずの空気が、肌を撫でる。
……寒くない。
いや、寒いはずなのに。
空を見上げる。
白いものが、視界をかすめた。
一片。
また一片。
雪が、降り始めた。
頂上は諦めましょう。
ここで放棄して、帰る。
大吹雪になる前に。
理性はそう告げる。
だが、足は止まらない。
止まる理由が、分からない。
止まれば、何かが崩れる気がした。
私は、引きずる。
神に近づくために。
正しさを証明するために。
雪は、静かに数を増やしていった。
私は気づいていなかった。
ウラシェルを引きずるその体が。
私の足跡を消していることに。