第十九話 私たちもう一生 分かり合えないと 分かっていたでしょう
もう、限界だと思った。
膝が笑い、視界の端が白く欠ける。
雪は横からも降っているのに、なぜか静かだった。
そのとき、思い出す。
栄光の手。
私は持ってきていた。
先祖代々、戦功の象徴として飾られていたそれを。
凍えた指で胸元を探り、取り出す。
ひどく軽い。
こんなものに、何を託してきたのだろう。
手で擦って起きる力で火をつけようとする。
つかない。
もう一度。
火花が散った気がした。
次の瞬間、視界が赤く弾ける。
ぐわん、と。
何かが燃え上がった。
栄光の手か。
それとも、私の視界か。
燃えがっちゃった。
分からない。
でも、熱い。
急に、熱い。
体の奥から、何かがせり上がる。
まるで血が沸騰しているかのように。
栄光の手のような私の有様。
全身が燃える。
吹雪が消える。
寒さが消える。
熱い。
脱ぎたい。
暑くて、死んでしまう。
私は笑っていたかもしれない。
そう肥大化した私の自我と思考。
ウラシェルから贈られた安物のブーツ。
脱ぎ捨てましょう。
──私たちもう一生、分かり合えないと
分かっていたでしょう。
手に持っていた栄光の手を投げる。
炎は見えない。
だが、赤い。
上着を脱ぐ。
リボンが鬱陶しい。
解く。
髪が風に散る。
なぜか分からないけれど、背後になにかを感じた。
シュールコーを外す。
一枚のドレスだけになる。
軽い。
なんて軽いのでしょう。
ふと、思う。
今の動きは、母に教わったバレエに似ている。
足を運ぶ。
回る。
腕を上げる。
ぐらりと視界が傾く。
次の瞬間、雪に叩きつけられていた。
冷たい。
その冷たさで、ふと正気に戻る。
私は、何をしていたの。
散らばった衣服。
白い夜。
倒れたままのウラシェル。
もう、帰れない。
逆向きの馬車には、乗れない。
私は、彼の自由を、その全てを引き潰してきた。
それまでしてここまで引きずってきたのか。
正しさだと思っていた。
秩序だと信じていた。
それは、ただの傲慢だったのか。
両手を合わせる。
視界を覆うように、額へ当てる。
神が赦してくれるだろうか。
神でなくてもいい。
ウラシェル。
あなたでもいい。
「ごめんなさい」
懺悔と。
「あいしてる」
愛を。
一言、そう呟いた。
いつもは、気の狂った誰かが白を塗りたくったように見えず、言えなかったあの5文字が言えた。
それが赦しになると、どこかで信じた。
赦された気がした。
だから、寒さは戻らなかった。
私たちは、分かり合えなくても。
それでも、それぞれ幸せに歩いていくのでしょう。
……すれ違いませんように。
「……お互い、幸せになりましょうね」
なぜか、とても遠くで、あの大きな教会の鐘が鳴った。






