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「なぜ、僕を庇ったんだ……」
目を瞑ったままの国王の隣で、ユージーンが呟く。
あの後、すぐに国王は救護室へと運ばれ、夜会はお開きとなった。
侍医が国王を診察して治療を試みたが、薬が効く様子はなく、今は国王を寝室のベッドに寝かせ、家族とルシンダ、ユージーン、クリスで様子を見ていたのだった。
重苦しい雰囲気の中、ルシンダが何かを確かめるように国王の胸に手をかざし、わずかに眉根を寄せた。
「……陛下は呪いを受けているようです」
「呪いだって……!?」
アーロンが驚きに目を見張る。
「はい。以前、似たような呪いを見たことがあります」
まだ学生だった頃、エリアスと一緒に肝試しに出掛けたときにレーヌという名の人魚に出会った。恋敵から人の姿へと変わる呪いをかけられてしまった人魚だった。
当時は力不足で呪いを解くことができなかったが、その後さらに力をつけたルシンダは、二年後にレーヌに再会して呪いを解いてあげたのだった。
(でも、陛下にかけられた呪いは、あれとは比べ物にならない強さだわ……)
同じ悪意の込められた呪いでも、今回の呪いにはもっと深い憎しみ――殺意さえ感じられる。
(これはきっと、死の呪い――)
おそらく、ユージーンが呪いを受けていたら、その場で死んでいたはずだ。しかし、国王は護りの指輪を身につけていたおかげで命を落とさずに済んだようだ。
ただ、即死は防いだとはいえ、呪いが強すぎるせいで跳ね返すまでには至っていない。今は護りの指輪と本人の魔力で抵抗できているが、このままの状態が続けば体力を消耗し、呪いに負けてしまうだろう。
「解呪できるか探ってみたのですが、一筋縄ではいかなさそうで……」
どうすればいいか思案していると、クリスが静かに口を開いた。
「強力な呪いをかけられる存在は限られている。おそらく、先ほどの女は、上位の悪魔を召喚して呪いの力を得たのだろう。女が姿を消したとき、床に悪魔が使う魔法陣らしき模様が浮かんでいた」
そういえば、国王が倒れたあと、呪いを放った女は忽然と消えていた。ルシンダは国王に気を取られて女への注意がおろそかになっていたが、クリスは冷静に状況を把握してくれていたようだ。
「そうだったのですね。では、陛下の呪いを解くには……」
「ああ、女に悪魔との契約を解消させるか、悪魔を倒せば解呪できるはずだ」
ルシンダとクリスがうなずきあうが、アーロンが疑問を呈す。
「すみません、解呪の方法が分かったのはありがたいですが、女と悪魔を探し出すにはどうすれば……」
アーロンの心配ももっともだった。一刻も早く解呪しなければ国王の命が危ういこの状況で、闇雲に探して時間を浪費するようなことは避けなければならない。
「そもそも、あの女の人は一体何者なのでしょうか……」
ルシンダがうつむいたとき、ユージーンがぽつりと呟いた。
「──陛下は、あの女が誰だか知っているようだった」
「えっ?」
「あの呪いを受けたとき、『やはり生きていたか』と仰っていたんだ」
おそらく、囁くような小さい声だったために、すぐそばにいたユージーンにしか聞き取れなかったのだろう。
ユージーンの話を聞いたクリスが、「なるほど」と独りごちたあと、ユージーンと同様に憔悴した様子の王妃に尋ねる。
「王妃殿下、陛下を呪った女の正体を探るために、1つお許しいただきたいことがあるのですが」
「……何ですか? 言ってみてください」
王妃が縋るような眼差しで続きを促す。
「ユージーンの話では、国王陛下は女の正体を知っているようでした。ですので、陛下の記憶を探れば、女が何者なのかが分かるかと」
「……記憶を探るとは?」
「精霊を召喚して、陛下の夢の中に入ります。夢はその人の記憶に繋がっているので、そこから女の正体を探れると思います」
「……分かりました。そうするしかなさそうですね。私が許可します」
「ありがとうございます。僕は陛下の様子を見ながら術を制御する必要があるため、夢の中に入るのは別の人に頼みたいと思います。精霊の力に耐えられる程度の魔力がある人がよいのですが」
「では、私が行きます。あのとき、例の女性の顔を見ていますし」
ルシンダが申し出ると、ユージーンも顔を上げた。
「僕にも行かせてほしい。あの女は、陛下ではなく僕を狙っていた。陛下が何かご存じなら、僕もそれを知りたい」
ユージーンの真剣な眼差しに、王妃はうなずきを返す。
「分かりました。ルシンダさんとユージーンが適任でしょう。二人とも、お願いします」
「はい」
「お任せください」
人選が終わり、ルシンダとユージーンが国王の横に並べられた椅子に座る。クリスが二人のそばに立ち、精霊の名を呼んだ。
「ナイトメア」
その瞬間、濃い紫の光とともに、小さな男の子のような姿をした精霊が現れた。
「ご主人様、お呼びですか?」
「この二人を彼の夢の中へ送ってくれ」
「かしこまりました」
精霊がルシンダとユージーンの頭上を円を描くように舞う。その軌跡から紫色に光る鱗粉のようなものが落ちてきたと思ったら、そのまま二人の意識は別の場所へと飛ばされた。
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